動物病院は、獣医師という国家資格に支えられた事業でありながら、公的医療保険の枠外にある自由診療の事業でもあります。制度による価格の縛りが小さいぶん、経営の巧拙や設備投資の判断が業績に直結しやすい領域です。本稿では、農林水産省が公表している診療施設と獣医師の統計をもとに業界の現在地を確認し、承継の場面でどこが論点になるのかを整理します。
診療施設数と獣医師数|統計でみる現在地
農林水産省「飼育動物診療施設の開設届出状況」によれば、令和7(2025)年12月31日現在の飼育動物診療施設は全国で17,200か所です。このうち、産業動物を対象とする施設が4,154か所、犬猫などを扱う「小動物、その他」の施設が13,046か所となっています。いわゆる動物病院にあたるのは後者です。
獣医師の側をみると、農林水産省「獣医師法第22条の届出状況」(令和6年12月31日現在)では、届出者総数が39,664人、そのうち獣医事に従事する者が35,419人です。診療施設に従事する獣医師は19,001人で、内訳は犬猫が16,717人(開設者8,028人、被雇用者8,689人)、産業動物が2,017人となっています。
この二つの統計を並べると、小動物診療施設13,046か所に対して犬猫を診る獣医師が16,717人、という関係が見えてきます。1施設あたりに換算すると1.3人程度という計算になり、動物病院がきわめて小規模な事業体の集合であることがわかります。
また、犬猫を診る獣医師16,717人のうち、開設者が8,028人、被雇用者が8,689人と、ほぼ半々です。勤務獣医師として働く層が一定数存在することは、承継の相手方が存在しうるという意味で重要な事実です。
小動物診療施設の約6割は獣医師1人
農林水産省の同じ統計には、就業獣医師数別の施設の状況という表が含まれています。これによると、「小動物、その他」の診療施設13,046か所のうち、獣医師を1人使用する施設が8,067か所を占めます。全体のおよそ6割です。獣医師2人の施設が2,636か所、3人が825か所と続き、10人以上の施設は359か所にとどまります。
この分布は、動物病院の経営が抱える構造的な脆さを端的に示しています。獣医師が1人の病院では、その方が体調を崩された時点で診療が止まります。休診日以外に休みを取ることも難しく、学会や研修に出る時間の確保も容易ではありません。
同時に、この分布は承継の難しさとも直結します。院長がすなわち唯一の獣医師である病院を引き継ぐということは、後任の獣医師が一人で診療を担うということです。引き継ぐ側にとっては、患者(飼い主)がその院長個人についているのか、病院という場所についているのかを見極める必要があります。
逆に言えば、獣医師が複数在籍している病院は、それだけで承継の相手方から見た評価が変わります。統計上の少数派である「複数獣医師体制」を築けているかどうかは、事業としての持続性を測る一つの指標になります。
飼育頭数の動向|犬は下げ止まり、猫は横ばい
需要側の統計としてよく参照されるのが、一般社団法人ペットフード協会の「全国犬猫飼育実態調査」です。2025年調査では、犬の推計飼育頭数は約682万頭、猫は約884.7万頭と公表されています。世帯飼育率は減少傾向が続く一方、1世帯あたりの平均飼育頭数の増加もあって、犬の飼育頭数は下げ止まりの傾向、猫は横ばいで推移しているとされています。
頭数が大きく伸びていないにもかかわらず、動物病院の市場が縮んでいるという実感が乏しいのは、1頭あたりにかける費用が変化しているためと考えられます。医療の高度化により、以前であれば選択肢がなかった検査や処置が可能になり、飼い主がそれを選ぶようになっているという構造です。ただし、この点について公表された確かな統計は限られるため、断定は避けます。
確実に言えるのは、頭数の大幅な増加は見込みにくいということです。したがって、これからの動物病院経営は、新規の飼い主を増やすことよりも、既に来院している飼い主との関係を深めることに軸足が移ると考えるのが自然です。予防医療の提案、シニア期の継続的な管理、飼い主とのコミュニケーション——こうした要素の比重が高まります。
経営環境の変化|高度化・人材確保・設備投資
動物病院の経営環境で、いま最も大きな論点は獣医師の確保です。前述のとおり小動物診療施設の約6割が獣医師1人体制であり、勤務獣医師の採用は多くの病院にとって難題です。獣医学部の定員は限られており、卒業者が小動物臨床に進む割合も一定ですから、需給が急に緩む見通しは立てにくい状況です。
設備投資も重い判断になります。農林水産省の同統計には飼育動物診療施設におけるエックス線装置の届出状況も掲載されており、画像診断機器が動物病院の基本設備として広く普及していることが確認できます。さらに超音波診断装置、血液検査機器、内視鏡、CTといった機器へと投資の範囲は広がっており、どこまで自院で対応し、どこから二次診療施設へ紹介するかという線引きが経営方針そのものになっています。
看護スタッフの体制も変化しています。愛玩動物看護師が国家資格となったことで、資格者の配置と業務分担のあり方が病院ごとに見直される局面にあります。人件費と教育コストは上昇方向にあり、診療単価の設定と併せて考える必要があります。
事業承継の観点で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年の調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。動物病院の場合、承継先は獣医師に限られるうえ、前述のとおり多くが1人体制であるため、院内で後継者を育てるという道筋も描きにくいのが実情です。
承継を検討される際に整理しておきたい点は、次のとおりです。
- カルテ数(登録頭数)と、直近1年に来院した実患者数の推移
- 診療収入の内訳(予防・一般診療・手術・入院・トリミング等)
- 獣医師・愛玩動物看護師・受付の人数と勤続年数、承継後の在籍見込み
- 診療機器の導入時期、リース残高、更新の要否
- 建物の所有形態と賃貸借契約、駐車場の確保状況
- 診療圏の状況(半径何キロに競合施設がいくつあるか)
とりわけ「登録頭数」と「直近1年の来院実績」の差は、引き継ぐ側が必ず見る数字です。開設から長い病院ほど登録頭数は積み上がりますが、実際に通い続けている飼い主がどれだけいるかは別の話だからです。
また、動物病院は院長個人への信頼で成り立っている面が大きく、承継の情報が漏れることが飼い主やスタッフの動揺につながりかねません。開示のタイミングは慎重に設計する必要があります。詳しくは動物病院のM&A・事業承継の記事および会社売却を従業員にいつ・どう伝えるかをご覧ください。
まとめ|一人で回している状態が続いているなら
動物病院業界の現在地を統計で確認すると、小動物を診る診療施設は13,046か所、そのうち約6割が獣医師1人体制です。犬猫を診る獣医師は16,717人で、その半数は勤務獣医師です。飼育頭数は大きく伸びる局面ではなく、経営は既存の飼い主との関係の深さで決まりつつあります。
院長ご自身が一人で診療を回している状態が長く続いているのであれば、それは承継を考え始める合図と受け止めていただければと思います。診療を続けられているうちであれば、カルテも、スタッフも、地域での評判も、そのまま引き継ぐ価値として説明できます。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、動物病院を含む中小企業の事業承継・譲渡をご支援しています。守秘義務を徹底のうえ、初期の整理からご一緒します。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。