事業承継に際して、先代経営者に役員退職金を支給する会社は数多くあります。長年の功労に報いるという意味に加えて、先代の引退後の生活資金を確保するという実務的な目的もあります。一方で、金額の決め方には税務上の制約があり、支給する資金をどう用意するかという問題も伴います。本稿では、承継の場面での役員退職金について、金額・時期・資金の3点から整理します。なお、損金算入の可否など具体的な税務の適用は必ず税理士にご確認ください。

承継時に役員退職金を支給する意味

先代の勇退に伴う役員退職金には、いくつかの意味があります。

  • 功労への報い:長年の経営に対する対価としての性格
  • 引退後の生活資金:役員報酬がなくなる先代の生活を支える原資
  • 権限移譲の区切り:退職金を受け取ることで、経営から退く意思を形にする
  • 株式評価への影響:支給した期の利益と純資産が減ることで、自社株の評価に影響する

このうち、実務で見落とされやすいのが3番目です。役員退職金を支給しないまま先代が会長として残り、以前と変わらない役員報酬を受け取り続けると、権限移譲の区切りが曖昧になります。逆に、退職金を支給して報酬を大きく引き下げれば、周囲にも「代替わりした」ことが伝わります。権限移譲の設計については「先代はいつ会長になるか」もご覧ください。

4番目の株価への影響については、それ自体を目的にすると本末転倒になりかねません。株式評価との関係は「自社株の評価を下げる方法」で中立的に整理しています。

金額をどう考えるか

役員退職金の金額は、会社が自由に決められるものではありません。不相当に高額と判断された部分は損金に算入されず、法人税の負担が生じます。

実務では、最終の役員報酬月額、在任年数、役職に応じた倍率を組み合わせて算定する方法が広く用いられています。この考え方の詳細は「役員退職金はいくらまで損金になるか」で解説しています。

金額を決めるにあたっての実務的な留意点は、次のとおりです。

  • 算定の根拠を文書に残す。役員退職慰労金規程を整備し、株主総会の決議を経る
  • 同業・同規模の水準から著しく外れていないか、税理士に確認する
  • 支給後の会社の財務状態が、事業の継続に支障のない水準に保たれるかを確認する
  • 先代が完全に退任するのか、会長として残るのかによって、取り扱いが変わり得る点に注意する

4番目は重要です。退職金を支給しながら実質的に経営に関与し続けている場合、退職の事実そのものが問われることがあります。形式だけでなく、実態としての退職といえるかどうかを、税理士とご確認ください。

いつ支給するか|時期の決め方

支給の時期は、次の要素を踏まえて決めます。

代表交代の時期。役員を退任した事業年度に支給するのが基本の形です。株主総会での決議を経て、支給額と時期を確定させます。

会社の資金繰り。まとまった金額の支出になるため、資金の余裕がある時期を選ぶ必要があります。決算期をまたぐ場合の処理も含め、事前に税理士と相談してください。

株式の移転時期との関係。退職金の支給は、その期の利益と純資産に影響します。株式を後継者へ贈与または売買で移す時期との関係を、税理士とあわせて検討することが一般的です。

金融機関との関係。まとまった資金流出は、決算書の見え方に影響します。借入がある場合は、支給の意図をあらかじめ金融機関に説明しておくほうが、その後の融資の相談が円滑になります。説明の進め方は「金融機関への説明」をご参照ください。

資金をどう準備するか

役員退職金は、金額が大きくなることが多く、その期の資金繰りに直接影響します。準備の方法としては、主に次のようなものがあります。

方法内容留意点
内部留保からの支出手元資金や預金から支給する運転資金を圧迫しないか要確認
生命保険の活用法人契約の保険を解約し、解約返戻金を原資とする契約内容と税務上の取り扱いを事前に確認
分割支給複数年に分けて支給する税務上の取り扱いが変わり得るため要確認
借入金融機関から資金を調達する返済負担が後継者の経営に残る
資産の売却遊休不動産等を売却して原資とする売却益への課税と時期の調整が必要

もっとも一般的に用いられてきたのが生命保険の活用です。ただし、保険商品の税務上の取り扱いは制度改正の影響を受けてきた分野でもあります。既存の契約がある場合は、解約のタイミングと返戻金の額、税務上の処理を税理士にご確認ください。

4番目の借入は慎重な検討が要ります。先代の退職金のために生じた債務が、後継者の代の返済負担として残るためです。後継者が個人保証を求められる可能性も含め、承継全体の中で判断すべきでしょう。

支給が会社に与える影響を見ておく

役員退職金の支給は、その期の決算に大きく表れます。承継の直後は後継者にとって最も不安定な時期でもあるため、支給後の会社の姿を事前に確認しておくことが重要です。

確認しておきたいのは次の点です。

  • 支給後の手元資金が、何か月分の運転資金に相当するか
  • 純資産が減ることで、金融機関の与信判断に影響しないか
  • 大口の取引先が決算書の提出を求める場合、説明できる材料があるか
  • 設備の更新など、近い将来に予定している支出と重ならないか

とくに2番目は実務上の要注意点です。退職金の支給によって一時的に赤字となった決算書が、金融機関にどう受け止められるかは、事前の説明の有無で変わります。「一過性の要因である」と説明できる材料を用意しておくことをおすすめします。

なお、第三者へのM&Aに際して役員退職金を活用する場合は、承継の場面とは論点が異なります。譲渡対価との組み合わせや、譲受企業との合意が必要になる点については「役員退職金を活用した会社売却」で解説しています。

まとめ|退職金は、承継計画の一部として設計する

先代の役員退職金は、単独で決めるものではありません。代表交代の時期、株式の移転時期、会社の資金繰り、金融機関との関係——これらと一体で設計してはじめて、無理のない形になります。

実務的な進め方としては、まず事業承継計画の中に「いつ代表を交代し、いつ株式を移し、いつ退職金を支給するか」の年表を作ります。そのうえで、各年の資金の動きを確認します。作り方は「事業承継計画書の作り方」をご参照ください。

金額の妥当性、損金算入の可否、支給時期の税務上の取り扱いは、いずれも個別性が高い論点です。必ず税理士にご確認のうえ、ご判断ください。

よくあるご質問

A.会社が自由に決められるものではなく、不相当に高額と判断された部分は損金に算入されません。実務では最終報酬月額・在任年数・役職に応じた倍率を組み合わせて算定する方法が広く用いられています。金額の妥当性は会社の規模や業績によっても異なりますので、必ず税理士にご確認ください。
A.会長として残ること自体は可能ですが、実質的に従前と変わらない権限を持ち続けている場合、退職の事実そのものが問われることがあります。役員退職金の税務上の取り扱いは、形式だけでなく実態も踏まえて判断されます。残る場合の役割の範囲と報酬水準について、税理士とあらかじめご相談ください。
A.法人契約の生命保険の解約返戻金を充てる、複数年に分けて支給する、資産を売却して原資とするといった方法があります。借入で賄う方法もありますが、返済負担が後継者の代に残る点は慎重にご検討ください。いずれの方法も税務上の取り扱いが異なりますので、税理士と資金計画を含めて設計することをおすすめします。
本稿の税務・法務に関する記載は2026年9月時点の制度に基づく一般的な解説です。税務の具体的な適用は税理士に、法務の判断は弁護士にご確認ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら