「不動産会社を譲りたい」というご相談をいただいたとき、私たちが最初にお伺いするのは「御社の売上は、何から生まれていますか」という一点です。同じ「不動産業」の看板を掲げていても、店舗で入居者を客付けする賃貸仲介と、自社で建物を持って家賃を受け取る賃貸経営とでは、M&Aで見られる中身も、企業価値の考え方も、譲渡の設計もまったく違うからです。
本稿では、賃貸仲介業と不動産賃貸業(保有)を軸に、それぞれで何が論点になるのかを、M&A仲介の実務目線で整理します。なお、オーナーから委託を受けて建物を運営する不動産管理業、売買を扱う不動産売買仲介業については、それぞれ別稿で詳しく取り上げています。
「不動産業」とひと括りにできない三つの顔
帝国データバンクの2025年調査によれば、後継者不在率は50.1%。レコフデータの集計では2025年のM&A件数は5,000件を超え、2年連続で過去最多を更新しました。不動産関連の会社にも、後継者が見つからないまま社長が現役を続けているケースは数多くあります。ただ、譲渡の話を進めるうえでは、まず自社の収益構造を分解しておく必要があります。
| 形態 | 主な収益 | M&Aでの主な論点 |
|---|---|---|
| 賃貸仲介 | 仲介手数料・広告料など、成約のたびに発生する収益 | 集客経路、成約実績の再現性、担当者の定着 |
| 管理受託 | オーナーから受け取る管理料(継続収益) | 管理戸数、管理委託契約の内容、解約率 |
| 賃貸経営(保有) | 自社所有物件の賃料収入 | 不動産そのものの評価、借入金と担保、修繕負担 |
実際には、この三つを兼ねている会社が大半です。だからこそ、売上と利益をこの区分で分けて把握できているかが、そのまま買い手への説明力になります。決算書が一本の「不動産事業」でまとまっていると、買い手は何を買うのかを描けません。
賃貸仲介業のM&A|フロー収益はどう見られるか
賃貸仲介は、契約が成立して初めて手数料が生まれるフロー型の事業です。毎年の繁忙期に一定の成約が積み上がり、結果として売上が安定して見えても、その安定を生んでいるのが何なのかを買い手は確かめようとします。
買い手が確認する主な観点
- 集客の入口——ポータルサイト経由か、自社サイトか、店頭か、紹介か。特定の一つに依存していないか
- 商圏と店舗立地——駅前・大学周辺・住宅地など、商圏の性格と人口動態
- オーナー・管理会社との関係——物件情報がどこから入ってくるか、元付との力関係
- スタッフの陣容——宅地建物取引士の在籍状況、店長クラスの定着、繁忙期の体制
- 広告費と成約の関係——1件の成約にいくらかけているのか
特に、集客がポータル頼みで、成約の大半を社長個人の営業力が支えている場合、買い手は「社長が抜けたあとも同じ数字が出るのか」を慎重に見ます。逆に、店舗としての導線と教育の仕組みが回っている会社は、買い手にとって「そのまま動く店舗」を手に入れられるという点で評価されやすくなります。
管理受託を併せ持つ強み
賃貸仲介に管理受託が乗っている会社は、フロー収益とストック収益の両輪を持つことになります。管理料は毎月発生し、更新も前提になるため、収益の予測可能性を押し上げます。買い手の中には管理戸数の拡大そのものを目的にしている会社もあり、その場合は管理委託契約の内容と継続性が最大の関心事になります。顧客基盤の見られ方については「顧客基盤はM&Aでどう評価されるか」もあわせてご覧ください。
不動産賃貸業(保有)のM&A|会社に不動産が付いてくる
自社で賃貸物件を所有し、家賃収入を得ている会社の譲渡は、事業の売買であると同時に不動産の移転を伴う取引という性格を強く持ちます。株式譲渡であれば、会社が持っている不動産は会社に付いたまま買い手に移ります。つまり買い手は、事業を買うかどうかと、その不動産を持つかどうかを、同時に判断することになります。
帳簿価額と時価の差が論点になる
長く保有している物件ほど、帳簿上の簿価と実際の価値は離れていきます。中小企業のM&Aでは、時価純資産に数年分の利益を加算する年買法などが用いられることが多く、その「時価純資産」を出す段階で不動産の評価が必要になるためです。含み益が出ている場合も、逆に含み損を抱えている場合も、まずは現状を把握しておくことが出発点になります。評価手法そのものについては「企業価値評価の方法|中小企業M&Aで使われる3つのアプローチ」で解説しています。
借入金・担保・保証をセットで見る
保有物件には、たいていの場合、金融機関からの借入金と抵当権が伴います。買い手は、賃料収入から返済を賄えているか、返済期間と物件の残存耐用年数のバランスはどうか、といった点を確認します。加えて、社長個人が連帯保証人になっているケースでは、譲渡にあたって保証をどう外すかを金融機関と調整する必要があります。この点は「不動産を保有する会社のM&A」でも詳しく触れています。
建物の状態と修繕の履歴
築年数、直近の大規模修繕の実施状況、設備の更新履歴、耐震に関する状況。これらは譲渡後のキャッシュフローに直結するため、資料が整っている会社ほど話が早く進みます。修繕を先送りしてきた分は、価格の交渉材料になり得ると考えておいたほうが現実的です。
入居状況という「中身」
稼働率、入居者の属性、契約の残存期間、滞納の状況、原状回復のルール。空室が多い物件であっても、その理由が説明でき、改善の余地を示せるのであれば、買い手にとってはむしろ余地のある投資対象になります。取り繕うよりも、現状を正確に開示することのほうが、結果的に信頼につながります。
宅地建物取引業免許と有資格者の承継
賃貸仲介や売買を業として行うには、宅地建物取引業の免許が必要です。M&Aでは、この免許の扱いが譲渡方法の選択に影響します。
株式譲渡の場合、免許を受けている法人格そのものは変わらないため、免許は原則として存続します。ただし、役員や政令使用人、専任の宅地建物取引士が入れ替わるときには、所定の変更の届出が必要になるのが一般的です。一方、事業譲渡では免許は移転しません。買い手側で免許を受けていることが前提になり、免許を持たない買い手であれば取得の手続きが必要になります。この基本的な違いは「M&Aと許認可|株式譲渡と事業譲渡で扱いが変わる」で整理しています。
あわせて確認されるのが、専任の宅地建物取引士を継続して配置できるかという点です。社長ご自身が唯一の有資格者という会社は少なくありませんが、その場合、譲渡後の体制をどう組むかが実務上の焦点になります。買い手側から人を出すのか、承継期間中に社内で資格取得を進めるのか、前経営者に一定期間残っていただくのか——選択肢はいくつもあり、早めに検討するほど自由度が高くなります。
譲渡までに整えておきたい準備
不動産業の譲渡では、資料が整っているかどうかで進行の速さが目に見えて変わります。次の準備は、譲渡の有無にかかわらず会社の把握に役立ちます。
- 収益の区分整理——仲介手数料・管理料・自社物件賃料・その他を分けて集計する
- 保有物件の一覧化——所在、取得時期、簿価、借入残高、抵当権、稼働率、直近の修繕を一覧にする
- 管理受託契約の棚卸し——受託戸数、契約期間、解約条項、オーナーごとの依存度
- 会社と社長個人の切り分け——社長個人所有の物件を会社が使っている場合の賃貸借条件、社用車や保険など個人的費用の整理
- 有資格者の把握——宅地建物取引士の在籍状況と、専任として配置している人員
- 係争・トラブルの整理——滞納、原状回復、近隣との懸案など、進行中の事案
また、役員報酬や社長個人に紐づく費用を調整して本来の稼ぐ力を見る実質利益の考え方は、不動産業でも重要です。「実質利益とは|M&Aで評価される「本当の利益」の考え方」もご参照ください。譲渡を検討する時期については「会社売却のベストタイミング|判断を先送りしないために」で整理しています。
まとめ|自社がどの型かを見極めることから
賃貸仲介は「人と店舗が稼ぐ事業」、賃貸経営は「資産が稼ぐ事業」です。この二つは、同じ会社の中に同居していても、買い手の関心も、価格の付き方も、譲渡の設計も異なります。だからこそ最初にすべきなのは、自社の売上と利益を、この軸で分解してみることです。
分解してみると、思っていたより管理受託の比重が高かった、あるいは自社物件の含み益が会社の価値の大半を占めていた——そうした発見があることも珍しくありません。その発見自体が、譲渡するかどうかを判断する材料になります。M&Aの進み方の全体像は「M&Aの流れ|初回相談から成約までのステップ」でご確認ください。
当社は、相談料・着手金・月額報酬をいただかない成功報酬型で、初回のご相談から成約まで一貫して伴走します。成功報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)により算定し、最低金額は2,000万円(税別)です。基本合意時に成功報酬額の10%を中間金としてお預かりし、成功報酬から全額差し引きます(基本合意後に成立に至らなかった場合も中間金の返金は行いません)。詳細は「料金体系」に明記しています。
まずは、御社の収益がどこから生まれているのか。その整理からご一緒させてください。