保育業界を語るときの前提は、この数年で完全に入れ替わりました。長らく政策の中心にあった待機児童の解消は、統計上ほぼ達成された一方で、いまや多くの園が定員充足率の低下に直面しています。本稿では、こども家庭庁と厚生労働省が公表している数値をもとに保育業界の現在地を確認し、事業承継の観点で何が論点になるのかを整理します。
待機児童から定員割れへ|統計が示す局面転換
こども家庭庁「保育所等関連状況取りまとめ(令和7年4月1日)」によると、令和7年4月1日時点の保育所等数は39,975か所で、前年比170か所(0.4%)の増加です。一方、保育所等の利用定員は3,029,282人で前年比15,396人(0.5%)の減少、保育所等を利用する児童の数は2,678,417人で前年比26,641人(1.0%)の減少となりました。
待機児童数は2,254人で、前年比313人の減少です。待機児童のいる市区町村は前年から6減少して211市区町村となり、待機児童が100人以上の市区町村は1市のみとなりました。
そして、経営に直結する数字が定員充足率です。同取りまとめによれば、令和7年4月1日時点の定員充足率(利用児童数÷保育所等利用定員)は88.4%で、前年比0.4ポイントの減少でした。定員のおよそ1割強が埋まっていないという状態が、全国平均として生じています。
施設数は増え、定員は減り、利用児童数はそれ以上に減る——この三つが同時に進んでいることが、現在の保育業界の構造です。定員を減らしても、児童数の減少に追いつかない。それが充足率の低下として表れています。
もちろん、これは全国平均の話です。都市部の一部には依然として待機児童が生じている地域があり、地域によって状況は大きく異なります。自園の置かれた状況は、市区町村単位の数字で確認する必要があります。
出生数の減少という前提条件
定員充足率が下がっている最大の要因は、出生数の減少です。厚生労働省「令和6(2024)年人口動態統計(確定数)」によると、令和6年の出生数は686,173人で過去最少となり、9年連続の減少です。前年からは41,115人の減少でした。合計特殊出生率は1.15で、こちらも過去最低(9年連続の低下)となっています。
出生数の減少は、数年後の保育需要にそのまま反映されます。0歳児として生まれた人数は、翌年には1歳児の、その翌年には2歳児の潜在需要になります。つまり、いま公表されている出生数の統計は、数年先の入園児数の見通しをかなりの精度で示しているということです。
この構造のもとでは、園の努力によって全体のパイを増やすことはできません。できるのは、限られた需要のなかで選ばれる園であり続けることと、定員や運営形態を需要に合わせて調整することです。
同時に、地域差はますます大きくなります。都市部の一部や、住宅開発が進む地域では需要が維持される一方、人口減少が先行する地域では複数園の統合や閉園が現実的な選択肢になります。地域の人口動態を数字で把握しておくことが、経営判断の出発点です。
経営環境の変化|人材確保と処遇、公定価格
定員が埋まらないという需要側の課題と同時に、供給側では人材の確保という課題が続いています。厚生労働省「一般職業紹介状況」の令和8年7月分によると、全職業計の有効求人倍率(季節調整値)は1.18倍、正社員有効求人倍率は1.00倍でした。労働市場全体が緩んでいない状況で、保育士の採用競争も続いています。
保育所の収入は、その多くが公定価格に基づく給付です。したがって、人件費や光熱水費、給食材料費が上昇しても、事業者の判断で価格に転嫁することはできません。処遇改善等加算をはじめとする制度上の措置が、賃上げの原資として機能するかどうかが経営を左右します。
職員配置の基準についても見直しが進められてきました。配置基準の改善は保育の質の向上につながる一方、必要な職員数が増えるという意味では、採用難のなかで確保のハードルが上がることも意味します。
定員充足率が下がるということは、給付収入が減るということです。しかし、職員配置は基準に従って維持しなければならず、建物の賃料や減価償却費も変わりません。この固定費の重さが、充足率低下の局面で経営を圧迫します。
公定価格・加算・職員配置基準の詳細と適用は、内閣府令・こども家庭庁の通知および市区町村の運用によります。個別の取扱いは所管の自治体および専門家にご確認ください。
事業承継の観点で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年の調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。保育の分野では、社会福祉法人・学校法人・株式会社・NPO法人など運営主体が多様であり、主体ごとに承継の方法が大きく異なるという特徴があります。
社会福祉法人や学校法人には持分という概念がなく、株式の譲渡によって経営権を移すという方法はとれません。理事・評議員の交代を通じて運営主体を実質的に引き継ぐという形が中心になります。一方、株式会社が運営する認可保育所や認可外保育施設であれば、株式譲渡による承継が可能です。
認可の取り扱いも重要です。認可保育所の設置認可は運営主体に対して与えられるものであり、運営主体が変わる場合には自治体との事前の協議が欠かせません。定員の変更や統廃合を伴う場合はなおさらです。
この点は保育園・認定こども園のM&Aの記事で詳しく整理していますので、あわせてご覧ください。
M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと
運営主体の形態にかかわらず、引き継ぐ側が確認するのは次のような点です。
- 認可の種別(認可保育所・認定こども園・小規模保育事業・認可外など)と定員
- 過去3年程度の在籍児童数の推移と、年齢別の内訳
- 市区町村単位の就学前児童数の推移と、周辺の園の設置状況
- 保育士・調理員・看護師などの人数、資格保有状況、勤続年数
- 職員配置基準の充足状況と、算定している加算
- 建物の所有形態、賃貸借契約の残存期間、耐震・設備の状況
- 指導監査の履歴と、指摘事項への対応状況
とりわけ、市区町村単位の就学前児童数の見通しは、引き継ぐ側が最も慎重に見る情報です。全国平均の定員充足率が88.4%であっても、地域によっては70%台という園もあれば、100%に近い園もあります。自園の地域がどちらなのかを客観的な数字で示せることが、交渉の前提になります。
また、保育は保護者との信頼関係で成り立つ事業です。運営主体が変わるという情報が不用意に広がれば、保護者の不安や職員の離職につながりかねません。開示の順序と範囲は、自治体との協議のタイミングも含めて慎重に設計する必要があります。従業員への伝え方については会社売却を従業員にいつ・どう伝えるかで解説しています。
まとめ|園児が通っているうちに考える
保育業界の現在地を統計で確認すると、待機児童数は2,254人まで減少し、定員充足率は88.4%へと低下しました。出生数は686,173人で過去最少です。待機児童の解消を目指した拡大の局面は終わり、需要の縮小に合わせて体制を調整する局面に入っています。
この局面では、単独で運営を続けるより、複数園を運営する法人と組んだほうが、職員の配置転換や採用、間接部門の効率という面で選択肢が広がる場合があります。実際、地域の中で園を託し合うという判断は、静かに増えていると考えられます。
園児が通い、職員が定着しているうちであれば、引き継ぐ価値は明確です。反対に、定員割れが進み、職員の退職が続いてからでは、相手を見つけることが難しくなります。当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、保育事業を含む中小規模の事業承継をご支援しています。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。