代表取締役を後継者に譲り、自身は会長や相談役として会社に残る。中小企業の承継では一般的な形です。このとき必ず論点になるのが、先代の役員報酬をいくらにするかという問題です。
金額の話であると同時に、これは「先代が会社にどう関わるか」という役割の話でもあります。報酬が高すぎれば後継者の経営を圧迫し、低すぎれば先代の生活と誇りに影響する。しかも、退職慰労金の支給や税務上の取り扱いとも絡み合います。本稿では、この問題を金額から考えるのではなく、役割から逆算するという順序で整理します。
金額の前に、役割を決める
報酬の議論が難しくなるのは、役割が曖昧なまま金額だけを話すからです。「会長」という肩書には、法律上の定義も職務内容の定めもありません。まず、次を具体化してください。
- 出社の頻度——毎日か、週数日か、必要に応じてか。
- 担う職務——特定の取引先の担当、技術指導、金融機関との窓口、新規開拓など。
- 意思決定への関与——取締役として議決権を持つのか、相談役として助言にとどまるのか。
- 期間——いつまでこの形を続けるのか。
この四つが決まれば、報酬の水準はおのずと絞られます。逆に、「これまでどおり会社にいるが、代表ではない」という曖昧な状態が最も扱いにくい。社内は誰の指示に従えばよいか分からなくなり、報酬の根拠も説明できなくなります。
役割は段階的に縮めるという考え方
実務では、退任直後は一定の関与を残し、1〜3年かけて縮小していく設計が多く見られます。取引先への引き継ぎ、技術の伝承、金融機関との関係の移行には時間がかかるためです。縮小の予定を最初に決めておくことが要点で、これがないと期限のない滞在になります。退任後の関わり方は「退任後に顧問・相談役として残る」でも詳しく扱っています。
報酬の水準を決める三つの視点
役割が定まったら、金額の検討に入ります。実務では、次の三つの視点を突き合わせます。
① 職務の実態に見合うか
役員報酬は、その職務の対価として支払われるものです。出社が月に数回で、特定の職務も負っていない状態で高額な報酬が支払われていると、税務上、その相当性を問われる可能性があります。職務の実態と金額の対応関係を、説明できる形にしておくことが基本です。
② 会社の資金繰りに耐えられるか
承継期には、役員退職慰労金の支給、株式の買い取り資金、設備投資などの支出が重なりがちです。ここに先代の報酬が継続して乗ると、後継者は就任直後から資金繰りに苦労します。年間の支出として、どの程度なら無理がないかを、後継者と一緒に数字で確認してください。
③ 先代の生活設計と整合するか
報酬の減額は、そのまま生活水準に影響します。退職慰労金、公的年金、保有資産からの収入をあわせて、退任後の収入見通しを立てておくことが必要です。報酬だけで生活を支える設計になっていると、減額の話が進みません。
この三つを突き合わせると、多くの場合、代表在任時の報酬から相応に下げ、段階的にさらに減らしていくという形に落ち着きます。具体的な水準は会社の規模と収益力によって幅がありますので、顧問税理士と相談しながら決めてください。
退職慰労金との関係を整理する
先代への報酬を考えるうえで、退職慰労金との関係は切り離せません。順序を誤ると、税務上の取り扱いに影響が及ぶことがあります。
「退職の事実」が前提になる
役員退職慰労金が退職金として扱われるためには、実質的に退職したと認められる状況であることが前提とされています。代表権を外したものの、実態として従前と変わらない権限を持ち続けている場合、その判断に影響が及ぶ可能性があります。
実務上、次のような点が確認されます。
- 代表権の有無
- 報酬が相当程度減額されているか
- 経営上の主要な意思決定から外れているか
つまり、退職慰労金の支給を予定しているのであれば、報酬の減額は形式ではなく実質を伴う必要があるということです。この点は個別性が非常に高い領域ですので、必ず税理士に確認しながら進めてください。
支給の資金と時期
退職慰労金は、支給時に会社の資金が一度に流出します。承継の年に集中させると資金繰りを圧迫しますので、分割支給や支給時期の調整を検討する会社もあります。詳しくは「先代の役員退職金」で扱っています。
後継者の経営自由度という論点
金額や税務とは別に、実務で見過ごせないのが後継者から見た先代の報酬です。ここには、数字以上の意味があります。
報酬は「発言力」として受け取られる
先代の報酬が後継者より高い状態が続くと、社内では「実権はまだ会長にある」と受け止められます。これは、後継者が指示を出しても幹部が会長の顔色をうかがうという形で表面化します。報酬の序列は、社内の権限の序列として読まれる——この点は、金額を決める際に意識しておく価値があります。
後継者に決めさせるという方法
ひとつの考え方として、先代の報酬額を後継者が提案する形にする方法があります。後継者が会社の資金繰りと役割を踏まえて金額を示し、先代がそれを受ける。この過程自体が、経営の責任が移ったことを社内外に示す意味を持ちます。
もっとも、後継者にとっては言い出しにくい話でもあります。顧問税理士や第三者に間に入ってもらい、客観的な材料を示しながら決めるほうが、感情的な行き違いを避けられます。
見直しの機会を年表に置く
報酬は一度決めたら終わりではありません。役割の縮小に合わせて、いつ、どの程度に見直すかを承継計画に書き込んでおいてください。期限のある取り決めにしておけば、毎年の交渉になりません。
第三者承継(M&A)の場合の扱い
M&Aによって株式を譲渡する場合、先代の報酬は交渉の対象になります。親族内承継とは考え方が異なりますので、分けて整理しておきます。
引き継ぎ期間中の処遇
譲渡後も一定期間、前経営者が会社に残って引き継ぎを担う形(いわゆるロックアップ)が多く見られます。この期間の役員報酬は、職務の内容と拘束の度合いに応じて、買い手と協議して決めることになります。週に何日、どの業務を担うのかを明確にしておかないと、後になって双方の期待がずれます。
譲渡価格との関係
買い手から見れば、前経営者の報酬は譲渡後の会社の費用です。高額な報酬を長期にわたって前提とすれば、その分は企業価値の評価に反映されます。譲渡代金と退任後の報酬は、合わせて一つの経済条件として見られると考えておいてください。
退職慰労金の扱い
譲渡に際して退職慰労金を支給する場合、その原資と譲渡価格の関係を整理する必要があります。会社から支給される以上、企業価値の算定に影響しますので、交渉の早い段階で論点として出しておくほうが後の混乱が少なくなります。譲渡後の立場については「会社売却後の経営者はどうなる」もご覧ください。
決め方の手順と、よくあるつまずき
最後に、実務的な進め方をまとめておきます。
- 役割を紙に書く——出社頻度、職務、意思決定への関与、期間の四つ。
- 退任後の収入見通しを立てる——退職慰労金、年金、保有資産からの収入を合算する。
- 会社が負担できる水準を確認する——後継者と一緒に、資金繰り表で確かめる。
- 税理士に相談して金額と方法を固める——退職慰労金との関係を必ず確認。
- 見直しの時期を決め、計画に書き込む——1年後、3年後にどうするか。
つまずきやすい点
- 役割を決めずに金額だけ話す——根拠がないため、双方が納得しにくくなります。
- 退職慰労金と報酬を別々に検討する——税務上の取り扱いに影響しうるため、一体で設計すべきです。
- 期限を決めない——「当面は今のまま」が数年続き、後継者が言い出せなくなります。
- 社内に説明しない——役職と報酬の関係が説明されないと、社内で憶測が生まれます。
まとめ|報酬は、役割と期限とセットで決める
先代の役員報酬は、金額の多寡ではなく、役割・期限・会社の資金の三点と結びつけて決めるべきものです。この三つを紙の上で結んでおけば、後継者も先代も、毎年この話題で気を遣わずに済みます。承継計画の年表に、報酬の見直し時期を一行書き加えるところから始めてみてください。