警備業は、社会の基盤を静かに支える仕事でありながら、経営の面では二つの重い制約を抱えています。ひとつは、人がいなければ現場が成立しないという物理的な制約。もうひとつは、法令に基づく認定と有資格者の配置という制度上の制約です。この二つは、事業を承継するときに最も慎重な確認を要する部分でもあります。本稿では、警備業界が置かれている状況を確認したうえで、法定要件が承継にどう関わるのか、契約構造がなぜ価値になるのか、そして譲渡に向けて何を整えるべきかを、実務の順序に沿って解説します。
現場が人で回る事業だからこその、構造的な課題
警備業の売上は、突き詰めれば「隊員が現場に立った時間」の積み上げです。施設に常駐する、工事現場で交通を誘導する、イベントで雑踏を整理する——いずれも人が配置されて初めて成立します。機械警備という形態はありますが、その場合も緊急時に駆けつける体制は人が支えています。
この構造は、経営に二つの帰結をもたらします。第一に、受注があっても人が確保できなければ売上にならないということ。第二に、人件費が原価の大半を占めるため、単価の改定が収益に直結するということです。
そして現在、多くの警備会社が直面しているのが、この「人が確保できない」という問題です。募集をかけても応募が集まらず、受注を断らざるを得ない。あるいは、既存の現場を維持するために管理職や経営者自身がシフトに入る。こうした状況は、地域を問わず伺います。
さらに、隊員の年齢構成という論点があります。警備業は他業種を退職された方の再就職先としての役割も担ってきましたが、その結果として在籍者の年齢層が高くなっている会社は少なくありません。長年勤めてくださっている方々に支えられている一方で、その方々が引退される時期が近づいたとき、代わりを確保できるか——この不安が、事業承継を考える直接のきっかけになるケースが目立ちます。
経営者様ご自身の年齢と、隊員の年齢構成と、後継者の不在。三つが重なると、選択肢は急速に狭まります。帝国データバンクの2025年の調査では国内企業の後継者不在率は50.1%とされていますが、警備業のように現場が人で成り立つ業種では、承継の遅れが事業そのものの縮小に直結しやすい点に注意が必要です。
認定と有資格者|法定要件が承継の前提になる
警備業を営むには、警備業法に基づき、都道府県公安委員会の認定を受けることが必要とされています。この認定は事業を行う主体に対するものであり、M&Aのスキームによって取り扱いが変わります。
株式譲渡の場合
株式譲渡では、認定を受けている法人そのものが存続し、株主が交代するだけです。したがって、法人が受けている認定は一般に維持されると考えられています。事業を止めずに経営権を移せるため、警備会社のM&Aでは株式譲渡が中心となります。
ただし、警備業法は営業所や役員などについての届出を求めているとされ、役員の変更があれば所定の届出が必要になります。また、警備業法には、一定の事由に該当する者は警備業を営んではならない旨の欠格に関する定めが置かれているとされており、新たに役員に就任する方についても、この点の確認が前提となります。買い手側の体制についても事前の確認が必要になるということです。
事業譲渡の場合
事業譲渡では、事業の主体が交代します。認定は一般に譲渡の対象とならないとされており、譲受側が自ら認定を受けていることが前提になるのが通常です。認定を持たない買い手が事業譲渡で参入しようとすると、認定の取得に要する期間を織り込んだスケジュールが必要になります。
警備員指導教育責任者の配置
警備業では、営業所ごとに、取り扱う警備業務の区分に応じて警備員指導教育責任者を選任して置くことが求められているとされています。この資格は所定の講習を経て取得するものであり、すぐに補充できるものではありません。
M&Aの実務上、ここは重要な確認事項になります。指導教育責任者を担っておられるのが経営者様ご本人である場合、譲渡後にその方が退かれると、営業所の体制に穴が開きかねません。誰が有資格者で、譲渡後も在籍する見込みがあるかは、交渉の初期段階で整理しておくべき論点です。また、警備業務の区分によっては、現場に一定の検定資格を持つ警備員を配置することが求められる場合があるとされており、有資格者の在籍状況は受注可能な業務の範囲を左右します。
認定の取り扱い、届出の要否と期限、有資格者の配置に関する要件は、業務区分・都道府県公安委員会の運用・個別の事情によって異なります。実行にあたっては、必ず所管の都道府県公安委員会(警察本部の担当窓口)および専門家にご確認ください。
契約構造がつくる価値|ストック性のある売上とは
警備業の受注は、契約の形態によって性質が大きく異なります。買い手はここを注意深く見ています。
| 業務の類型 | 収益の性質と、評価における位置づけ |
|---|---|
| 施設警備・常駐警備 | 契約先の施設に継続的に隊員を配置する形態。年間を通じて売上が読めるストック型で、最も評価されやすい領域です。 |
| 機械警備 | センサーと駆けつけ体制による契約。月額課金のストック型で、契約件数が価値に直結します。 |
| 交通誘導警備 | 工事現場ごとの受注。工事量と季節に左右され、変動が大きい傾向があります。 |
| 雑踏警備・イベント警備 | 単発の受注が中心。繁閑差が大きく、収益の予測は立てにくくなります。 |
| 輸送警備 | 専用車両や設備を要する分野。参入者が限られる一方、設備投資の負担があります。 |
この違いが評価に与える影響は小さくありません。同じ年商であっても、売上の大半が施設警備の長期契約で構成されている会社と、単発のイベント警備の積み上げでできている会社とでは、買い手から見た将来収益の確からしさがまったく違います。前者は「引き継いだ翌月も同じ売上が立つ」と見込めますが、後者は営業力を引き継げるかどうかにかかってきます。
したがって、譲渡を検討される際には、売上を業務類型別に分解し、契約期間と更新の状況を整理しておくことが有効です。「長期にわたって継続している契約先が何社あり、そこからの売上が全体の何割を占めるか」を示せることは、そのまま交渉の材料になります。
あわせて、単価の改定実績も重要な論点です。人件費が上昇するなかで契約単価を改定できているかどうかは、契約先との関係の強さと、その会社の収益力の持続性を示します。長年据え置きのままの契約が多い場合、買い手は「今後は単価を上げられるのか、上げられないのか」を確認してきます。
採用力と隊員の構成が、そのまま将来の売上になる
警備業のM&Aで、買い手が最も真剣に見ているのは人です。具体的には、次のような点が確認されます。
- 隊員の在籍数と年齢構成、平均勤続年数
- 有資格者(指導教育責任者、各種検定資格)の人数と配置状況
- 直近の採用実績と、採用経路(紹介・求人媒体・ハローワーク等)
- 離職率と、離職の主な理由
- 現場責任者・隊長クラスの層の厚さ
- 教育訓練の実施記録と、法定教育の実施状況
このうち、法定教育の記録は必ず確認される項目です。警備業では警備員に対する教育の実施が定められているとされており、その記録が適切に整備されているかどうかは、コンプライアンス体制を測る指標として見られます。記録の不備は、それ自体が是正コストとして評価に影響します。
もうひとつ、労務管理も重要な確認対象です。警備業は交代制勤務や深夜勤務が伴うことが多く、労働時間の管理、割増賃金の計算、休憩時間の確保、仮眠時間の取り扱いといった論点が生じやすい業種です。これらに未整理の部分があると、潜在的な債務としてデューデリジェンスで指摘されます。事前に点検し、必要であれば是正しておくことが、結果として価格を守ることにつながります。
採用力については、「人が採れていること」そのものが強力な訴求になります。人手不足が業界共通の課題であるからこそ、安定的に採用できている会社、離職率の低い会社は、買い手にとって希少な存在です。採用の仕組みや定着施策が確立しているのであれば、それは決算書に表れない資産として、積極的に説明されるべきものです。
譲渡に向けた準備と、進め方の実務
警備会社の譲渡準備では、次の順序で整理を進めると全体像が見えやすくなります。
まず、契約の棚卸しです。契約先ごとに、契約期間、更新条件、単価、配置人数、直近の更新履歴を一覧化します。ここで、契約書に経営権の異動に関する条項——たとえば支配株主の変更を通知事項や解除事由とする条項——が含まれていないかを確認してください。官公庁や大手企業との契約では、こうした条項が置かれていることがあります。
次に、人員の棚卸しです。隊員の名簿に、年齢、勤続年数、保有資格、主たる配置先を紐づけます。有資格者が誰で、その方が譲渡後も在籍する見込みかどうかは、買い手が最初に尋ねる事項のひとつです。
そして、法令対応の点検です。認定の有効期間、届出事項の最新性、教育記録、警備員名簿の整備状況を確認します。書類が整っている会社は、それだけで信頼を得られます。
最後に、情報管理です。警備業は現場ごとに隊員が配置される事業であり、噂は現場を通じて速く広がります。隊員の動揺は現場の欠員に直結し、欠員は契約の解除につながりかねません。開示のタイミングは仲介会社と相談のうえ、慎重に設計してください。従業員への伝え方については「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか」で詳しく解説しています。
まとめ|隊員がいて、契約が続いているうちに動く
警備業のM&Aは、法定要件の確認から始まり、契約と人の棚卸しを経て進みます。認定と有資格者の配置という制度上の要件は、参入の障壁であると同時に、既存事業者にとっての価値の裏づけでもあります。そして、その価値を支えているのは、日々現場に立つ隊員の方々です。
隊員が在籍し、契約が継続しているうちであれば、事業には引き継ぐ価値があります。反対に、人が足りずに現場を返上し、契約が減り始めてからでは、選択肢は限られます。経営者様ご自身が現場に入ることで何とか回している状態が続いているのであれば、それは検討を始める合図と受け止めていただければと思います。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、警備業を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。認定や有資格者の確認を含む初期の整理から、守秘義務を徹底のうえ対応いたします。