M&A仲介・FAには、許可制も免許制もありません。宅地建物取引業法のような業法も存在しません。

では、何を根拠に義務を負うのか。ガイドラインはこの問いに正面から答えています。 資格試験の倫理科目は、この論理の上に立っています。

義務の根拠は、資格ではなく契約

ガイドラインは、士業等専門家との対比から始めます。

士業等専門家については法令において資格要件、業務内容、善管注意義務や刑罰等が明確にされている (各専門家団体における懲戒処分等による制裁も存在する。)ものの、 M&A専門業者については、許可制・免許制等は採用されておらず、業界全体における一般的な法規制も存在していない

そのうえで、義務は消えないと続けます。

しかし、M&A専門業者は、依頼者との契約に基づき、善良な管理者の注意義務(善管注意義務)や 依頼者の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ってはならない義務(忠実義務)を負う。

根拠は資格ではなく契約です。そして契約に基づく以上、誰であっても、経験年数にかかわらず、 依頼を受けた瞬間からこの義務を負います。「まだ新人だから」は成り立ちません。

契約上の義務だけでは足りない、とされる2つの理由

ガイドラインは、契約上の義務に加えて職業倫理の遵守を求めます。理由は2つです。

① 情報の非対称性

M&A専門業者と依頼者との間にはM&Aに関する知識や情報及び具体的な相手方候補先の情報等が M&A専門業者に偏在している関係にあり、依頼者がM&A専門業者の業務の妥当性を評価しモニタリングすることが困難であること

② 構造的な利益相反のリスク

仲介業務は、利益が対立し得る両当事者から依頼を受けます。ガイドラインはこれを 「構造的な利益相反のリスク」と呼び、業態そのものに内在するものとして扱っています。

この2つがあるため、「契約上の義務に限られない職業倫理の遵守が求められる」と結論します。 依頼者が監視できないなら、監視されなくても守る規範が要る、という論理です。

成立が目的化するという、名指しの指摘

ガイドラインには、業界にとって耳の痛い一節があります。

実態としてM&A専門業者の経済的利益とM&Aの成立が強く結びついていることもあり、 場合によってはM&A専門業者にとってM&Aの成立が目的化してしまい、 必ずしも依頼者の真の利益の確保につながらないような形での成約が目指されるおそれがあるという指摘もある。

成功報酬型の報酬体系は、成約しなければ報酬が発生しないという点で依頼者の負担を抑えます。 一方で、成約させる動機が支援者側に強く働くという構造も同時に生みます。

ガイドラインはこの構造を否定しません。構造があることを認めたうえで、義務と開示で抑えるという立て付けです。 資料2のサンプル問題で禁忌肢とされた選択肢が「成約や手続進行を優先するため、譲り渡し側社長には説明せずに進める」 だったのは、この一節と正確に対応しています。

新規参入の増加と、「支援の質の確保及び向上」

ガイドラインは、経験の浅い人材の増加も明記しています。

中小M&A市場の拡大に伴い、M&A専門業者の新規参入も増加しており、 必ずしもM&A支援の経験や知見を十分に有していない人材が支援に携わるケースもあると指摘されている。 そこで、仲介者及びFAは、M&A支援に携わる人材の知識・能力の向上及び適正な業務遂行のための取組を通じて 「支援の質の確保及び向上」を図る必要がある。

この2本柱(知識・能力の向上/適正な業務遂行)が、第2章II 3の構成そのものです。 経営トップの意識、士業等専門家との連携、役員・従業員の取組、外部委託先の取組——いずれも、この2つのどちらかに紐づきます。

そして資格試験と合格者登録制度は、この「知識・能力の向上」を個人単位で可視化する仕組みにあたります。 ガイドライン側でも、登録機関に対して担当者への資格取得の推奨を求める方向が検討されています。

試験ではどう問われるか

押さえるべき対比は次のとおりです。

士業等専門家M&A専門業者
資格要件法令で明確許可制・免許制なし
義務の根拠法令依頼者との契約+職業倫理
制裁刑罰・懲戒処分業界全体の一般的な法規制はない

そのうえで、善管注意義務の内容は「仲介業務・FA業務の依頼の本旨に照らして、善良な管理者の注意をもって処理」、 忠実義務は「依頼者の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ってはならない」です。 忠実義務は善管注意義務に含まれるものとして記載されている点も、条文の読み方として確認しておくとよいでしょう。

この記事について(出典と免責)

本記事は、中小企業庁が公表した資料をもとに、株式会社プラチナパートナーズが作成したものです。 本試験の実施主体・運営事業者が作成・監修・承認したものではありません。

試験の名称・科目構成・出題数・出題範囲・合格基準・実施時期等は、2026年9月時点で公表されている 検討会資料および企画競争募集要領に「想定」「現状案」として示された内容です。 試験名は資料上「中小M&A資格試験(仮称)」と表記されています。実際の試験と異なる可能性がありますので、 受験にあたっては必ず公式の試験案内をご確認ください。

本記事の法務・税務・会計に関する記述は一般的な制度の説明です。 個別の案件における判断は、必ず弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご確認ください。

出典:「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」(中小企業庁・第4回 中小M&A市場の改革に向けた検討会 資料2、2026年3月17日)/ 同 資料3「試験科目詳細」/ 「中小M&A資格試験実施事業」企画競争募集要領(中小企業庁、2026年3月27日)/ 中小M&Aガイドライン(第3版)(中小企業庁、2024年8月)/ 中小M&A専門人材(個人)向け 使命・倫理行動規範・知識スキルマップ をもとに当社が作成。

よくあるご質問

A.中小M&Aガイドラインは、M&A専門業者について許可制・免許制等は採用されておらず、業界全体における一般的な法規制も存在しないと明記しています。中小M&A資格試験に合格しても、士業の独占業務ができるようになるわけではありません。
A.依頼者との契約です。ガイドラインは、M&A専門業者は依頼者との契約に基づき善管注意義務(忠実義務を含む)を負うとしています。
A.依頼者の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ってはならない義務です。ガイドラインでは善管注意義務に含まれるものとして記載されています。
A.情報の非対称性により依頼者が業務の妥当性を評価・監視することが困難であること、および仲介業務には構造的な利益相反のリスクがあることを理由に、契約上の義務に限られない職業倫理の遵守が求められるとされています。

Book

この試験の勉強に使えるもの:試験範囲マップ|251項目と当社コラムの対応表で、どの項目にどの記事が対応しているか(と、当社が書けていない項目)を一覧できます。

中小M&A資格試験 合格問題集|一次資料で解く、全300問

当社取締役副社長 神垣宏康が執筆した問題集です。中小M&Aガイドライン第3版・知識スキルマップ・検討会資料「試験科目詳細」といった公表資料だけから全300問を作成し、全問に出典を明記しています。

本編180問(M&A実務55/市場動向・政策17/財務・税務37/法務32/倫理・行動規範39)+本試験と同じ60問・科目配分の模擬試験2回120問。各問に解説と出典。禁忌肢が想定される問題の明示と、付録に禁忌肢チェックリスト。付録の出題範囲対応表は、資料3の小項目から問番号を引ける形にしてあります。

中小M&A資格試験 合格テキスト|一次資料で体系的に学ぶ、4科目の要点

同じシリーズの基本書です(2026年10月3日刊行)。序章で制度創設の経緯・4科目と配点・合格基準・禁忌肢・CBTでの実施形式・学習プランを示し、第1章 M&A実務/第2章 中小M&A市場動向・中小企業政策/第3章 財務・税務/第4章 法務/第5章 倫理・行動規範の順に解説しています。付録は用語集・重要数値一覧・スキーム比較表・出題範囲対応表・学習記録シート。数値・期間・条文には出典を併記し、制度の数値は2026年10月1日時点です。

問題集で問われ方を確かめ、間違えた問から本書の該当節に戻る形を想定しています。付録の出題範囲対応表が、2冊の往復の索引になります。

本書は試験の実施主体・運営事業者が作成・監修したものではありません。制度の内容は2026年9月時点の公表資料に基づく「想定」「現状案」です。受験にあたっては公式の試験案内をご確認ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら