学習塾業界は、対象となる子どもの数が確実に減っていくという厳しい前提のもとで、一人当たりの支出をどう深めるかという競争に移っています。本稿では、文部科学省と厚生労働省が公表している統計をもとに、この二つの動きを数字で確認し、事業承継の観点でどこが論点になるのかを整理します。
母数の縮小|出生数686,173人という前提
学習塾の需要を規定するのは、子どもの数です。厚生労働省「令和6(2024)年人口動態統計(確定数)」によると、令和6年の出生数は686,173人で過去最少となり、9年連続の減少です。前年からは41,115人減少しました。合計特殊出生率は1.15で、こちらも過去最低(9年連続の低下)です。
出生数の統計は、将来の需要をかなりの精度で示します。令和6年に生まれた686,173人が小学校高学年になるのは2030年代半ば、中学生になるのはその数年後です。つまり、いま公表されている数字は、10年後の受験生の母数をほぼ確定させているということになります。
この前提のもとでは、地域内でのシェア争いは必然的に激しくなります。生徒数を維持するには、他の塾から選ばれるか、これまで塾に通っていなかった層を掘り起こすかのいずれかしかありません。
同時に、地域差の広がりにも注意が必要です。人口減少が先行している地域では、教室を維持すること自体が難しくなる一方、住宅開発が続く地域や中学受験の需要が厚い地域では、なお成長の余地があります。自教室の商圏の年少人口を数字で把握しておくことが、経営判断の出発点です。
一人当たりの支出|公立中学校で年27.2万円
母数が減る一方で、一人当たりの教育支出は増えています。文部科学省「令和5年度子供の学習費調査」(令和8年1月16日公表の訂正版)によると、保護者が支出した1年間・子供一人当たりの学習費総額は、公立中学校で542,450円、公立小学校で366,599円、公立高等学校(全日制)で596,954円でした。私立中学校は1,560,359円です。
このうち学校外活動費は、公立中学校で356,018円(学習費総額の65.6%)、公立小学校で256,489円(同70.0%)を占めます。中学生・小学生の教育費の多くは、学校の外で使われているということです。
さらに内訳をみると、学校外活動費のうち「補助学習費」(自宅学習や学習塾・家庭教師などのための費用)は、公立中学校で27.2万円、私立中学校で23.7万円でした。注目すべきは、公立中学校のほうが私立中学校より補助学習費が多いという点です。同調査も「その額は、公立中学校の方が私立中学校より多い」と明記しています。
この数字は、学習塾業界にとって重要な含意を持ちます。公立中学校に通う生徒とその保護者こそが、学習塾の最大の顧客層であるということです。私立中学校は学校内で受験対策まで完結する部分が大きい一方、公立中学校の生徒は高校受験に向けて塾を利用する構造が定着しています。
業態の変化|集団指導から個別指導へ
学習塾の業態は、集団指導、個別指導、映像授業、オンライン指導、そしてこれらの組合せへと多様化してきました。近年、教室数の増加が目立つのは個別指導型です。
この変化には、経済的な合理性があります。生徒数の母数が減るなかで集団指導のクラスを成立させるには一定の人数が必要ですが、個別指導であれば少人数でも教室を運営できます。また、一人当たりの月謝は個別指導のほうが高く設定されるのが一般的で、生徒数が減っても売上を維持しやすい構造になります。
一方で、個別指導は人件費の比率が高くなります。生徒1〜3名に対して講師1名という体制では、講師の確保がそのまま受入可能な生徒数の上限を決めます。売上を伸ばそうとすれば、講師を増やさなければならないという構造です。
映像授業やオンライン指導は、この制約を緩める方向に働きます。ただし、通塾の習慣そのものが「決まった時間に決まった場所へ行く」という管理の仕組みでもあるため、完全にオンラインへ置き換わるという流れにはなっていません。対面とオンラインをどう組み合わせるかが、各社の設計の差になっています。
経営環境の変化|講師の確保とオンライン
学習塾の経営で最も大きな制約は、講師の確保です。個別指導では学生アルバイトが講師の中心を占めることが多く、大学生の人数そのものと、時給水準の競争にさらされます。厚生労働省「一般職業紹介状況」の令和8年7月分によると、全職業計の有効求人倍率(季節調整値)は1.18倍で、労働市場は緩んでいません。
教室運営を担う正社員の確保も課題です。教室長は、指導だけでなく、保護者対応、講師のシフト管理、入退塾の手続、地域での集客までを担います。この役割を担える人材が育っているかどうかが、多教室展開の可否を決めます。
また、学校教育の側の変化も無視できません。文部科学省によれば、平成31年4月に学校教育法等の一部を改正する法律が施行されて紙の教科書と併用する形でデジタル教科書の使用が可能となり、2024年度からは全国すべての小中学校等を対象に学習者用デジタル教科書が段階的に導入されています。学校で使われる教材と学習環境が変われば、塾に求められる役割も変わります。
この点については教材・出版業界の動向でも整理していますので、あわせてご覧ください。
事業承継の観点で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年の調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。学習塾は、地域に根ざした個人経営・小規模法人が多く、創業者の指導方針と人柄が生徒・保護者を引きつけてきた例が少なくありません。それだけに、承継の相手を身近に見つけることが難しい業種でもあります。
承継を検討される際に整理しておきたいのは、次のような点です。
- 教室ごとの在籍生徒数の推移と、学年別・コース別の内訳
- 入塾・退塾の月次の動きと、年間の継続率
- 月謝・季節講習費の水準と、直近の改定実績
- 講師の人数、雇用形態(正社員・アルバイト)、勤続期間
- 教室長を務められる人材の有無
- 商圏の年少人口の推移と、周辺の競合状況
- 教室の賃貸借契約の残存期間と、原状回復の条件
- 教材・システムの調達先と契約内容、フランチャイズ契約の有無
とりわけフランチャイズ加盟の有無は、承継の進め方を大きく左右します。加盟契約には、経営権の異動について本部の承諾を要する条項が置かれていることが一般的だからです。契約書の確認は、検討の初期段階で行うべき作業です。
また、季節ごとに生徒数が大きく動く事業であるため、譲渡の実行時期をどこに置くかも論点になります。詳しくは学習塾・教育事業のM&Aの記事をご覧ください。
まとめ|生徒が通っているうちに
学習塾業界の現在地を統計で確認すると、出生数は686,173人で過去最少という厳しい前提がある一方、公立中学校の補助学習費は年27.2万円と、一人当たりの支出は厚みを保っています。母数は減るが、一人当たりの単価は維持されている——この構造のなかで、個別指導への業態シフトが進んできました。
この局面では、教室単位・法人単位の再編が進みやすくなります。複数教室を運営する事業者にとって、既存の生徒基盤と立地を引き継ぐことは、新規開校よりも確実性の高い選択肢になりうるからです。
生徒が通い、講師が在籍しているうちであれば、事業の価値は明確に伝わります。反対に、生徒数が細り、講師の補充ができなくなってからでは、選択肢は限られます。当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、学習塾を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。