禁忌肢は、多くの人にとって聞き慣れない言葉だと思います。 もともとは医師国家試験の仕組みで、選んだ時点で不合格になりうる選択肢のことです。
中小M&A資格試験では、これを倫理・行動規範の科目にだけ設定することが検討されています。 なぜM&Aの試験に、医師国家試験と同じ仕組みが要るのか。そこにこの制度の本質があります。
禁忌肢の定義と、想定されている運用
募集要領は、禁忌肢を次のように定義しています。
倫理・行動規範に著しく反するような支援者を排除する目的で、それを正しいと理解することに大いに問題がある誤答肢について、禁忌肢を設定する。
運用として想定されているのは、こういう形です。
例えば、禁忌肢を設定した設問を複数設け、それらの一定数の誤答をもって不合格とする
つまり、総得点が合格ラインを超えていても、禁忌肢を一定数選べば不合格になります。 知識を問う試験の中に、知識では埋め合わせられない条件が置かれているということです。
なお、作問技術やCBTの技術的問題で禁忌肢の設定が難しい場合は、 倫理・行動規範の科目別最低基準の引上げや配点の加重といった代替手段を講じるとされています。 方法は変わっても、倫理科目を落とした人を通さないという設計思想は動きません。
公表されたサンプル問題の例
資料2には、資格制度ワーキンググループが作成したサンプル問題が掲載されています。 その中で、禁忌肢として例示されたのが次の選択肢です。
譲り受け側の社長と反社会的組織との交友関係を確認していたが、成約や手続進行を優先するため、譲り渡し側社長には説明せずに取引を進める
この一文には、3つの要素が重なっています。
- 不適切な譲り受け側を認識していた(調査で見つけていた)
- 成約を優先した(依頼者の利益より自社の利益)
- 依頼者に説明しなかった(情報の秘匿)
資料2は、これを中小M&Aガイドライン第2章Ⅱ5「仲介者における利益相反のリスクと現実的な対応策」に 明らかに抵触する内容と位置づけています。
注目すべきは、この選択肢が「知らなかった」ケースではないことです。 確認していて、言わなかった。能力の不足ではなく、判断の選択を問うています。
なぜM&Aの試験に禁忌肢が要るのか
企画競争募集要領の事業目的に、制度がつくられた理由が書かれています。
中小M&A市場の拡大に伴い、新規参入者が多くなるにつれ、不慣れな中小企業者に対して十分な説明がなされていない事案や、当事者との関係で利益相反が生じた状態で取引が進んでしまっている事案等、不適切な支援対応を実施している事案が見受けられた。また、各種報道等では、経営者保証が解除されない等の不適切な買い手が排除されていないという問題もクローズアップされたところである。
挙げられている3つの問題は、いずれも知識不足では説明がつきません。 説明すべきだと知らなかったのではなく、説明すると話が壊れるから言わなかった。 利益相反を知らなかったのではなく、抱えたまま進めた。
中小M&Aでは、依頼者の多くが一生に一度の取引をします。比較対象を持たず、相場も手続きも知りません。 その相手に対しては、知識よりも先に、言うべきことを言う姿勢が問われる——禁忌肢は、その判断を制度に組み込んだものです。
どのような選択肢が禁忌肢になりうるか
禁忌肢の具体的な設定内容は公表されていません。ただし、 中小M&Aガイドライン(第3版)とスキルマップに規定された行動規範に「著しく反する」ものという定義から、 性質は読み取れます。ガイドラインが明確に禁じている行為の型は、おおむね次のとおりです。
- 情報を隠す……依頼者に不利な事実、相手方の問題、自らの利益相反を伝えない
- 成約を優先する……依頼者の意思や利益より、案件の成立を優先して判断する
- 専門家の領域に踏み込む……弁護士法第72条、税理士法第52条等に抵触する行為を自ら行う
- 担当者限りで判断する……組織に上げるべき事象を、個人の判断で処理する
- 虚偽・誤解を与える表示をする……広告・営業で事実と異なる説明をする
いずれも、「その場では話が前に進む」選択肢だという共通点があります。 禁忌肢が怖いのは、正解が難しいからではなく、実務で選びたくなる誘因があるからです。
逆に言えば、対策は明快です。ガイドライン第2章の「M&A専門業者」の章を読むこと。 倫理・行動規範科目の中核であり、同時にM&A実務科目の各工程の行動指針でもあります。
独占業務違反も、倫理科目で問われている
資料2に掲載されたサンプル問題のうち、倫理・行動規範の1問は独占業務違反を扱っています。 無資格の支援者が行えない行為として、次のようなものが並びます。
- 会社法上無効な不動産譲渡について、代わりに第三者と交渉する
- 税額を無償で試算する
- 報酬を得て、商標出願を弁理士に依頼する
- 懲戒処分が可能との見解を伝える
とくに2つ目は、実務で起きやすい形です。 税理士法上の税務相談は、無償でも税理士以外は行えません。 「サービスだから」「概算だから」は理由になりません。
また弁護士法第72条の非弁行為は、「法律事件に関する法律事務」を報酬目的で扱う行為を広く含みます。 「専門家に再委託したから大丈夫」も成り立ちません。
この試験の合格者像が「士業専門家と連携できる水準」と定義され、 「合格は既存の業法に基づく独占業務の実施を可能とするものではない」と繰り返し明記されているのは、この論点と表裏です。 できることの線引きを知っていることが、この資格の中身だといえます。
この記事について(出典と免責)
本記事は、中小企業庁が公表した資料をもとに、株式会社プラチナパートナーズが作成したものです。 本試験の実施主体・運営事業者が作成・監修・承認したものではありません。
試験の名称・科目構成・出題数・出題範囲・合格基準・実施時期等は、2026年9月時点で公表されている 検討会資料および企画競争募集要領に「想定」「現状案」として示された内容です。 試験名は資料上「中小M&A資格試験(仮称)」と表記されています。 実際の試験と異なる可能性がありますので、受験にあたっては必ず中小企業庁および試験運営事業者の 公式の試験案内をご確認ください。
出典:「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」(中小企業庁・第4回 中小M&A市場の改革に向けた検討会 資料2、2026年3月17日)/ 同 資料3「試験科目詳細」/ 「令和7年度補正中小企業活性化・事業承継総合緊急支援事業(中小M&A資格試験実施事業)に係る企画競争募集要領」(中小企業庁、2026年3月27日) をもとに当社が作成。
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この試験の勉強に使えるもの:試験範囲マップ|251項目と当社コラムの対応表で、どの項目にどの記事が対応しているか(と、当社が書けていない項目)を一覧できます。
当社取締役副社長 神垣宏康が執筆した問題集です。中小M&Aガイドライン第3版・知識スキルマップ・検討会資料「試験科目詳細」といった公表資料だけから全300問を作成し、全問に出典を明記しています。
中小M&A資格試験 合格テキスト|一次資料で体系的に学ぶ、4科目の要点
同じシリーズの基本書です(2026年10月3日刊行)。序章で制度創設の経緯・4科目と配点・合格基準・禁忌肢・CBTでの実施形式・学習プランを示し、第1章 M&A実務/第2章 中小M&A市場動向・中小企業政策/第3章 財務・税務/第4章 法務/第5章 倫理・行動規範の順に解説しています。付録は用語集・重要数値一覧・スキーム比較表・出題範囲対応表・学習記録シート。数値・期間・条文には出典を併記し、制度の数値は2026年10月1日時点です。
問題集で問われ方を確かめ、間違えた問から本書の該当節に戻る形を想定しています。付録の出題範囲対応表が、2冊の往復の索引になります。
本書は試験の実施主体・運営事業者が作成・監修したものではありません。制度の内容は2026年9月時点の公表資料に基づく「想定」「現状案」です。受験にあたっては公式の試験案内をご確認ください。