M&Aの調査で最も重く扱われるのが、決算の数字が実態と違うことです。意図して良く見せた場合はもちろんですが、意図がなくても同じ結果になる処理が中小企業には珍しくありません。税務の申告に通っていることと、買い手が見て納得することは別だからです。
ここでは、調査で必ず当たる場所と、見つかったときに何が起きるかを整理します。先に自分で把握しておくことが、いちばん軽い対応になります。
在庫 — いちばん多く出る
在庫は数量と単価の掛け算なので、どちらかを動かせば金額が動きます。調査では、実地の棚卸しに立ち会う、直近の仕入単価と突き合わせる、何年動いていないものがいくらあるかを数える、といった形で確かめられます。
よく出るのは次の形です。売れない在庫が簿価のまま残っている。生産が終わった機種の部品、流行が過ぎた商品、傷んだ材料です。帳簿では資産ですが、売れば簿価を下回ります。
次に、棚卸しの記録が無い。年に一度の実地棚卸しをしていない会社では、帳簿の数量が実際と合っているかを誰も確かめていません。この場合、買い手は一律に割り引いて見ます。
対応は、動いていない在庫を年数で分けて一覧にすること。処分するかどうかは別の判断ですが、「いくらが動いていないか」を自分で言えるだけで、話が通ります。言えないと、買い手の見積りがそのまま通ります。
売掛金 — 回収できるかを見られる
売掛金は、計上の時期と回収の見込みの2つで見られます。
計上の時期。期末に売上を先に立てる、翌期の売上を前倒しする、といった処理があると、期ごとの利益が動きます。調査では、売上の計上基準と、期末前後の取引の中身が確かめられます。
回収の見込み。長く残っている売掛金は、回収できない可能性が見られます。相手が払えない状態なのか、請求の手続きが止まっているのか、入金の確認が追いついていないのか。理由が説明できないものは、全額が引かれる前提で見積られます。
加えて、相手の実在も確かめられます。取引先の名前で売掛金が立っているのに、その先との契約や発注の記録が無い場合です。
対応は、年齢別の一覧(いつの請求がいくら残っているか)を作ることです。これは経理の通常の作業なので、作っていない会社は作ることそのものが改善になります。
費用の繰り延べと、資産に振り替えた支出
利益を良く見せる方向で起きやすいのが、払った費用をその期に落とさず、資産として残す処理です。
修繕費を資本的支出として固定資産に入れる、広告費を前払費用に残す、ソフトウェアの開発費を資産に計上する、といった形です。どれも会計の基準では認められる場面があるので、「誤り」とは言えません。だからこそ、判断の分かれ目がどこにあったかを説明できる必要があります。
逆に、利益を小さく見せる方向もあります。役員報酬を高く取る、生命保険を多く掛ける、交際費や車を会社で持つ。これらは税負担を抑えるための設計で、中小企業では通常のことです。ただし買い手は「普通に経営したらいくら利益が出るか」で見るので、これらを戻した数字で評価されます。戻す作業を正常化と呼び、売り手と買い手でどこまで戻すかが交渉になります。
簿外のもの — 載っていないから見えない
最後が、帳簿に載っていないものです。
- 未払いの残業代。労働時間の記録が無い会社では、金額が見積られます。
- 退職金の規定があるのに引当が無い。
- 保証・担保。他社の借入に保証を付けている場合。
- 訴訟・クレーム。
- リース・割賦の残り。
これらは「探しに行かないと見えない」ので、調査では契約書の棚卸し、議事録の確認、従業員への聞き取りといった形で当たられます。
そして、簿外のものが1つ出ると、他も疑われます。1つの漏れが「この会社の数字は確かめないと分からない」という評価につながるのが、いちばん大きな損失です。
見つかったときに起きること
調査で数字の違いが見つかった場合、進み方は3つに分かれます。
価格が下がる。金額が確定でき、一度で精算できるものはここに来ます。
条件が付く。金額が確定しないものは、契約で補償の対象にする、支払いを分ける、一部を預ける(エスクロー)といった形になります。
取引が止まる。金額の大きさではなく、説明が付かないことで止まります。意図して隠していたと見られた場合、買い手は他の数字も信じられなくなります。
したがって、実務上の要点は1つです。先に言う。自分から出した数字は論点になりますが、隠していて出てきた数字は信用の問題になります。前者は交渉で処理できて、後者は処理できません。
会計・税務・労務の判断は個別の事情で変わります。実際の整理は、税理士・公認会計士・社会保険労務士に確認してください。
加えて、調査の前に自分で見ておくと効く場所があります。直近3期の月次推移を並べ、売上や粗利が不自然に動いている月を探すことです。期末の月だけ売上が跳ねている、特定の月だけ原価率が下がっている。理由が説明できる動きなら問題はなく、説明できない動きがあれば、そこが調査でも聞かれます。月次を並べるだけで見つかることがあり、費用もかかりません。