介護事業は、報酬の水準と算定要件が制度で定まる事業です。したがって、業界の動向を語るうえで最も確かな材料は、厚生労働省が公表する事業所数の統計と、報酬改定の告示内容ということになります。本稿では、令和6年の事業所調査と、2026年6月に施行された令和8年度介護報酬改定の中身を確認したうえで、事業承継の観点で何が論点になるのかを整理します。
事業所数でみる現在地|伸びている分野と止まっている分野
厚生労働省「令和6(2024)年介護サービス施設・事業所調査」(令和7年12月19日公表)によると、令和6年10月1日現在の状況は次のとおりです。介護保険施設では、介護老人福祉施設が8,621施設(前年比73施設・0.9%の増加)、介護老人保健施設が4,214施設(同36施設・0.8%の減少)、介護医療院が917施設(同126施設・15.9%の増加)となりました。
居宅サービス事業所では、訪問介護が37,264事業所(同359事業所・1.0%の増加)、訪問看護ステーションが18,042事業所(同1,619事業所・9.9%の増加)、通所介護が24,585事業所(同8事業所・0.0%の増加)です。地域密着型サービス事業所では、地域密着型通所介護が18,921事業所(同235事業所・1.2%の減少)、認知症対応型共同生活介護が14,341事業所(同79事業所・0.6%の増加)となっています。
この数字の並びから読み取れることは明確です。訪問看護ステーションが1年で9.9%も増えている一方、通所介護はほぼ横ばい、地域密着型通所介護は減少しています。医療的なニーズに応える分野が伸び、通所系の一部は頭打ちという構図です。
従事者数についても、同調査は介護老人福祉施設の介護職員が299,123人、介護老人保健施設が124,137人、訪問介護の訪問介護員が520,612人、通所介護の介護職員が221,372人と公表しています。事業所数と併せてみると、訪問介護は1事業所あたり14人前後という小規模な事業体が全国に散在している構造がわかります。
令和8年度介護報酬改定|異例の期中改定とプラス2.03%
介護報酬は原則として3年ごとに改定されます。ところが今回は、令和9年度の通常改定を待たずに、令和8年度に期中改定が実施されました。厚生労働省老健局が社会保障審議会介護給付費分科会(第253回・令和8年1月16日)に提出した資料によれば、その根拠は「『強い経済』を実現する総合経済対策」(令和7年11月21日閣議決定)において、介護分野の職員の処遇改善について令和8年度介護報酬改定で必要な対応を行うとされたことにあります。
改定率はプラス2.03%です。内訳は処遇改善分がプラス1.95%、基準費用額(食費)の引上げ分がプラス0.09%で、国費ベースでは518億円(令和8年度予算額)が投じられます。厚生労働大臣記者会見(令和7年12月24日)でも、この改定率と、介護職員について月最大1.9万円程度の賃上げを実現する措置であることが説明されました。
処遇改善に関する改定は令和8年6月に施行され、基準費用額(食費)の見直しは令和8年8月に施行されています。
報酬が3年周期の途中で動くというのは、事業者にとって決して軽い話ではありません。算定の見直し、就業規則や賃金規程の改定、実績報告の準備といった実務が、通常のサイクルとは別に発生するからです。
処遇改善加算の拡充が意味すること
今回の期中改定の中心は、介護職員等処遇改善加算の拡充です。厚生労働省資料によると、講じられた措置は次の4点です。
- 処遇改善加算の対象を、介護職員のみから介護従事者へ拡大する(加算率の引上げ)
- 生産性向上や協働化に取り組む事業者に対する上乗せの加算区分を設ける
- これまで対象外だった訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅介護支援等に処遇改善加算を新設する
- ベースアップなどによる更なる賃上げや生産性向上等の取組を後押しするために必要な措置を講じる
とくに三点目は構造的な変更です。訪問看護ステーションや居宅介護支援事業所は、これまで処遇改善加算の対象外でした。前節でみたとおり訪問看護ステーションは1年で9.9%増加しており、そこに新たに処遇改善加算が設けられたことは、この分野の人材確保をさらに後押しする方向に働くと考えられます。
また、「生産性向上や協働化に取り組む事業者」に上乗せの加算区分が設けられた点も見逃せません。厚生労働省資料では、令和8年度の特例要件として、職場環境等要件の生産性向上に関する取組を一定数満たすこと、あるいは社会福祉連携推進法人に所属していることが挙げられています。単独での取組だけでなく、事業者間の連携そのものが評価される仕組みが制度に組み込まれたということです。
加算の区分・要件・加算率はサービス種別によって異なり、届出や実績報告の手続も必要です。個別の適用については必ず所管の指定権者および専門家にご確認ください。
経営環境の変化|人材確保と物価上昇
介護事業の費用構造は、大半が人件費です。したがって、処遇改善のための報酬引上げは、そのまま賃金として配分することが前提になります。制度が求める賃上げ水準に対応できるかどうかが、事業継続の分水嶺になりつつあります。
人材の確保という点では、厚生労働省「一般職業紹介状況」の令和8年7月分において、全職業計の有効求人倍率(季節調整値)は1.18倍、正社員有効求人倍率は1.00倍でした。労働市場全体が緩んでいるとは言えない状況のなかで、介護分野の採用競争は続いています。
物価の上昇も、給食費・光熱水費・送迎車両の燃料費といった形で直接に効いてきます。令和8年度改定で基準費用額(食費)が引き上げられたのは、この点への対応です。
こうした環境では、規模の大きい事業者ほど、加算の取得体制や採用チャネル、間接部門の効率化といった面で有利になります。数事業所を運営する事業者が、単独では対応しきれなくなった事業所を引き継ぐという動きは、業界の構造として自然に生じるものです。
事業承継の観点で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年の調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。介護事業では、制度改定への対応負担が承継を後押しする独自の要因になっています。3年ごと、場合によっては今回のように期中にも改定が入る制度を追い続けることは、小規模事業者にとって年々重くなっています。
承継を検討される際に整理しておきたいのは、次のような点です。
- 指定を受けているサービス種別と、指定の有効期間・更新時期
- 算定している加算の一覧と、要件の充足状況(処遇改善加算の区分を含む)
- 常勤換算での人員配置と、人員基準の充足状況
- 管理者・サービス提供責任者・介護支援専門員など有資格者の在籍状況
- 利用者数と稼働率の推移、ケアマネジャーからの紹介経路
- 実地指導・監査の履歴と、指摘事項への対応状況
- 建物の所有形態と賃貸借契約、送迎車両の保有状況
指定の取り扱いはスキームによって変わります。一般に、株式譲渡では法人が受けている指定はそのまま維持されますが、事業譲渡では譲受法人が新たに指定を受ける必要があるのが通常です。この違いは許認可事業のM&Aの記事で整理しています。
業界再編の背景と実務上の進め方については介護事業のM&Aの記事もあわせてご覧ください。また、介護事業では利用者やご家族、ケアマネジャーとの信頼関係が事業の基盤です。承継の情報が不用意に広がると、その関係が揺らぎかねません。開示の順序と範囲は慎重に設計する必要があります。
まとめ|制度改定を追いきれなくなる前に
介護業界の現在地を統計で確認すると、訪問看護ステーションが18,042事業所へと9.9%増加する一方、地域密着型通所介護は減少しています。制度面では、令和9年度の通常改定を待たずに令和8年度の期中改定(プラス2.03%)が実施され、処遇改善加算の対象が介護従事者へ拡大されました。
変化の速度が上がっている分野では、対応できる事業者とそうでない事業者の差が開きます。利用者がいて、職員が定着し、加算を算定できている状態であれば、事業を引き継ぐ価値は明確です。反対に、人員基準の充足が危うくなり、稼働率が下がってからでは、選択肢は限られます。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、介護事業を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。指定や加算の確認を含む初期の整理から、守秘義務を徹底のうえ対応いたします。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。