後継者がいないことも大きな悩みですが、候補が複数いることもまた、別の難しさを抱えた状況です。ご兄弟のどちらにするか。長男と、長く支えてくれた専務のどちらか。娘と娘婿を、どう位置づけるか。いずれも、能力の優劣だけでは決められません。

この判断を先送りにしたまま数年が経ち、候補者どうしの関係が冷え、結果としてどちらも会社を離れてしまった——そうした事例も見てきました。一方で、急いで指名したために、選ばれなかった側が主要な取引先や技術を持ったまま退職し、事業に穴が開いたケースもあります。本稿では、決め方そのものよりも「決めるまでの進め方」と「決めたあとの設計」に重心を置いて整理します。判断はご本人のものですので、材料としてお使いください。

複数候補という状況の、本当の難しさ

候補者が複数いる場合、経営者が抱える負担は「誰が優秀か」を見極めることではありません。多くの場合、能力の差はある程度見えています。難しいのは、選ばれなかった側との関係を、選定後も続けなければならないという点です。

親族であれば、経営の場を離れても家族としての関係は続きます。幹部社員であれば、会社に残るのか去るのかという現実的な問題が生じます。しかも、選定の理由を十分に説明できないまま結果だけが伝わると、「なぜ自分ではなかったのか」という問いが長く残ります。

先送りが生む三つの損失

  • 候補者の時間が失われる——40代の候補者にとって、5年の不確実な待機は、他の道を選ぶ機会そのものを削ります。
  • 社内に二つの系統ができる——どちらに従うべきかが曖昧になり、幹部層が派に分かれ始めます。
  • 取引先と金融機関の不安が蓄積する——「次はどちらなのか」と繰り返し問われる状態は、信用の面で望ましくありません。

ですから、決めることそのものより「いつまでに決めるかを先に決める」ことが、実務上は効果的です。期限がなければ、この種の判断は永遠に先送りできてしまいます。

選定の基準を、事前に言葉にしておく

結果から伝えると納得は得られにくく、基準から伝えれば理解は得やすくなります。そのために、指名の前に選定基準を言葉にして共有しておく方法があります。

基準として実務で使われるのは、おおむね次のような観点です。すべてを満たす候補者は稀ですので、自社にとっての重み付けを決めることが実質的な作業になります。

  • 本人の意思——最も重要でありながら、最も確認が不十分になりやすい項目です。「継いでもよい」と「継ぎたい」は別物です。
  • 事業への理解——現場・技術・顧客のいずれかについて、自分の言葉で語れるか。
  • 数字を読み、判断できるか——決算書を読んだうえで、投資と借入の判断ができるか。
  • 人がついてくるか——既存の幹部・現場の職人・営業が、その人の指示で動くか。
  • 個人保証を含む責任を引き受ける覚悟があるか——ご家族の理解も含めて。
  • 時間軸が合うか——経営者が想定する引退時期に、その候補者が準備を終えられるか。

基準を共有する際は、「これらを総合して判断する」と明示してください。一項目の優劣で決めると伝えると、その項目の争いになります。総合判断であることを最初に伝えたうえで、判断の時期も同時に示す。この二点が揃っていれば、選定の過程そのものが納得の材料になります。

見極めの期間をどう設計するか

基準を決めたら、それを確かめる期間を設けます。会議での発言を見るだけでは分かりませんので、責任を持たせて任せるという形が現実的です。

役割を分けて任せる

候補者が二人いる場合、たとえば一方に既存事業の収益責任、もう一方に新規領域や管理部門の再構築を任せるという分け方があります。同じ仕事を競わせると比較は容易になりますが、社内に対立を持ち込みやすい。役割を分けると比較は難しくなる代わりに、双方が自分の責任範囲で成果を出そうとします。

見るべきは結果だけではない

短期の業績は、市況や担当顧客の巡り合わせに左右されます。むしろ確認したいのは、うまくいかなかったときの振る舞いです。数字が落ちたときに原因を自分の言葉で説明できるか、人のせいにしないか、早い段階で相談してくるか。承継後に経営者が直面するのは、ほとんどが順風ではない局面です。

期間の目安

実務では、任せてから判断までに2〜3年を置く会社が多く見られます。1年では市況の影響を切り分けられず、5年を超えると候補者の側の人生設計が立たなくなるためです。育成の順序については「後継者育成の進め方」もあわせてご覧ください。

経営と所有を分けて考える

複数候補の問題が難しく見える理由のひとつは、「経営を任せること」と「株式を渡すこと」を一体で考えてしまう点にあります。この二つは分けて設計できます。

  • 経営(代表権)は一人に集約する——意思決定の速度と責任の所在のため、ここは分けないほうが安全です。
  • 株式(所有)は、必ずしも同じ配分でなくてよい——ただし、経営を担う人が安定的に議決権を確保できる構成にしておくことが前提です。

相続の公平を意識して株式を均等に分けた結果、後継者が過半数を確保できず、重要な決議のたびに他の株主の同意が要る——という状態は、承継後の経営を非常に不安定にします。財産としての公平は、株式以外の資産で図るという考え方が実務ではよく採られます。不動産、生命保険、金融資産などを組み合わせ、株式は経営を担う人に集める形です。

また、議決権に制限のある種類株式を用いて、財産的価値は分けつつ経営の主導権は一人に残すという設計もあります。詳しくは「種類株式・黄金株とは」で扱っています。

株式の配分、種類株式の設計、遺留分への配慮、相続時の課税関係は、株主構成と親族関係により結論が変わります。設計の前に、弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

選ばれなかった人への配慮を、先に設計する

指名を伝える前に、選ばれなかった側の処遇を用意しておくこと。これが実務で最も効果のある手当てです。結果だけを伝え、その後の話は追って、という進め方は避けたほうが賢明です。

親族が選ばれなかった場合

会社に残るのであれば、役割を明確にします。「副社長」といった曖昧な肩書ではなく、担当する事業や機能を切り出して責任と権限を渡す。あるいは、関連会社や新規事業の代表として独立した領域を持たせる形もあります。会社を離れる場合は、退職の条件と、保有株式をどう扱うかを同時に決めておきます。

幹部社員が選ばれなかった場合

長く支えてくれた方が候補から外れる場合、処遇面の配慮に加えて、新体制での役割を本人と新社長の間で確認する場を設けることをおすすめします。前経営者が間に入れる時期にこれを済ませておくと、承継後の摩擦がかなり減ります。役員としての在任期間や退職慰労金の扱いも、この時点で整理しておきたい項目です。年長の幹部との関係は「後継者より年上の幹部がいるとき」でも扱っています。

伝える順番

選ばれなかった側に先に伝え、処遇の話まで済ませてから、社内へ発表する。この順番であれば、本人が人づてに知るという最も避けたい事態を防げます。社内への発表の設計は「後継者を社内にどう披露するか」が参考になります。

どうしても決めきれないときの選択肢

基準を作り、期間を置いてもなお決めきれないことはあります。その場合に検討しうる道を並べておきます。いずれを選ぶかはご本人の判断ですが、「決めない」という状態を続けること自体が一つの選択になってしまう点だけは意識しておいてください。

  • 期限を区切って再度見極める——ただし、延長は一度までと決めておく。無期限の延長は先送りと同じです。
  • 共同経営の形を取る——代表を二人置く形は意思決定が遅れやすく、将来の解消が難しくなる面があります。採るのであれば、意見が割れた場合の決め方と、解消時の株式の扱いを最初に文書化してください。共同経営の解消については「共同経営を解消したいとき」で詳しく扱っています。
  • 事業を分けて、それぞれに任せる——事業部門が明確に分かれており、顧客・設備・人員を切り分けられる場合に限られます。会社分割等の手続きと税務の検討が必要です。
  • 第三者承継を選択肢に加える——候補者が複数いても、いずれも本人の意思が弱い、あるいは責任を引き受ける環境が整わないという場合、第三者への譲渡を比較対象に入れることは不自然ではありません。帝国データバンクの2025年の調査では後継者不在率は50.1%とされ、第三者承継は既に一般的な選択肢となっています。

まとめ|決める順序を先に決める

複数候補の問題は、基準・期間・選ばれなかった側の処遇という三点を先に用意しておけば、判断そのものは思ったより軽くなります。逆に、この三点がないまま結果だけを出そうとすると、どの候補者を選んでも納得は得られにくくなります。まずは「いつまでに決めるか」を紙に書くところから始めてみてください。

よくあるご質問

A.相続の公平という観点では均等が分かりやすいのですが、経営を担う側が議決権の過半数を確保できないと、承継後の意思決定が不安定になります。実務では、株式は経営を担う人に集め、他のご家族には不動産・生命保険・金融資産など株式以外の資産で配慮を図る設計が多く採られます。遺留分への配慮を含め、具体的な組み方は弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。
A.一般論としての優先順位はありません。判断材料になるのは、事業の継続に必要な能力・信用をどちらが持っているか、株式の取得資金をどう手当てするか、そして選ばれなかった側が会社に残るかどうかです。幹部社員が後継者となる場合は株式の買い取り資金が論点になりやすく、この点は従業員承継(MBO・EBO)の枠組みで検討することになります。
A.「継ぐ気はあるか」と直接尋ねると、立場上その場では断りにくいものです。代わりに、個人保証の可能性、想定される時期、経営者としての生活の変化といった具体的な条件を示したうえで、ご家族とも相談する時間を渡して、後日改めて聞く方法をおすすめします。条件を知ったうえでの返答でなければ、確認したことにはなりません。

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候補者が複数いる場合の整理も、第三者承継との比較も承ります。相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら