資料3の法務基礎で、会社法・民法・弁護士法と並んで労働法に●(優先項目)が付いています。

中小企業のM&Aで、買い手がいちばん見ているのは人です。 そして売り手がいちばん気にしているのも従業員がどうなるかです。 労働法は、その両方に直接かかわります。

スキームによって、雇用の扱いが変わる

まず押さえるべきは、従業員の雇用がどう扱われるかがスキームで異なる点です。

スキーム雇用の扱い
株式譲渡会社そのものは変わらないため、雇用関係はそのまま継続する(株主が変わるだけ)
事業譲渡個々の資産・負債・契約の移転であり、雇用契約も個別に承継の手続が必要。従業員の同意が前提になる
会社分割権利義務が包括的に承継される。労働契約の承継については労働契約承継法による手続が定められている

この違いは、案件の進め方そのものを変えます。 株式譲渡なら、従業員への説明はクロージング後でも成り立ちます。 しかし事業譲渡では、従業員一人ひとりの同意が要るため、 どこかの時点で必ず伝えなければなりません。

資料3のスキーム検討に株式譲渡・事業譲渡・会社分割すべてに●が付いているのは、 税務や契約だけでなく、こうした人の扱いの違いまで含めての優先度と読めます。

労務は、DDの中心的な検出事項になる

中小企業のDDで頻出するのが、労務の論点です。

  • 未払残業代……労働時間の管理が不十分なケース。金額が大きくなりやすい
  • 社会保険の未加入・不適切な加入
  • 固定残業代の設計が労働法上の要件を満たしていない
  • 就業規則の未整備・未届け
  • 名ばかり管理職
  • 有給休暇の未消化・未管理

これらは簿外債務として財務DDにも跳ね返ります。 未払残業代は決算書に載っていないことが多く、実態純資産を押し下げる要因になります。

そして表明保証に直結します。「未払いの残業代や社会保険料が存在しないこと」は、 典型的な表明保証事項です。DDで見つかっていれば価格や条件で調整できますが、 見つけないまま表明保証だけ入れると、売主が後から請求を受けるリスクが残ります。

ガイドラインがDD非実施と表明保証を同じ分類のリスクに置いているのは、 こういう場面を想定してのことです。

従業員にいつ伝えるか、という論点

ガイドラインは第1章で、譲り渡し側の留意点として秘密保持の徹底を挙げています。 M&Aの検討が早期に漏れると、従業員の動揺、離職、取引先の不安を招き、 かえって全員の不利益になり得るためです。

一方で、いつまでも伏せておけるわけでもありません。 事業譲渡では同意が必要ですし、株式譲渡でも引継ぎには協力が要ります。

資料3のクロージング後(PMI)に「PMIに関する必要な知識・スキル」が●で置かれているのも、 ここに関係します。買い手が引き継ぐのは、資産ではなく人と関係だからです。

ガイドラインも、クロージング後について 「譲り渡し側経営者の譲り渡す事業に対する愛着にも留意しつつ、 円滑な引継ぎが可能となるよう心情面を含めてサポートすることが望まれる」と書いています。

支援者ができること・できないこと

労務の論点でも、独占業務の線は変わりません。

  • できる……労務リスクがあり得ることを伝える/DDで確認すべき論点として挙げる/社会保険労務士・弁護士への相談を促す
  • できない……未払残業代の金額を算定して結論を出す/労働法上の適法性を判断する/個別の労務紛争の交渉を代理する

ガイドラインは、契約締結前に説明すべき担当者の保有資格の例として 社会保険労務士を挙げています。労務が中小M&Aの主要論点であることの表れです。

また、法務DDの委託先についても外部の士業等専門家に委託が原則です。 気づいて、つなぐ——ここでも合格者像の定義どおりです。

試験で押さえる形

  • 株式譲渡……会社が変わらないので雇用関係は継続
  • 事業譲渡……雇用契約も個別に承継の手続が必要
  • 会社分割……労働契約承継法による手続がある
  • 未払残業代等の労務リスクは簿外債務としてDD・バリュエーション・表明保証に波及する
  • 秘密保持と、従業員への説明のタイミングは両立させる必要がある論点
  • 金額の算定・適法性の判断・紛争の代理は支援者の範囲外

本記事は一般的な制度の説明です。個別の労務判断は、必ず社会保険労務士・弁護士等の専門家にご確認ください。

この記事について(出典と免責)

本記事は、中小企業庁が公表した資料をもとに、株式会社プラチナパートナーズが作成したものです。 本試験の実施主体・運営事業者が作成・監修・承認したものではありません。

試験の名称・科目構成・出題数・出題範囲・合格基準・実施時期等は、2026年9月時点で公表されている 検討会資料および企画競争募集要領に「想定」「現状案」として示された内容です。 試験名は資料上「中小M&A資格試験(仮称)」と表記されています。実際の試験と異なる可能性がありますので、 受験にあたっては必ず公式の試験案内をご確認ください。

本記事の法務・税務・会計に関する記述は一般的な制度の説明です。 個別の案件における判断は、必ず弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご確認ください。

出典:「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」(中小企業庁・第4回 中小M&A市場の改革に向けた検討会 資料2、2026年3月17日)/ 同 資料3「試験科目詳細」/ 「中小M&A資格試験実施事業」企画競争募集要領(中小企業庁、2026年3月27日)/ 中小M&Aガイドライン(第3版)(中小企業庁、2024年8月)/ 中小M&A専門人材(個人)向け 使命・倫理行動規範・知識スキルマップ をもとに当社が作成。

よくあるご質問

A.スキームによって異なります。株式譲渡では会社そのものが変わらないため雇用関係は継続します。事業譲渡では雇用契約も個別に承継の手続が必要で、従業員の同意が前提になります。会社分割では労働契約承継法による手続が定められています。
A.決算書に計上されていないことが多く、簿外債務として実態純資産を押し下げる要因になります。また「未払いの残業代等が存在しないこと」は典型的な表明保証事項であり、DDで把握されないまま表明保証を入れると、売主が後から請求を受けるリスクが残ります。
A.適法性の判断や金額の算定は社会保険労務士・弁護士等の領域です。支援者に求められるのは、論点があることを伝え、DDで確認すべき事項として挙げ、専門家につなぐことです。

Book

この試験の勉強に使えるもの:試験範囲マップ|251項目と当社コラムの対応表で、どの項目にどの記事が対応しているか(と、当社が書けていない項目)を一覧できます。

中小M&A資格試験 合格問題集|一次資料で解く、全300問

当社取締役副社長 神垣宏康が執筆した問題集です。中小M&Aガイドライン第3版・知識スキルマップ・検討会資料「試験科目詳細」といった公表資料だけから全300問を作成し、全問に出典を明記しています。

本編180問(M&A実務55/市場動向・政策17/財務・税務37/法務32/倫理・行動規範39)+本試験と同じ60問・科目配分の模擬試験2回120問。各問に解説と出典。禁忌肢が想定される問題の明示と、付録に禁忌肢チェックリスト。付録の出題範囲対応表は、資料3の小項目から問番号を引ける形にしてあります。

中小M&A資格試験 合格テキスト|一次資料で体系的に学ぶ、4科目の要点

同じシリーズの基本書です(2026年10月3日刊行)。序章で制度創設の経緯・4科目と配点・合格基準・禁忌肢・CBTでの実施形式・学習プランを示し、第1章 M&A実務/第2章 中小M&A市場動向・中小企業政策/第3章 財務・税務/第4章 法務/第5章 倫理・行動規範の順に解説しています。付録は用語集・重要数値一覧・スキーム比較表・出題範囲対応表・学習記録シート。数値・期間・条文には出典を併記し、制度の数値は2026年10月1日時点です。

問題集で問われ方を確かめ、間違えた問から本書の該当節に戻る形を想定しています。付録の出題範囲対応表が、2冊の往復の索引になります。

本書は試験の実施主体・運営事業者が作成・監修したものではありません。制度の内容は2026年9月時点の公表資料に基づく「想定」「現状案」です。受験にあたっては公式の試験案内をご確認ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら