代表取締役を交代したのに、実質的な決定はいまも先代が行っている——中小企業の承継では、決して珍しくない光景です。これ自体が悪いわけではありませんが、状態が長く続くと、後継者は育たず、従業員は誰に従えばよいか迷い、取引先も判断に困ります。本稿では、代表交代の前後で権限をどの順に移していくのか、先代が会長として残る場合にどこで線を引くのか、そしていつ完全に身を引くのかを、実務の観点から整理します。

代表交代は終わりではなく、移譲の始まり

事業承継の節目としてわかりやすいのが、代表取締役の交代です。しかし登記上の代表者が変わることと、会社の意思決定が実際に移ることは別の話です。前者は一日で終わりますが、後者には年単位の時間がかかります。

実務では、権限の移譲を次の3つの層に分けて考えると整理しやすくなります。

  • 形式の層:代表取締役の登記、名刺、対外的な肩書
  • 制度の層:決裁権限規程、人事権、金融機関との窓口、契約の署名者
  • 実質の層:従業員が誰に相談に行くか、取引先が誰に電話をかけるか

形式の層は一日で移せます。制度の層は文書を書き換えれば移せます。難しいのは実質の層で、ここは意識的に運用しなければ動きません。多くの会社で問題になるのは、この3層がずれたまま長期間放置されることです。

なぜ二重権限が起きるのか

先代がなかなか手を離せない理由は、たいてい次のいずれかです。

後継者の判断に不安がある。これはある意味で当然です。数十年経営してきた側から見れば、後継者の判断は未熟に映ります。しかし、失敗しない範囲でしか経験させなければ、いつまでも未熟なままです。

連帯保証が残っている。会社の借入に先代が個人保証をしたままだと、経営から手を引くことに現実的なためらいが生じます。これは心情の問題ではなく合理的な理由なので、保証の整理と権限移譲はセットで考えるべきです。詳しくは「個人保証を後継者に引き継ぐか」をご覧ください。

周囲が先代に相談を持ち込む。従業員も取引先も、長年の習慣で先代に話を持っていきます。先代が善意で応じるほど、後継者は蚊帳の外に置かれます。

役割を失うことへの不安。会社が生活の中心だった方にとって、身を引くことは大きな変化です。この点は率直に認めたうえで、承継後の役割や時間の使い方を先に考えておくことが、かえって移譲を進めやすくします。

何を、どの順で移すか

権限移譲は、影響の小さいものから順に、期限を決めて進めるのが基本です。実務でよく用いられる順序は次のとおりです。

移す権限移し方の要点
1一定金額以下の日常的な決裁決裁権限規程に金額基準を明記し、後継者単独で決める
2部門の人事・評価採用・配置・評価の最終判断を後継者へ
3取引先との交渉と契約同席から始め、主担当を段階的に移す
4金融機関との窓口後継者が説明し、先代は同席にとどめる
5投資・撤退などの重要判断後継者が起案し決定。先代は意見を述べるにとどめる
6役員人事と株主総会の運営株式の移転状況と併せて設計する

ポイントは、それぞれに「いつまでに移すか」の期限を入れることです。期限のない移譲計画は、実務上ほとんど進みません。事業承継計画の中に、この移譲スケジュールを組み込んでおくとよいでしょう。作り方は「事業承継計画書の作り方」をご参照ください。

会長として残る場合の線引き

代表交代後、先代が会長や相談役として残ることは一般的です。急に全員がいなくなるより、移行期間があるほうが会社にとって安全でもあります。ただし、残る場合は次の3点を明文化しておくことをおすすめします。

  • 役割の範囲:何を担当するのか。たとえば長年の取引先との関係維持、業界団体の対応など、具体的に
  • 関与しないこと:日常の決裁、人事評価、現場への直接指示など、手を出さないと決めた領域
  • 期間:会長として残る年数。区切りがなければ、いつまでも移行期間が続きます

とくに2番目を明示しておくことが重要です。従業員は、会長が現場に直接指示を出すのを見ると、「社長と会長で言うことが違う場合はどちらに従うか」を考え始めます。この曖昧さが組織の判断を鈍らせます。

報酬についても整理が必要です。実態のない役職に高額な報酬を払い続けることは、税務上の問題を招くおそれがあるほか、後継者の経営を圧迫します。役員退職金の支給時期との関係も含め、税理士にご相談ください。支給の考え方は「先代の役員退職金」で解説しています。

いつ完全に身を引くか

「いつまで関与するか」という問いに一律の答えはありませんが、次の条件が揃った時点を目安にすると考えやすくなります。

  • 主要な取引先・金融機関が、後継者を窓口として認識している
  • 会社の借入に対する先代の個人保証が解除されている、または見通しが立っている
  • 株式の過半数が後継者に移っている
  • 後継者が単独で判断した重要案件が、一定数積み重なっている

3番目の株式については、経営の実権と所有が長く分離すると、いずれ揉める原因になります。株式の移し方は「自社株を後継者に渡す手段」で整理していますので、あわせてご検討ください。

なお、金融庁の公表によれば、2024年度上期には新規融資の52%が経営者保証に依存しないものとなっています。保証の解除は以前より現実的な選択肢になっており、承継のタイミングは金融機関に相談する好機でもあります。

まとめ|移譲の期限を先に決める

権限移譲がうまくいかない会社に共通しているのは、期限がないことです。「そのうち」「様子を見ながら」と言っているうちに、代表交代から数年が過ぎ、後継者は判断の経験を積めないまま年齢だけを重ねます。

逆に、何をいつまでに移すかを文書にしている会社は、多少の遅れがあっても着実に進みます。先代にとっても、期限があるほうが手を離しやすいという面があります。

そして、この移譲の設計は、承継の方式にかかわらず必要です。第三者へのM&Aであっても、譲渡後の一定期間は先代が引き継ぎに関わることが一般的で、その範囲と期間は契約の中で定められます。当社では、その設計もご一緒に検討しています。

よくあるご質問

A.移行期間として一定期間残ることには合理性があります。ただし、役割の範囲・関与しない領域・残る期間の3つを明文化しておくことが前提です。これがないまま残ると、社内が「社長と会長のどちらに従うか」で迷い、後継者の経営が定まりません。区切りを先に決めておくことをおすすめします。
A.形式的には移せますが、実質的には難しいのが実情です。会社の借入を保証している以上、先代が経営に口を出したくなるのは自然なことです。承継のタイミングは金融機関に保証の見直しを相談する好機でもあります。経営者保証ガイドラインの考え方を踏まえ、まずは取引金融機関にご相談ください。
A.先代の側で意識的に運用を変えるのが最も効きます。相談を受けたら内容を聞いたうえで「それは社長に」と振り直す、重要な会議には先代が出席しない、といった対応です。社内の習慣は、先代の振る舞いを見て変わります。あわせて、決裁権限規程を明文化し、誰が何を決めるのかを見える形にしておくことも有効です。
本稿の税務・法務に関する記載は2026年9月時点の制度に基づく一般的な解説です。税務の具体的な適用は税理士に、法務の判断は弁護士にご確認ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら