M&Aの仲介で何年か働いた方が次を考えるとき、話はたいてい「独立するか、転職するか」という形になります。ただ、この二択は選択肢の名前から入っていて、いま何に詰まっているのかを飛ばしています。
実際に伺うと、出てくる話はもっと具体的です。自分で見つけた会社を、途中で別の担当に渡すことになる。譲渡側とだけ話す役割で、相手方の反応が見えない。基本合意まで持っていったのに、そこから先は担当の名前が変わる。成果の配分が、着手したあとで決まる。——こうした引っかかりは、独立すればまとめて消えるように見えます。だから独立という言葉が先に出てきます。
けれども、消えるのは「途中で手を離す」という一点だけです。独立は、それと引き換えに別のものを引き受ける選択でもあります。そこを分けて見ておくと、二択ではなく三つ目があることに気づきやすくなります。
「独立か、転職か」は、問いの立て方が少し粗い
独立と転職は、並べて比べられる二つの選択肢のように見えます。しかし、この二つが変えるものは同じではありません。
独立が変えるのは看板の持ち主です。誰の名前で経営者に会うかが変わります。転職が変えるのは働く場所です。看板は移った先のものを使います。
一方で、いま感じている引っかかりの多くは、そのどちらでもなく担当の設計から出ています。一件をどこからどこまで一人が持つのか。途中で替わるとしたら、どういうときか。成果をどう分けるのか。これらは看板の持ち主とも働く場所とも独立に決まっていて、会社ごとに違います。
だから「独立か、転職か」で考え始めると、本当に変えたいものが選択肢の名前に隠れてしまいます。先に「何が不満なのか」を担当の設計の言葉に翻訳してから、選択肢を並べるほうが早いです。
独立すると、案件以外のすべてが自分の手に来る
独立して自分の看板を持てば、案件の進め方は自分で決められます。どの業種を狙うか、誰と組むか、いつ断るか。ここは確かに自由になります。
同時に、これまで会社が持っていたものが、まとめて自分の側に来ます。
- 会ってもらえるかどうか。経営者にとって、譲渡の相談は一度きりで後戻りのできない話です。初めて聞く名前の相手に決算書を預けるかどうかを、判断してもらうことになります
- 説明と記録の体制。中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)が求める説明・記録・利益相反への対応は、組織の大きさで変わりません。仕組みが手元になければ、自分で作ることになります
- 情報の管理。譲渡を検討しているという事実そのものが、外に出れば取引先と従業員に影響します。誰がどこまで知ってよいかを設計し、守り切る責任が自分に来ます
- 資金繰り。仲介の報酬が立つのは成約のときです。着手から入金までのあいだ、収入の立たない月が続きます
- 契約・保険・税務・システム。案件を進めるための道具と手続きを、自分で選んで整えることになります
これらは「独立の苦労」としてまとめられがちですが、実際には実務の質そのものに効きます。会ってもらえなければ案件は始まりませんし、記録の体制が薄ければ、後から説明を求められたときに立証できません。独立を選ぶなら、案件の腕とは別に、この部分を作る時間が要ります。
逆に言えば、独立が向いているのは「この部分を自分で作りたい」と思える方です。案件を最後まで持ちたいだけであれば、そのために背負うものとしては大きい、という見方もできます。
転職しても、途中で手を離す設計なら同じことが起きる
では転職はどうか。看板と体制は移った先のものが使えます。ただし、引っかかっていたものが解けるかどうかは、会社の名前ではなく担当の設計で決まります。
仲介の現場には、工程を分ける考え方があります。譲渡企業を見つける役割とエグゼキューションを担う役割を分ける、譲渡側と譲受側で担当を分ける、といった形です。分業には理由があります。入社してからの立ち上がりが早い。一つの工程を深く覚えられる。案件の数をさばける。組織として品質をそろえやすい面もあります。
その代わり、一件を最初から最後まで見届ける経験は積みにくくなります。経営者が最初に話した相手と、最終契約の席に座る相手が違う、ということも起こります。譲り渡す側から見れば、事情を一から話し直すことになります。
どちらが正しいという話ではありません。ただ、いま感じている不満が「途中で手を離すこと」なら、移った先も同じ設計であれば、同じことがもう一度起きます。会社を変えても、設計を変えなければ変わりません。求人票の「裁量があります」「一気通貫」という言葉だけでは、ここは判別できません。
三つ目の選択肢 ―― 案件を最後まで持てる組織に移る
独立と転職の間に、もう一つあります。看板と体制は組織のものを使いながら、案件は最初から最後まで自分で持つ、という形です。独立が引き受けるものを組織に置いたまま、転職で解けなかった部分だけを解く、という考え方です。
当社はこの形をとっています。譲渡検討企業のソーシングから、譲受企業とのマッチング、エグゼキューション、クロージングまでを、一人のアドバイザーが一貫して担当します。案件を途中で引き継ぐことも、引き継がれることもありません。経営者と最初にお会いした人間が最後まで責任を持つ、というのが、品質を担保する方法だと考えているためです。
成果の扱いも、この設計から決まります。譲渡企業を見つける役割とエグゼキューションの役割で分け合う体制ではないため、自分で受託し自分でまとめた案件は、その成果がそのまま自分の粗利になります。複数名で分担する案件は、受託の時点で配分を決めてから着手します。あとから決めないのは、決め方でもめる余地を残さないためです。
当社は売り手と買い手の双方から報酬をいただく仲介の立場です。一人が両方に向き合う形をとる以上、その構造を隠さずに説明し、価格を誘導せず、記録を残す運用が要ります。この点の考え方は「利益相反管理の実務」に書いています。一気通貫は自由の話だけではなく、その分だけ引き受ける規律の話でもあります。
面談で確かめられる、五つの問い
三つ目の選択肢があるかどうかは、求人票の文言だけでは分かりません。次の五つを聞けば、設計はだいたい見えます。どの会社に対しても同じように使えます。
- 一件を、最初から最後まで持てますか。「持てる」と答える会社は多いので、直近で実際にそうなった案件の工程を、順番に説明してもらうところまで聞きます
- 担当が途中で替わるのは、どういうときですか。原則として替わらない会社にも例外はあります。その例外が何か、誰が決めるかを聞けば、原則の強さが分かります
- 成果の配分は、誰がいつ決めますか。着手の前か、後か。書面か、口頭か。ここが曖昧な組織は、もめたときに強い側の言い分が通ります
- 固定と変動は、どう分けていますか。「年収は上限なし」といった言い方ではなく、固定がどう決まり、変動が何に対する料率なのかを分けて説明してもらいます。自分で計算できる状態になるまで聞いて構いません
- 断った案件は、どう扱われますか。受けない判断をしたときに評価がどうなるかは、その組織が案件の質と数のどちらを見ているかを表します
当社は少人数の会社で、面談も面接も役員が直接お会いします。人事担当を挟みません。答えにくい質問ほど先にお聞きいただいたほうが、お互いに時間を無駄にせずに済むと考えています。採用情報に、募集要項と選考の流れを掲載しています。
当社の実務から
当社は、譲渡検討企業のソーシングから譲受企業とのマッチング、エグゼキューション、クロージングまでを一人のアドバイザーが一貫して担当する。案件を途中で引き継ぐことも、引き継がれることもない。複数名で分担する案件は、受託の時点で配分を決めてから着手する。カジュアル面談と1次面接は取締役副社長、2次・最終面接は代表取締役が担当し、人事担当を挟まない。