30代・40代の後継者が社長に就任したとき、社内には60代の専務や常務が残っている——中小企業ではごく普通の光景です。長年会社を支えてきた方々であり、その知見と取引先との関係は、会社にとって大きな資産です。

同時に、この世代差が、承継後の経営で最も扱いにくい論点になることも事実です。後継者からは指示が出しにくく、幹部からは「まだ早い」と映る。どちらにも理があるからこそ、感情で処理すると長期化します。本稿では、この状況を役割・処遇・退任という三つの設計課題として整理します。

摩擦が起きる理由を、構造として理解する

年長の幹部と後継者の間に緊張が生まれるのは、人柄の問題ではありません。次の三つのずれが同時に存在するためです。

  • 年齢・在籍年数と、職位のねじれ——日本の職場では、年次による序列の感覚が残っています。これが職位と逆転すると、双方が振る舞い方に迷います。
  • 情報量の差——取引先の履歴、過去の失敗、社内の人間関係。幹部のほうが圧倒的に知っている状態から始まります。
  • 時間軸の差——後継者は20年先を見て投資を考え、幹部は自身の残り数年を基準に判断する。同じ提案への評価が分かれるのは当然です。

この構造を先代が理解していないと、「うまくやってくれるだろう」と任せきりにしてしまいます。実際には、先代が現役のうちにしかできない調整が多くあります。

先代にしかできない役割

年長の幹部に対して役割の変更や退任を伝えることは、後継者にとって極めて重い仕事です。同世代である先代が、自らの言葉で伝えるほうが受け止められやすい。世代交代の痛みを伴う部分は、先代が引き受ける——これが実務上の原則です。

役割を切り分ける——「外す」以外の選択肢

世代交代というと退任を連想しがちですが、実際にはその手前に多くの選択肢があります。

① 領域を明確に分ける

幹部に特定の事業、地域、顧客群の責任を明確に委ね、その範囲では裁量を認める。後継者は全社の方針と経営資源の配分を担う。重なる領域を減らすことで、指示・被指示の関係が表面化しにくくなります

② 引き継ぎの担い手として位置づける

長年の取引先との関係、技術やノウハウ、業界内の人脈——これらを次世代へ渡す役割を正式に与える。期限と対象を決め、「◯年までに◯◯の引き継ぎを完了する」という形にすると、役割が明確になります。

③ 専門職としての処遇に切り替える

管理職としての職位からは外れるが、技術者・専門職として処遇を維持する形。製造業や建設業では実際によく採られます。職位を下げることと処遇を下げることを、必ずしも連動させないという発想です。

④ 関連会社や新規領域の責任者に

本体から切り出せる事業がある場合、そこの責任者として独立した領域を持ってもらう。本人の裁量が大きくなり、本体の指揮命令から距離を置けます。

これらを検討したうえでなお難しい場合に、退任という選択肢が出てきます。順序が大切で、いきなり退任の話から入ると、それまでの貢献を否定されたと受け取られます

退任を設計する場合の実務

退任していただく方向で進める場合、押さえるべき点を整理します。

任期という仕組みを使う

取締役には任期があり、株主総会での再任によって地位が継続します。任期満了の機会は、個人に対する評価ではなく制度上の区切りとして扱えるため、退任の話を持ち出しやすいタイミングです。定款で任期を伸長している会社では、承継を機に任期を見直す例もあります。

時期をずらす

代表交代と同時に複数の役員が退任すると、社内外に不安が広がります。「新体制で何かあったのではないか」という憶測を招きかねません。代表交代から1年、2年と時期をずらすほうが、落ち着いた移行になります。

退職慰労金と処遇

役員退職慰労金の支給がある場合、支給基準と資金の手当てを確認してください。複数名が近い時期に退任すると、会社の資金繰りに影響します。また、顧問として一定期間残っていただく場合は、職務と期間を契約に明記しておくことをおすすめします。

役員退職慰労金の支給基準・損金算入の可否、退任に伴う税務の取り扱いは、会社の規程と個別の状況により異なります。実行の前に税理士等の専門家にご確認ください。

保有株式の扱い

幹部が株式を保有している場合、退任時にどう扱うかを決めておく必要があります。保有を続けていただくのか、会社または後継者が買い取るのか。退任後も株主として残る状態は、将来の意思決定に影響します。少数株主の整理については「少数株主がいる会社の売却」の考え方が参考になります。

後継者の側が気をつけること

ここまでは会社側の設計でしたが、後継者自身の振る舞いにも実務上の要点があります。

最初の1年は「変えない」ことにも価値がある

就任直後に大きな改革を進めると、幹部からは「現場を知らないまま壊している」と映りやすくなります。まず現状を理解し、幹部の知見を引き出す期間を置く。急がないことが、結果的に早いという場面は少なくありません。

もっとも、業績が悪化している、市場環境が急変しているといった状況では、悠長に構えられないこともあります。その場合は、変更の理由を数字で説明し、幹部の意見を聞く手順を踏むことが重要です。

敬意は、形にして示す

会議での発言順、意見を求める場面、取引先への紹介の仕方。年長の幹部への敬意は、態度ではなく段取りで示すほうが伝わります。「この件は◯◯専務に一番詳しいので、まず伺いたい」といった一言が、日常的に積み重なります。

決めることは、決める

一方で、配慮が過ぎて判断を委ね続けると、社内は「結局まだ実権は移っていない」と受け取ります。意見を十分に聞いたうえで、最後は自分が決め、その理由を説明する。聞くことと決めることは両立します

幹部が辞めてしまうリスクへの備え

世代交代の過程で、年長の幹部が自ら退職を申し出ることがあります。本人の意思であれば止められませんが、会社にとっての実質的なリスクを事前に減らしておくことはできます。

属人化を解消しておく

  • 主要取引先の担当を複数体制にする
  • 取引条件・履歴・キーパーソンを記録として残す
  • 技術・作業手順を文書や動画で残す
  • 仕入先・外注先との関係を、会社としての関係に移す

これらは承継対策であると同時に、会社の価値そのものを高める作業でもあります。第三者承継を選ぶ場合にも、特定の個人に依存しない状態は、買い手から高く評価される要素です。

競業と引き抜きへの備え

役員が退任後に同業を営む、あるいは従業員を引き抜くといった事態に備え、就業規則や役員との合意の内容を確認しておくことも検討に値します。ただし、過度に広範な制約は有効性が問題になり得ますので、内容は専門家にご確認ください。

それでも辞める場合

引き止められないと判断したら、関係を悪くしないまま送り出すことに切り替えてください。退職後も取引先として、あるいは相談相手として関係が続くことは珍しくありません。感情的な対立を残すことの損失のほうが大きいのが実情です。

第三者承継を選ぶ場合の、幹部の位置づけ

後継者が社内におらず、M&Aによる第三者承継を選ぶ場合、年長の幹部の位置づけは別の意味を持ちます。

買い手にとっての関心事

買い手が最も気にするのは、譲渡後も事業が回るかです。長年の幹部が残って現場を支えてくれる見通しがあることは、買い手にとって安心材料になります。逆に、経営者と幹部が同時に退く前提では、引き継ぎの負担が重く見積もられます。

幹部への開示のタイミング

譲渡の検討を幹部にいつ伝えるかは、慎重な判断が要ります。早すぎれば情報が広がるリスクがあり、遅すぎれば「相談されなかった」という不信を招きます。実務では、基本合意の前後で、鍵となる幹部に限って伝えるという進め方が多く採られます。社内開示の設計は「M&Aを社内にいつ開示するか」で詳しく扱っています。

幹部の処遇を条件に含める

譲渡の交渉では、従業員の雇用条件とあわせて、役員・幹部の処遇についても協議できます。役職の継続、報酬の水準、在任の期間——これらを条件として提示し、合意内容を契約に反映させることは可能です。

まとめ|役割・処遇・退任を、順番に設計する

年長の幹部との関係は、感情の問題として扱うと解けません。役割を切り分け、処遇を設計し、必要なら退任の時期を制度上の区切りに合わせる。この三段階を、先代が現役のうちに進めておくこと。後継者に、この調整まで背負わせないという配慮が、承継の成否を分けます。

よくあるご質問

A.後継者からではなく、同世代である先代から伝えるほうが受け止められやすいのが実情です。また、個人への評価としてではなく、取締役の任期満了という制度上の区切りに合わせて話すと、角が立ちにくくなります。切り出す前に、退職慰労金・顧問としての処遇・保有株式の扱いまで用意しておくと、話が前に進みます。
A.属人化の解消が最も確実な備えです。主要取引先の担当を複数体制にする、取引条件や履歴を記録に残す、技術や作業手順を文書化する、仕入先との関係を会社としての関係に移す——こうした作業を進めておけば、誰が抜けても事業が続く状態に近づきます。これは第三者承継を選ぶ場合にも、買い手から評価される要素です。
A.一律に止める必要はありませんが、順序は助言する価値があります。就任直後の大きな変更は、幹部から「現場を知らないまま壊している」と受け取られやすいためです。変更の理由を数字で説明し、幹部の意見を聞いたうえで決める、という手順を踏めば、同じ内容でも受け止められ方は変わります。ただし業績や環境の急変により時間的余裕がない場合は、この限りではありません。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら