資料3の財務基礎で、●(優先項目)が集中しているのは簿記と財務3表です。 DCFでも組織再編税制でもありません。

理由は明快です。決算書が読めないと、案件のどこが問題かが分からないからです。

●が付いている項目

中項目小項目優先
簿記の基礎知識簿記原理、会計帳簿、決算処理●
企業会計の基礎知識損益計算書(PL)●
貸借対照表(BS)●
キャッシュ・フロー計算書(CF)●
会計ディスクロージャー—
会計基準に関する基礎知識中小企業会計基準/税務基準●(税務基準)

注目すべきは、「税務基準」に●が付いていることです。 これが、中小M&Aの財務を理解する出発点になります。

中小企業の決算書は、税務申告のために作られている

上場企業の決算書は、投資家に会社の実態を伝えるために作られます。 これに対し、中小企業の決算書の多くは、税務申告のために作られています。

目的が違えば、作り方も変わります。典型的なずれは次のようなものです。

  • 減価償却……税務上は任意計上が可能なため、利益を出すために償却していないことがある
  • 引当金……貸倒引当金、賞与引当金、退職給付引当金などが計上されていないことがある
  • 資産の評価……回収の見込みがない売掛金、動かない在庫がそのまま資産に残っている
  • 役員報酬……オーナーの判断で決まるため、利益と役員報酬の配分が実力を表していない
  • 私的な費用……事業と無関係な費用が混ざっていることがある

これらは不正ではなく、税務申告を目的とすれば合理的な処理であることが多いものです。 しかしM&Aでは、買い手は「この会社が今後いくら稼ぐか」を知りたい。 だから決算書をそのまま使えません。

資料3の会計基準に「中小企業会計基準」と「税務基準」が並んでいるのは、 2つの基準があり、目の前の決算書がどちらで作られているかを見分ける必要があるためです。

BS|実態純資産という調整

貸借対照表は、その時点で会社が何を持ち、何を負っているかを示します。 M&Aでは、これを実態に引き直す作業が入ります。

調整内容
資産を減らす回収不能な売掛金、滞留在庫、含み損のある資産、実在しない資産
資産を増やす含み益のある不動産・有価証券、簿価より価値のある保険積立金
負債を増やす簿外債務——未払残業代、未計上の賞与・退職給付、リース債務
注記に出す偶発債務——保証債務、係争中の案件

こうして求めた実態純資産が、コストアプローチ(時価純資産法)の基礎になります。 資料3でコストアプローチに●が付いているのは、 中小M&Aで最もよく使われる考え方だからです。

もう1つ、中小企業のBSに特有の項目があります。役員貸付金・役員借入金です。 会社と経営者個人のお金が行き来した結果として残るもので、 ガイドラインが「譲り渡し側の資産・貸付金の最終契約後整理」をリスク項目に挙げているのは、 まさにこの処理をめぐる論点です。

PL|正常収益力という調整

損益計算書は、一定期間にいくら稼いだかを示します。 M&Aでは、オーナー固有の事情を取り除いた実力値に引き直します。

  • 役員報酬を、第三者が経営した場合の水準に置き換える
  • オーナー一族の給与のうち、実態のない分を除く
  • オーナー所有の不動産を借りている場合の地代家賃を、相場に引き直す
  • 一時的な損益(固定資産の売却益、災害損失など)を除く
  • 私的な費用を除く

こうして求めた実力値が、マーケットアプローチ(マルチプル法)の基礎になります。 また、資料3の「その他」にある「時価純資産(又は簿価純資産)に数年分の利益を加算する算定方法等」 ——実務でいう年買法——でも、この「利益」は調整後の実力値を指します。

PLで見るべきは金額だけではありません。売上の構成も重要です。 特定の取引先への依存度が高ければ、その取引先が離れたときの影響が大きい。 ガイドラインが企業概要書の記載事項に商流を挙げているのは、そのためです。

CF|利益とお金は一致しない

キャッシュ・フロー計算書は、お金が実際にどう動いたかを示します。 中小企業では作成されていないことも多い書類ですが、●が付いています。

理由は、利益が出ていても資金が回らないことがあるからです。

  • 売掛金が増えれば、売上は立っているのに現金は入っていない
  • 在庫が増えれば、お金は物に変わっている
  • 仕入債務が減れば、支払いが先行して現金が出ている
  • 減価償却費は費用だが、お金は出ていない

この感覚が、そのままFCF(フリー・キャッシュ・フロー)の計算につながります。 公表されたサンプル問題でも、営業利益・減価償却費・運転資本の増減・設備投資・実効税率から FCFを求める形式が出ています。

計算で落とす原因は、難しさではなく符号の取り違えです。 売上債権の増加・棚卸資産の増加・仕入債務の減少は、いずれもキャッシュを減らす—— ここを手を動かして確認しておくのが、そのまま対策になります。

そして、3表はつながっています。PLの当期純利益はBSの純資産を動かし、 BSの資産・負債の増減はCFに現れます。 どれか1つだけを見ても、会社の姿は分かりません。——3つ揃って●が付いているのは、そのためです。

なお、資料3の財務基礎には、ほかに原価計算の基礎知識(原価概念/原価計算の種類/原価情報の利用)と 資金管理の基礎知識(資金調達・運用/資金繰り・資金計画/キャッシュ・フロー管理)が置かれています。 いずれも●は付いていませんが、製造業の案件では原価計算が、再生局面の案件では資金繰りが、 それぞれ論点として前に出てきます。

本記事は一般的な会計の説明です。個別の会計処理・税務の判断は、 必ず公認会計士・税理士にご確認ください。

この記事について(出典と免責)

本記事は、中小企業庁が公表した資料をもとに、株式会社プラチナパートナーズが作成したものです。 本試験の実施主体・運営事業者が作成・監修・承認したものではありません。

試験の名称・科目構成・出題数・出題範囲・合格基準・実施時期等は、2026年9月時点で公表されている 検討会資料および企画競争募集要領に「想定」「現状案」として示された内容です。 試験名は資料上「中小M&A資格試験(仮称)」と表記されています。実際の試験と異なる可能性がありますので、 受験にあたっては必ず公式の試験案内をご確認ください。

本記事の法務・税務・会計に関する記述は一般的な制度の説明です。 個別の案件における判断は、必ず弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご確認ください。

出典:「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」(中小企業庁・第4回 中小M&A市場の改革に向けた検討会 資料2、2026年3月17日)/ 同 資料3「試験科目詳細」/ 「中小M&A資格試験実施事業」企画競争募集要領(中小企業庁、2026年3月27日)/ 中小M&Aガイドライン(第3版)(中小企業庁、2024年8月)/ 中小M&A専門人材(個人)向け 使命・倫理行動規範・知識スキルマップ をもとに当社が作成。

よくあるご質問

A.試験科目詳細では、損益計算書・貸借対照表・キャッシュ・フロー計算書がいずれも優先項目(●)とされています。簿記の基礎知識にも●が付いており、決算書を読む土台が重視されています。
A.中小企業の決算書の多くは税務申告を目的に作られており、減価償却の任意計上や引当金の未計上など、会計基準どおりの評価になっていないことがあるためです。このずれを知っていることが財務DDの出発点になります。
A.貸借対照表を実態に引き直したものです。回収不能な売掛金や滞留在庫などの資産を減らし、含み益のある資産を増やし、未払残業代などの簿外債務を負債に加えて求めます。コストアプローチ(時価純資産法)の基礎になります。
A.売掛金や在庫が増えると、売上は計上されていても現金は手元にありません。仕入債務が減れば支払いが先行します。一方で減価償却費は費用ですが現金の支出を伴いません。利益とキャッシュの動きは一致しないためです。

Book

この試験の勉強に使えるもの:試験範囲マップ|251項目と当社コラムの対応表で、どの項目にどの記事が対応しているか(と、当社が書けていない項目)を一覧できます。

中小M&A資格試験 合格問題集|一次資料で解く、全300問

当社取締役副社長 神垣宏康が執筆した問題集です。中小M&Aガイドライン第3版・知識スキルマップ・検討会資料「試験科目詳細」といった公表資料だけから全300問を作成し、全問に出典を明記しています。

本編180問(M&A実務55/市場動向・政策17/財務・税務37/法務32/倫理・行動規範39)+本試験と同じ60問・科目配分の模擬試験2回120問。各問に解説と出典。禁忌肢が想定される問題の明示と、付録に禁忌肢チェックリスト。付録の出題範囲対応表は、資料3の小項目から問番号を引ける形にしてあります。

中小M&A資格試験 合格テキスト|一次資料で体系的に学ぶ、4科目の要点

同じシリーズの基本書です(2026年10月3日刊行)。序章で制度創設の経緯・4科目と配点・合格基準・禁忌肢・CBTでの実施形式・学習プランを示し、第1章 M&A実務/第2章 中小M&A市場動向・中小企業政策/第3章 財務・税務/第4章 法務/第5章 倫理・行動規範の順に解説しています。付録は用語集・重要数値一覧・スキーム比較表・出題範囲対応表・学習記録シート。数値・期間・条文には出典を併記し、制度の数値は2026年10月1日時点です。

問題集で問われ方を確かめ、間違えた問から本書の該当節に戻る形を想定しています。付録の出題範囲対応表が、2冊の往復の索引になります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら