検討した案件の多くは、成立しません。これは買い手として当然のことで、見送り自体は失敗ではありません。ただし、伝え方には差が出ます。理由を返さないまま検討が立ち消えになる買い手には、次の紹介が届きにくくなります。本稿では、見送りをどう伝えるかを整理します。
見送りは、早いほどよい
見送りの判断は、決まった時点ですぐに伝えるのが原則です。遅らせて良いことは一つもありません。
売り手の側から見ると、検討が続いている間は他の候補との話を進めにくくなります。実際には見送りが決まっているのに伝えられていない期間は、売り手の時間を奪っていることになります。
また、遅れた見送りは、それだけで買い手の評価を下げます。返答が遅い買い手は、次の案件でも同じだと見なされ、紹介の順番が後ろになります。逆に、見送るときの返答が速い買い手は、進めるときの判断も速いと受け取られます。
「もう少し考えてから」と迷う場合は、迷っていること自体を伝えるほうがよいでしょう。「現時点では見送りの方向だが、社内で確認したいことがあり、いつまでに結論を出す」と伝えれば、相手も予定を立てられます。
誰に、どの順で伝えるか
伝える相手と順序は、案件の経路によって変わります。基本の形を整理します。
| 段階 | 伝える相手 | 形式 |
|---|---|---|
| 概要を受け取っただけ | 紹介元の仲介会社・アドバイザー | メールで簡潔に。理由を一言添える |
| 資料を受け取り、検討した | 紹介元。売り手には紹介元経由で伝わる | メールまたは電話。理由を具体的に |
| 面談を行った | 紹介元に伝え、売り手への伝え方を相談 | 面談への謝意を含めて丁寧に |
| 意向表明・基本合意の後 | 紹介元と売り手の双方 | 書面での通知が必要になる場合がある |
売り手に直接伝えるべきかは、慎重に判断します。仲介会社が間に入っている場合、直接の連絡は段取りを乱すことがあります。紹介元に相談したうえで、必要であれば面談の相手として謝意を伝える形が適切です。
面談まで進んだ案件では、相手の経営者が時間を割いています。定型の文面だけで済ませず、面談の内容に触れた言葉を添えると、受け取られ方が違います。
基本合意の後の見送り
基本合意を経た後に見送る場合は、書面での通知や、費用の負担について定めがあることがあります。契約の内容を確認したうえで進めてください。当社の場合、基本合意の時点でお支払いいただく中間金は、成約時の成功報酬から全額を差し引きますが、基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。
理由をどこまで伝えるか
理由を伝えることには、二つの意味があります。相手が次に進めるようにすることと、自社の基準を相手に理解してもらうことです。
伝えたほうがよい理由
- 規模や地域が自社の基準に合わない——次の紹介の精度が上がる
- 予算の枠に入らない——枠の水準が伝わる
- 買収後に見る人の手当てがつかない——時期の問題であれば、後で再開できる
- 他の案件を優先することにした——事実として伝えて差し支えない
伝え方に注意が要る理由
調査で判明した問題や、面談で感じた懸念を理由とする場合は、表現に配慮します。会社の欠点を並べる形になると、相手の心証を害します。「当社として必要な体制を整えるのが難しいと判断した」といった、自社側の事情として述べる形が無難です。
また、調査で知った内容は秘密保持の対象です。理由として言及する範囲にも注意が必要です。秘密保持の実務は「M&Aの秘密保持|情報漏洩を防ぐノンネーム・NDAの実務」をご覧ください。
嘘の理由は避ける
角を立てないために事実と違う理由を伝えると、後で食い違いが出ます。伝えにくい理由がある場合は、詳細を述べずに「総合的に判断した」と伝えるほうが、虚偽より安全です。
「見送り」ではなく「保留」と伝える場面
条件が合わないだけで、会社そのものは評価している場合があります。この場合、完全な見送りとして伝えるより、状況を正確に伝えるほうが双方にとって有益です。
たとえば次のような伝え方です。「現在の希望価格では、当社の投資判断として成り立たない。条件に変化があれば、改めて検討したい」「今期は他の案件に資金を充てるため見送るが、来期以降であれば検討したい」。
このように伝えておくと、売り手の状況が変わったときに再び声がかかることがあります。実際、一度見送った案件が数か月後に条件を変えて動き出すことは珍しくありません。
ただし、期待を持たせすぎない
可能性がほとんどないのに「条件次第では」と伝えると、相手は待ってしまいます。再検討の余地が本当にあるのかを見極めたうえで、なければ明確に見送りと伝えます。価格の差への向き合い方は「譲渡希望価格が高いと感じたとき|下げにいく前に確かめること」で扱っています。
見送った後にやること
見送りの連絡を終えたら、社内の後始末をします。ここを省くと、同じ検討を繰り返すことになります。
資料の返却・廃棄
秘密保持契約では、検討が終了した場合の資料の返却や廃棄について定められているのが通常です。契約の内容に従って処理し、社内で共有した資料についても回収します。
記録を残す
案件の概要、検討した経緯、見送りの理由、かかった費用を記録します。名前や具体的な内容は契約上の制約に従い、社内で扱える範囲にとどめます。この記録が溜まると、自社の基準を見直す材料になります。
基準を見直す材料にする
見送りの理由に偏りがあれば、基準の水準が実態と合っていない可能性があります。同じ理由での見送りが続くなら、その項目を見直します。基準の運用は「買収基準のつくり方|何を満たせば検討に進むかを言語化する」で扱っています。
紹介元との関係を続ける
見送りの連絡は、関係を終える連絡ではありません。どういう案件なら検討できるかを改めて伝えておくと、次につながります。紹介元との付き合い方は「買収案件の情報をどう集めるか|仲介会社との付き合い方」をご覧ください。
まとめ|断り方が、次の案件を決める
見送りは、買い手の日常です。だからこそ、その伝え方が買い手としての評価をつくります。決まったらすぐに伝える。紹介元を通じて、段階に応じた丁寧さで伝える。理由は、相手の欠点を並べる形ではなく、自社側の事情として述べる。可能性が残るなら保留と伝え、なければ明確に断る。
そして、見送った後に記録を残し、基準の見直しに使う。この一連が回っている会社は、検討の質が年々上がっていきます。見送りは終わりではなく、次の検討の材料です。
当社では、買収をご検討の企業さまのご相談を成功報酬型で承っており、相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。買い手の方向けのご案内は「買収をお考えの方へ」にまとめています。