他社で働いていた、大学を出たばかり、別の業界から来た。現場を知らない後継者を、どこから入れるか。順序を誤ると、従業員との関係が最初に壊れます。
なぜ現場を経験させるのか
目的を先に整理します。3つあります。
① 事業の中身を理解する。何を、どう作り、どう売っているか。本を読んでも分かりません。
② 従業員を知る。誰が何をしていて、どういう人なのか。
③ 従業員から認められる。これが最も大きい。「現場を知らない社長の息子」という見方を変えるには、現場に入るしかありません。
逆に言えば、①だけが目的なら、短期間の見学で足ります。②③が目的なら、それなりの期間が要ります。
どこから入るか
順序の考え方です。最も人数が多く、最も基本的な工程から入ってください。
製造業なら製造の現場。小売なら店舗。建設なら施工。運送なら配送。
理由は、その工程を経験した人が社内に最も多いためです。共通の話題ができます。
逆に、いきなり営業や管理部門に入れないでください。「楽なところから始めた」と見られます。
また、先代の隣に座らせるのも避けてください。社長室から始まると、現場との距離が最初から固定します。
期間の目安
一概には言えませんが、考え方を示します。
各工程を1〜3か月ずつ。短すぎると表面しか見えず、長すぎると次に進めません。
全体で1〜2年。主要な工程を一通り回る期間です。
ただし、期間より深さです。「回った」だけでは意味がありません。
判断基準としては、その工程の人と、仕事の話ができるようになったか。専門用語が分かり、何が大変かを言えるようになったか。
本人に「もう十分」と言わせないでください。周りが判断することです。
やってはいけない入り方
実務でよく見る失敗を挙げます。
役職を付けて入る。「部長代理」で現場に来られても、教える側が困ります。最初は肩書きなしが望ましい。
すぐに改善提案をする。3か月で「このやり方は非効率です」と言えば、反発されます。最初の半年は、聞く期間だと決めてください。
特別扱いを受け入れる。きつい作業を免除される、早く帰る。見られています。
先代が現場に口を出す。「息子をよろしく」と頼むのは構いませんが、指導内容に介入しないでください。
教える側を決める
現場任せにしないでください。誰が指導するかを決めます。
選ぶ基準は、技術があり、教えるのが上手く、社内で信頼されている人です。必ずしも役職者でなくて構いません。
そして、その人に事情を説明してください。何を身につけさせたいか、どのくらいの期間か、どこまで厳しくしてよいか。
「将来の社長だから丁寧に」と伝えると、教育になりません。「普通の新人として扱ってほしい」と伝えるほうが、本人のためになります。
あわせて、指導する側の負担に報いることも考えてください。
記録を残させる
実務的な工夫です。後継者に、日誌を書かせてください。
その日やったこと、分からなかったこと、気づいたこと。
効果は3つあります。理解が整理される。後から見返せる。そして、先代が読める。
とくに3つ目です。何を理解し、何でつまずいているかが分かります。口頭の報告では出てきません。
また、気づいた改善点を書き溜めさせるのも有効です。すぐに言わせず、一通り回り終えてから、まとめて提案させる。そのころには、なぜそのやり方なのかも理解しています。
外部での経験をどう位置づけるか
他社で働いた経験がある場合の扱いです。
持ち込むべきもの。管理の手法、他社のやり方、業界の常識に対する疑問。
持ち込んではいけないもの。前職の機密情報、前職の顧客。これは明確に線を引いてください。
そして、「前の会社では」を言わせないこと。従業員が最も嫌う言い方です。
代わりに、「こういうやり方もあるようですが、うちではどうですか」と聞く形にさせる。同じ内容でも、受け取られ方が変わります。
現場の次に何をさせるか
一通り回った後の設計です。
① 数字を持たせる。部門の損益に責任を持たせる。
② 外との交渉を経験させる。仕入先との価格交渉、顧客との条件交渉。
③ 人の問題に関わらせる。採用、評価、そして退職の面談。これが最も重い経験になります。
④ 金融機関との面談に同席させる。
現場の経験だけでは、経営はできません。信頼の土台を作るのが現場、判断力を作るのがその次の段階です。後継者に決算書を読ませるもご覧ください。
先代がすべきこと
最後に、先代の役割です。
口を出さないこと。これが最も難しく、最も重要です。
現場での評価は、現場が決めます。先代が「よくやっている」と言っても、従業員の見方は変わりません。
やるべきは、環境を作ることです。指導者を決める、期間を設計する、日誌を読む、節目で話す。
そして、失敗したときに庇わないこと。本人が叱られる経験を、奪わないでください。
「自分の息子(娘)」ではなく「次の経営者」として扱う。周りは、先代の接し方を見て、自分の接し方を決めます。