工場、倉庫、整備工場、古くからの本社建物——自社で土地や建物を保有している会社のM&Aでは、財務・法務・労務の調査に加えて、環境面が論点として取り上げられることがあります。土壌汚染やアスベストといった言葉が交渉のテーブルに出てくると、多くの経営者様が身構えられます。ですが、これらは「あれば即座に破談」という性質のものではなく、実務上はいくつかの手当ての方法が検討される論点です。
本稿では、環境デューデリジェンス(環境DD)がどのような場面で問題になるのか、買い手は何を懸念しているのか、そして売り手として何を準備しておけばよいのかを、一般論として整理します。なお、実際の調査の要否、調査の方法、結果の評価は、いずれも専門の調査会社および弁護士の領域です。本稿は判断の代わりになるものではありません。
環境デューデリジェンスとは|なぜ買い手が気にするのか
環境DDは、対象会社が保有・使用している土地や建物、そして事業活動そのものに、環境上の問題が潜んでいないかを確認する調査です。買い手が気にするのは、突き詰めれば次の三つの不確実性です。
- 将来の支出——買収後に、除去や対策のための費用負担が生じるかもしれない
- 事業の制約——建替えや土地の売却、用途の変更が思うように進まないかもしれない
- 責任の所在——過去の事業活動に由来する問題について、買収後の自社が対応を求められるかもしれない
とくに厄介なのは、環境上の問題は決算書に現れないという点です。財務諸表をどれだけ丁寧に読んでも、地中の状態や建材の内容は分かりません。この意味で、環境面は簿外債務と似た性格を持ちます(「簿外債務とは|M&Aで買い手が最も警戒するもの」)。だからこそ買い手は、該当しそうな会社については、独立した調査を求めることがあるのです。
論点になりやすい会社・なりにくい会社
すべてのM&Aで環境DDが行われるわけではありません。実務では、対象会社の業態と資産の持ち方によって、論点になる度合いが大きく変わります。
| 論点になりやすい | 論点になりにくい |
|---|---|
| 自社所有の工場・作業場で製造を行ってきた会社 | 賃借した事務所のみで事業を行っている会社 |
| 薬品・塗料・溶剤・燃料などを日常的に扱ってきた事業 | 物理的な設備をほとんど持たないサービス業 |
| 給油設備や地下タンクを設けていた敷地 | 取得してから間もない新しい建物のみを使う会社 |
| 建築年が古い建物を保有している会社 | 設備がすべてリース・レンタルの会社 |
| 取得前に別の事業者が別用途で使っていた土地 | 土地建物を一切保有していない会社 |
もっとも、賃借であれば無関係というわけでもありません。原状回復の範囲をどう定めているか、退去時に建材の処理をどちらが負担するのかといった契約上の取決めが、別の形で論点になることがあります。不動産を保有する会社のM&A全般の論点は「不動産を保有する会社のM&A|土地・建物の評価と扱い」もご参照ください。
土壌汚染が話題にのぼる場面
土壌に関する懸念が交渉に持ち込まれるのは、多くの場合、その土地でどのような活動が行われてきたかという履歴がきっかけです。買い手やその調査会社は、まず机上の資料から始めます。
履歴の調査(資料による確認)
登記の履歴、過去の地図や航空写真、行政への届出の記録、以前の所有者や利用者の業態——こうした資料から、その土地でかつて何が行われていたかを推測します。この段階で気になる点が出てこなければ、それ以上進まないこともあります。
現地の確認
敷地内の設備配置、排水の経路、地下タンクや配管の有無、保管されている薬品や燃料の状況などを、現地で確認します。使われなくなった設備がそのまま放置されていないか、といった点も見られます。
実地の調査
履歴や現地確認から懸念が残った場合に、専門の調査会社による実地の調査へ進むことがあります。ここから先は完全に専門家の領域であり、何をどこまで調べるか、結果をどう評価するかは、調査会社の判断と法令の枠組みに従って行われます。
売り手として押さえておきたいのは、土地の履歴を答えられるようにしておくことです。「先代がいつ、誰から買ったのか」「それ以前は何に使われていた土地なのか」「敷地内に埋設した設備はあるか」。この三つに答えられるだけで、初期の議論は格段にスムーズになります。
アスベスト・古い建物にまつわる論点
もう一つ、実務で頻繁に話題になるのが、建築年の古い建物における建材の問題です。かつて広く使われていた建材のなかには、現在では取扱いに特別の注意が求められるものがあります。
買い手の関心は、おおむね次の点にあります。
- 建物の建築年と、増改築・改修の履歴が分かるか
- 過去に建材についての調査を行ったことがあるか。報告書は残っているか
- 将来、解体や大規模な改修を行う場合に、追加の対応が必要になるか
- 建物を使い続ける前提であれば、当面の運用に支障はないか
ここで重要なのは、「使い続ける」のか「建て替える・解体する」のかによって、買い手の見方が変わるという点です。買収後もそのまま使い続ける計画であれば、論点の重みは相対的に小さくなります。一方、土地の再利用や建替えを前提とした買収であれば、建物の状態は事業計画そのものに関わってきます。買い手がどのような構想を持っているかによって、同じ建物でも扱いが変わるのです。
あわせて、消防・建築・排水・騒音といった各種の届出や許可の状況が確認されることもあります。増築を繰り返してきた工場などでは、図面と現況が一致していないことが判明する場合もあり、これも「書類の整備」という観点からの論点になります。
見つかったときの手当て|中止だけが答えではない
調査の結果、何らかの懸念が確認されたとしても、取引が直ちに中止になるとは限りません。実務では、次のような手当ての方法が検討されます。
| 手当ての方法 | 考え方 |
|---|---|
| 価格への反映 | 想定される対応の負担を見積もり、譲渡価格の調整に織り込む |
| 成約の条件とする | 一定の対応が完了することを、クロージングの前提条件として契約に定める |
| 対象からの切り離し | 該当する不動産を取引の対象から外し、売り手側に残したうえで賃貸借に切り替えるなど |
| 責任分担の明確化 | 表明保証と補償の条項によって、どちらがどこまで責任を負うかを契約で定める |
| 対価の一部留保 | 一定期間、対価の一部の支払いを留保し、問題が生じなければ支払う |
いずれの方法を採るにせよ、鍵になるのは表明保証と補償の設計です。売り手が「知っている限り問題はない」と述べるのか、「問題がない」と保証するのかでは、負う責任の重さがまったく違います。この点は交渉の中心になり得るため、必ず弁護士の関与のもとで検討してください(「表明保証とは|M&A契約で売り手が負う責任」)。
そして繰り返しお伝えしたいのは、問題そのものより、隠していたことのほうが致命傷になるということです。過去に調査を行って何らかの指摘を受けていた、行政とやり取りをしたことがある——こうした事実を伏せたまま交渉を進め、DDで発覚した場合、買い手が失うのは安心感ではなく、売り手への信頼そのものです。信頼が損なわれた交渉は、価格の議論以前に前へ進まなくなります。
売り手の準備|履歴を書き出すことから
環境面の準備は、専門的な調査を自ら発注することから始まるわけではありません。まずは経営者ご自身の記憶と、社内に残る資料を頼りに、次の項目を書き出すところから始めてください。
- 土地の履歴——いつ、誰から取得したか。取得前は何に使われていた土地か
- 建物の履歴——建築年、増改築や大規模修繕の時期と内容。図面が残っているか
- 設備の履歴——地下に埋設した設備、撤去した設備、給油や貯蔵の設備の有無
- 使ってきたもの——製造工程で扱ってきた薬品・溶剤・燃料などの種類と、その保管方法
- 過去の調査・届出——これまでに行った調査の報告書、行政への届出や指導の記録
- 近隣との関係——騒音・臭気・排水などについて、近隣から申し入れを受けたことがあるか
これらは、ファイルキャビネットの奥や、先代の書斎に眠っていることも珍しくありません。売却を考え始めた早い段階で探し始めておくと、DDの局面で慌てずに済みます。書類が見つからない項目については、「見つからない」と正直に整理しておくこと自体が誠実な対応です。
また、資産の整理という観点では、使っていない土地や建物をどう扱うかという論点も併せて検討することになります(「事業に使っていない資産の扱い|遊休資産・保険・車両を売却前にどう整理するか」)。環境面の懸念があり得る不動産を事業から切り離すかどうかは、価格・税務・実務のすべてに関わる判断であり、早い段階で専門家を交えて検討する価値があります。
環境面の論点は、対象になる会社が限られる代わりに、いざ論点になれば取引の構造そのものに影響します。当社は仲介者として、どの段階でどの専門家に確認すべきかを整理し、買い手との議論が感情的にならないよう、事実に基づく進行をお手伝いします。ご不安があれば、準備の段階からご相談ください。