建築設計事務所は、建物という長く残るものの設計を担う一方、経営としては少人数で回している事務所が大半です。この業界がいま置かれている状況を、国土交通省が公表している資料から整理します。
数字で見る建築設計事務所業界の現在地
国土交通省「建築分野の担い手の動向について」(建築分野の中長期的なあり方に関する懇談会 資料)によると、令和5年時点で一級建築士事務所は70,725事務所、二級建築士事務所は24,054事務所、木造建築士事務所は171事務所です。同資料は、近年、建築士事務所は減少傾向にあると指摘しており、事務所数の合計は91,291から84,798へと推移しています。
建築士の登録数については、同資料が一級建築士の登録数は381,303人(令和6年4月1日時点)としています。また、建築士名簿・建築士事務所登録簿(令和7年4月1日時点)に基づく所属建築士の数は、一級建築士134,789、二級建築士81,365です(複数の事務所に所属する建築士は重複して集計されており、一級建築士では38,163人分が重複しているとされています)。
所属建築士の分布は大都市に偏っており、特に一級建築士については三大都市圏における人数が顕著に多いと同資料は述べています。人口1,000人あたりで見ても、大都市と地方の差が大きいことが示されています。
60歳以上が約44%|一級建築士の年齢構成
この業界で最も重い数字が、建築士の年齢構成です。同じ国土交通省の資料によると、平成20年以降、一級建築士(所属建築士)の高齢化が進んでおり、令和6年時点で60歳以上の割合が約44%に達しています。平成20年時点(推計値)では60歳以上は約12%でしたので、15年間で約3.6倍になった計算です。
令和6年4月1日時点の年齢構成では、50代が35,491人(26.4%)、60代が33,054人(24.6%)、70代以上が25,538人(19.0%)と、50代以上で7割を占めます。一方、平成20年時点の推計では50代が35%、60代が11%、70代以上が1%で、40代・50代が中心でした。
この推移が意味するのは単純です。設計を担う世代が、そのまま歳を重ねてきたということです。新しく資格を取得して事務所を担う人材が、退出する人数に追いついていない構造が続けば、設計を担える事務所そのものが減っていきます。事務所数が減少傾向にあるという先の数字とも、整合する話です。
2025年4月の制度改正|省エネ基準と4号特例
設計実務に直接影響する大きな制度改正が、令和7年(2025年)4月1日に施行されました。根拠となる法律の正式名称は「脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律」(令和4年法律第69号)です。
改正の柱は二つあります。
- 省エネ基準適合の義務化——原則としてすべての新築住宅・非住宅において省エネ基準への適合が義務付けられました。従来の届出義務制度と説明義務制度は廃止されます。増改築の場合は、増改築を行った部分が省エネ基準に適合する必要があるとされています。
- いわゆる4号特例の見直し——建築確認・検査および審査省略制度の対象範囲が変わりました。従来の4号建築物は「新2号建築物」と「新3号建築物」に再編され、新2号建築物では構造関係・省エネ関係の図書の提出が新たに必要になります。新3号建築物は従来と同様に一部図書の省略が継続されます。
これらは、施行日(令和7年4月1日)以後に工事に着手するものから適用されるとされています。設計事務所にとっては、提出図書の増加と、省エネ計算という新しい業務が加わることを意味します。小規模な住宅設計を主力としてきた事務所ほど、影響が大きい改正です。
適合義務の対象範囲、経過措置、提出図書の詳細は個別の事情や所管行政庁の運用によって異なります。実務にあたっては必ず所管行政庁および専門家にご確認ください。
経営環境の変化|工期・資材・人件費
設計報酬は、工事費に連動する慣行が根強く残っています。そのため、資材価格や人件費の上昇によって工事費が上がれば、設計報酬にも一定の影響があります。しかし、実際には次のような圧力が同時にかかっています。
- 省エネ計算や構造関係図書の作成といった業務が増える一方、報酬に反映しきれない
- 着工の遅延や計画の見直しが増え、事務所側の稼働が読みにくい
- BIMをはじめとする設計ツールへの投資と、習熟に要する時間
- 若手の採用難と、育成に要する年数の長さ
設計事務所の経営は、案件ごとの投入工数を把握できているかどうかで大きく変わります。制度改正で業務が増えた分を報酬に反映するには、根拠となる工数の記録が要ります。
事務所承継の観点|管理建築士・顧客・案件
帝国データバンクの2025年調査によると、国内企業の後継者不在率は50.1%です。建築士事務所は資格に基づく登録が必要な事業であり、有資格者がいなければ事務所として成立しません。この点が、承継の設計を難しくします。
整理しておきたい論点は次のとおりです。
- 建築士事務所の登録と管理建築士——建築士事務所を営むには都道府県知事の登録が必要とされ、事務所ごとに管理建築士を置くことが求められます。この役割を所長ご本人が担っている場合、譲渡後の体制をどう組むかが最初の論点です。
- スキーム——株式譲渡(法人の場合)であれば法人が存続するため登録は一般に維持されますが、個人事務所や事業譲渡では手続きが異なります。
- 顧客・発注者との関係——工務店・ハウスメーカー・不動産会社・自治体など、どのルートから案件が入ってくるか。所長個人の関係に依存している度合いが評価に影響します。
- 進行中の案件——設計中・監理中の案件の進捗、報酬の受領状況、竣工までのスケジュール。承継のタイミング設計に直結します。
- 設計図書と過去実績——過去の設計図書の保管状況、著作権の扱い、実績を対外的に示せる形になっているか。
- 賠償責任——設計・監理に関する責任保険の加入状況と、過去の紛争の有無。デューデリジェンスで必ず確認されます。
建設業の許可や技術者の確保という観点は「建設業のM&A」、登録・許認可のスキーム別の扱いは「M&Aで許認可はどうなるか」で整理していますので、あわせてご覧ください。
まとめ|資格者と実績が残っているうちに
建築設計の世界は、資格者の高齢化と、制度の高度化という二つの流れのなかにあります。60歳以上が約44%という年齢構成は、これから10年で担い手の構成が大きく入れ替わることを示しています。
設計事務所の価値は、有資格者と、積み上げてきた実績と、発注者との関係にあります。いずれも、事務所を閉じてしまえば失われるものです。管理建築士が在籍し、案件が続いているうちであれば、引き継ぐ相手を探す余地があります。工務店やゼネコン、あるいは同業の設計事務所との組み合わせを検討するにも、実績と体制が残っている段階での相談が有効です。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、建設・建築関連を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。登録や有資格者の確認を含む初期の整理から、守秘義務を徹底のうえ対応いたします。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。