紡績、撚糸、織布、編立、染色整理、縫製——繊維産業は工程ごとに分業し、産地というかたちで集積してきました。その集積が細ってきたことは、多くの経営者様が肌で感じておられるとおりです。本稿では、公表統計から繊維・アパレル製造業の現在地を整理し、事業を次にどうつなぐかを考えます。
繊維工業の現在地|事業所数は減り、出荷額は増えた
総務省・経済産業省「2024年経済構造実態調査(製造業事業所調査)」によると、繊維工業の事業所数は1万3155事業所で製造業全体の5.9%を占めます(2024年6月1日現在)。従業者数は22万6969人、製造品出荷額等は3兆9750億円(2023年)、付加価値額は1兆5465億円でした。
変化の方向は対照的です。事業所数は前年比0.8%減、従業者数は前年比0.7%減と減少している一方で、製造品出荷額等は前年比6.8%増、付加価値額は前年比7.3%増と、金額ベースでは伸びています。
この組み合わせが意味するところは重要です。事業者の数は減り続けているが、残っている会社の1社あたりの売上と付加価値は上がっている。つまり、価格の引き上げが一定程度進んだか、付加価値の高い分野に絞り込んだ会社が生き残っている、という姿が読み取れます。
国内生産が縮んできた構造
繊維産業の国内生産が縮小してきた背景については、経済産業省が「繊維産業の現状と政策について」などの資料で継続的に整理しています。国内で販売される衣料品の大部分が海外で生産された輸入品となっている状態が長く続いており、国内の縫製・編立の工程は大きく縮小しました。
この構造のもとで、国内に残った会社の役割は変わってきました。大量生産を担う場ではなく、短納期・小ロット・高品質、あるいは試作・サンプル対応、特殊素材の加工といった領域に軸足が移っています。
また、産地の集積が薄くなることで、別の問題も生じています。染色整理や特殊加工など、一社が抜けると地域全体で工程がつながらなくなる分野があるのです。「自社が廃業すると、取引先が困る」という状況は、この業界では珍しくありません。これは経営者様にとって重い事実であると同時に、事業の価値を示す材料でもあります。
経営環境|価格転嫁が最も進みにくい分野のひとつ
コストの転嫁については、中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査結果」(2025年11月28日公表)が、コスト全般の価格転嫁率を53.5%(原材料費55.0%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%)としています。同調査では業種別の転嫁率も公表されており、繊維は下位に位置する業種のひとつです。
染色整理のように熱と水を大量に使う工程では、エネルギーコストの上昇が直接効いてきます。それを価格に反映できないと、稼働すればするほど利益が細るという状態になります。
2026年1月1日から施行された「中小受託取引適正化法」(旧下請法)では、協議に応じない一方的な代金決定が禁止されました(公正取引委員会・中小企業庁)。受託加工が中心の繊維業にとって、交渉の根拠が制度として整理された意味は小さくありません。ただし、実際に交渉を動かすのは、工程別のコストを説明できる資料です。
技術と設備|残っている会社が持っているもの
国内に残っている繊維関連の会社は、多くの場合、他ではつくれないものを持っています。特定の素材を扱える設備、細番手や特殊な組織に対応できる技術、色の再現性、短納期での試作対応——これらは統計には表れませんが、確かな資産です。
問題は、その資産が特定の設備と特定の人に紐づいていることです。織機や染色機は更新に時間と資金がかかり、部品の供給が終わっている機械も少なくありません。また、条件出しや色合わせを担ってきた方が退くと、同じものがつくれなくなります。
承継を考えるなら、この二つを可視化しておくことが出発点になります。
- 設備ごとの製造年、対応できる仕様の範囲、部品供給の見通し
- 誰が何を判断しているか(条件出し、色合わせ、検反の基準)
- 過去のトラブルとその対処の記録
- 取引先ごとの要求水準と、暗黙の了解になっている事項
事業承継の観点|産地の維持と、技術の行き先
帝国データバンクの2025年調査によれば、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。繊維業では、後継者がいないことに加え、「この設備と技術を、誰に渡せばよいのか」という問いが重くのしかかります。
廃業を選んだ場合、設備は多くの場合スクラップとなり、技術はそこで途切れます。産地に残る同業者にとっても、工程が一つ欠ける影響は小さくありません。一方、M&Aによって同業や川上・川下の企業に引き継ぐことができれば、設備と人はそのまま次の受注に使われます。
実際にご相談いただく背景としては、次のようなものがあります。
- 受注はあるが、設備更新の資金と、その回収期間を見通せない
- 取引先から品質管理体制やトレーサビリティの整備を求められ、単独では対応が難しい
- 技術を持つ従業員の雇用を守りたい
- 個人保証と借入を、次の代に残したくない
選択肢の比較は「後継者不在の解決策としてのM&A」で整理しています。
M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと
買い手が確認する主な項目です。
| 領域 | 整理しておきたいこと |
|---|---|
| 設備 | 機械ごとの製造年・稼働状況・対応仕様、部品供給と保守の見通し。 |
| 技術 | 対応できる素材・加工の範囲、条件表や色見本の管理、検査基準。 |
| 取引先 | 取引先別の売上構成と依存度、取引年数、加工賃の改定実績。 |
| 在庫 | 原糸・生地・副資材の在庫評価、滞留在庫の有無と評価方法。 |
| 環境・労務 | 排水の届出と測定記録(染色整理の場合)、労働時間の管理、外国人材の就労資格。 |
| 不動産 | 工場・倉庫の所有/賃借の別、遊休地の有無と用途。 |
在庫の評価は、この業界で特に論点になりやすい部分です。長期滞留している原糸や生地が簿価のまま残っていると、買い手は必ず実態を確認します。事前に棚卸しをして、評価の考え方を説明できるようにしておくと交渉が安定します(「在庫評価とM&A」)。
OEM受託の実務的な論点は「繊維OEM・縫製業のM&A」で解説しています。当社プラチナパートナーズは、ご相談を承っています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。統計は調査時点・集計範囲により数値の定義が異なるため、個別の判断にあたっては原典および専門家へのご確認をお願いいたします。