障害福祉サービスは、この20年で市場が急速に拡大してきた分野です。同時に、拡大の反動として、報酬の適正化や指定基準の厳格化といった動きも始まっています。本稿では、厚生労働省とこども家庭庁が公表している費用の統計と、2026年に施行された令和8年度報酬改定の中身を確認したうえで、事業承継の観点でどこが論点になるのかを整理します。
総費用額の推移|19年間で予算は約4倍に
厚生労働省・こども家庭庁が社会保障審議会障害者部会(第151回・令和7年10月)およびこども家庭審議会障害児支援部会に提出した資料「障害福祉サービス等の費用の状況について」によると、障害福祉サービス関係予算額は19年間で約4倍に増加しています。令和7年度の予算額は22,607億円で、前年度比プラス5.6%です。
総費用額でみると、令和6年度は障害者向けが3.3兆円、障害児向けが0.9兆円で、令和5年度から令和6年度にかけて12.1%という急伸を示しました。国と地方の負担額を合わせた給付費全体では4兆円を超えています(出典はいずれも同資料。もとになったデータは国保連データ)。
利用者数も伸び続けています。1か月平均でみた平均利用者数は、令和2年度の障害者91万人・障害児37万人から、令和6年度には障害者107万人・障害児56万人へと増加しました。とくに障害児の伸びが大きく、5年間で1.5倍を超えています。
一人当たり費用額(月額平均)も、令和2年度の19.3万円から令和6年度の21.3万円へと上昇しています。利用者数の増加と単価の上昇が同時に起きたことが、令和6年度の12.1%という伸び率の背景です。
拡大している市場であることは確かです。ただし、公費で賄われる制度である以上、伸びが続けば必ず適正化の議論が生じます。実際、次節以降でみるとおり、その動きはすでに具体化しています。
令和8年度障害福祉サービス等報酬改定|プラス1.84%の中身
障害福祉サービス等報酬は、通常は3年ごとに改定されます。しかし令和8年度は、介護報酬と同様に期中の改定が行われました。改定率はプラス1.84%です(厚生労働大臣記者会見・令和7年12月24日)。
厚生労働省の障害福祉サービス等報酬改定検討チームが令和8年2月18日に示した資料によると、今回の中心は福祉・介護職員等処遇改善加算の拡充です。具体的には、次の措置が令和8年6月施行の告示改正として講じられました。
- 処遇改善加算の対象を、福祉・介護職員のみから障害福祉従事者へ拡大する(加算率の引上げ)
- 生産性向上や協働化に取り組む事業者に対する上乗せの加算区分を設ける
- これまで対象外だった計画相談支援、障害児相談支援および地域相談支援に処遇改善加算を新設する
- ベースアップなどによる更なる賃上げや生産性向上等の取組を後押しするために必要な措置を講じる
同資料では、障害福祉従事者を対象に幅広く月1.0万円(3.3%)の賃上げを実現する措置を実施するとともに、生産性向上や協働化に取り組む事業者の福祉・介護職員を対象に月0.3万円(1.0%)の上乗せ措置を実施するとされています。合計で、福祉・介護職員について定期昇給分を含め最大月1.9万円(6.3%)の賃上げが実現する措置という説明です。
相談支援に処遇改善加算が新設された点は、構造的な変更といえます。これまで加算の対象外であったことが相談支援専門員の確保を難しくしていたとすれば、その制約が一部緩む方向の変化です。
加算の区分・要件・加算率はサービス種別によって異なり、届出と実績報告の手続が必要です。個別の適用については必ず所管の指定権者および専門家にご確認ください。
就労系サービスの見直し|適正化が始まっている
令和8年度改定には、処遇改善とは方向の異なる見直しも含まれています。厚生労働省の同資料は「令和8年度における臨時応急的な見直し」として、就労系サービスの適正化を挙げています。
ひとつは就労移行支援体制加算の見直しです(令和8年4月施行)。同資料は、同一の利用者について就労継続支援A型事業所と一般企業の間で複数回の離転職を繰り返し、その都度加算を取得するという、本来の制度趣旨と異なる形で算定する事業者の報道があったことを背景に挙げ、一事業所で算定可能となる年間の就職者数に定員数までという上限を設定するなどの適正化を行うとしています。
もうひとつは就労継続支援B型の基本報酬区分の基準の見直しです(令和8年6月施行)。令和6年度報酬改定で平均工賃月額の算定方式が見直された結果、平均工賃月額が約6千円上昇し、想定以上に高い報酬区分の事業所の割合が増加したことへの対応として、基本報酬区分の基準額をそれぞれ3千円引き上げるという内容です。引上げ幅を上昇幅の2分の1にとどめること、令和6年度改定前後で区分が上がっていない事業所は適用対象外とすること、区分が下がる事業所について基本報酬の減少額が3%程度に収まるよう中間的な区分を新設することなど、配慮措置も併せて示されています。
つまり、賃上げのための報酬引上げと、算定実態に対する適正化が同時に進んでいるということです。制度に忠実に運営してきた事業者にとっては影響が限定的である一方、加算の取り方が実態と離れていた事業者には、収入の見直しが生じうる局面です。
経営環境の変化|人材確保と指定基準への対応
障害福祉サービスの費用構造は、介護と同様に人件費が中心です。処遇改善加算の拡充は原資の増加をもたらしますが、それを賃金として配分し、記録し、実績報告するという事務作業も同時に増えます。小規模な法人ほど、この事務負担の相対的な重さが問題になります。
人材確保の環境も厳しさが続いています。厚生労働省「一般職業紹介状況」の令和8年7月分によると、全職業計の有効求人倍率(季節調整値)は1.18倍、正社員有効求人倍率は1.00倍でした。労働市場が緩んでいない状況で、サービス管理責任者・児童発達支援管理責任者・相談支援専門員といった配置が必須の有資格者を確保し続けることは、多くの事業者にとって最大の課題です。
指定基準への対応も重い論点です。人員基準・設備基準・運営基準のいずれかを満たせなくなれば、報酬の返還や指定の取消といった重大な事態につながりかねません。実地指導で指摘を受けた履歴や、その是正状況は、事業を引き継ぐ側が必ず確認する事項です。
同じ構造は介護分野にも共通しており、介護業界の動向とあわせてお読みいただくと全体像がつかみやすくなります。こうした環境のもとでは、複数の事業所を運営する法人のほうが、加算の取得体制・採用チャネル・間接部門の効率という面で有利になります。単独の事業所で運営してこられた法人が、より大きな法人に事業を託すという流れは、この構造から生じています。
事業承継の観点で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年の調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。障害福祉の分野では、創業者の理念で立ち上げられた事業所が多く、その理念を引き継げる後継者を身近に見つけることが難しいという事情も重なります。
承継を検討される際に整理しておきたいのは、次のような点です。
- 指定を受けているサービス種別、指定の有効期間と更新時期
- 算定している加算の一覧と要件の充足状況(処遇改善加算の区分を含む)
- サービス管理責任者・児童発達支援管理責任者・相談支援専門員などの在籍状況
- 定員に対する利用者数(稼働率)の推移と、相談支援事業所からの紹介経路
- 実地指導・監査の履歴と、指摘事項への対応状況
- 建物の所有形態と賃貸借契約、送迎車両の保有状況
- 就労系サービスの場合、生産活動の内容・受注先・工賃の水準
とりわけ有資格者の在籍状況は最初に確認される事項です。管理者やサービス管理責任者を経営者ご本人が兼務されている場合、その方が退かれた後の体制をどう組むかが交渉の中心論点になります。
指定の取り扱いはスキームによって変わります。一般に、株式譲渡や社会福祉法人・NPO法人の役員交代では法人が受けている指定が維持され、事業譲渡では譲受法人が新たに指定を受けることが前提となるのが通常です。詳しくは許認可事業のM&Aの記事をご覧ください。
まとめ|制度の転換点で立ち止まって考える
障害福祉サービス業界の現在地を統計で確認すると、令和6年度の総費用額は前年度比12.1%増と急伸し、予算額は19年間で約4倍になりました。一方で、令和8年度報酬改定はプラス1.84%の処遇改善を進めながら、就労系サービスの算定の適正化も同時に打ち出しています。拡大一辺倒の局面は、すでに終わりつつあります。
利用者がいて、有資格者が在籍し、指定を安定して維持できている状態であれば、事業を引き継ぐ価値は明確です。反対に、人員基準の充足が危うくなり、稼働率が落ちてからでは、選択肢は限られます。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、障害福祉サービス事業を含む中小規模の事業承継をご支援しています。指定や加算の確認を含む初期の整理から、守秘義務を徹底のうえ対応いたします。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。