複数の相手から条件が出ると、まず額を比べます。自然なことです。しかし額の高い相手を選んで、あとで後悔される方もいます。
理由は三つあります。手元に残る金額が逆転すること、確実に成約するとは限らないこと、渡したあとの会社の行く先が違うことです。本稿では、額のほかに何を比べるのかを整理します。
手元に残る金額は、額だけでは決まらない
提示された額が同じでも、受け取る形によって手元に残る金額が変わります。
支払いの時期。全額を成約時に受け取る形と、一部を一年後に受け取る形では、確実さが違います。後の分は、条件が達成できなければ受け取れないこともあります。
株式の対価と退職金の配分。譲渡の対価と役員退職金をどう分けるかで、税負担が変わります。同じ総額でも、残る金額が違ってきます。
不動産の扱い。会社が持つ不動産を含めるか、譲渡の前に個人に戻すか。扱いによって税の計算が変わります。
借入と保証。借入の返済をどうするか、経営者保証をいつ外すか。条件に含まれていなければ、あとで自分で手当てすることになります。
これらは税務と法務の両方に関わるため、どの形がいくらになるかは専門家に確認してください。仲介者の試算は目安にとどまります。
成約するかどうかの確実さが違う
意向表明に書かれた額は、約束ではありません。そのあとDDがあり、最終契約があります。途中で条件が変わることも、止まることもあります。
確実さを読む手がかりは、意向表明の書き方にあります。前提条件が多く書かれている相手は、条件が満たされなければ降りる余地を残しています。社内の最終承認がまだ取れていない相手も同じです。
また、買い手がその取引にどれだけ本気かも関わります。何社も同時に検討している相手は、別の案件が決まれば降りることがあります。
高い額を出した相手が降りたあと、次の相手の条件は最初より悪くなることがあります。時間が経ち、断られた経緯を相手が知れば、交渉の立場が変わります。
確実さを上げるために、仲介者が買い手の社内の進み方を確かめておくことがあります。取締役会の決議がいつか、投資の委員会があるか、担当者の上に誰の承認が必要か。段取りが分かっていれば、日程を合わせられます。分からないまま進めると、最終契約の直前に「社内の承認が下りない」と言われることがあります。
渡したあとの会社が違う
譲渡の後、会社は買い手の方針で動きます。同じ会社を渡しても、相手によってその後が変わります。
従業員の雇用、処遇、勤務地。拠点を続けるか、統合するか。取引先との関係を維持するか、見直すか。社名を残すか、変えるか。
これらは意向表明に書かれていることもあり、書かれていないこともあります。書かれていなければ、確かめます。口頭で聞いた内容は、最終契約に書かなければ残りません。
社長が引き継ぎでどれだけ残るかも、相手によって違います。長く残ってほしい相手と、早く引いてよい相手があります。体調や次の予定がある場合、ここは額と同じくらい重要な条件になります。
選ぶ基準を、条件が出る前に決めておく
条件が出てから基準を考えると、額に引っ張られます。打診を始める前に、何を優先するかを整理しておくと迷いが減ります。
整理するのは、譲れないものです。従業員の雇用は譲れない、拠点は残したい、引き継ぎは半年までにしたい、借入の保証は必ず外したい——人によって違います。
そして、譲れる範囲も決めます。額はいくら以上であればよいか、引き継ぎは何か月まで受けられるか。幅を持っておくと、条件の交渉ができます。
基準は紙に書いておくことをおすすめします。条件が出てから読み返すと、自分が何を大事にしていたかが思い出せます。額の数字を見ると、人は基準を忘れます。
家族にも聞いておく
選ぶ基準は、社長一人のものではないことがあります。配偶者や子に、別の考えがあることは珍しくありません。
よくあるのは、社長が額を重視し、家族が従業員の行く先を気にしている形です。長く一緒に働いてきた社員の顔が浮かぶのは、社長よりむしろ家族のほうということもあります。
選んだあとに家族から異論が出ると、交渉が止まります。止まった時点で、買い手の信頼も損なわれます。
だから、条件が出る前に家族の考えを聞いておきます。全員の意見が一致する必要はありませんが、何を気にしているかを知っておくと、選ぶときの判断が変わります。
従業員に話す時期も、家族と相談しておく論点です。早く話せば動揺が長引き、遅く話せば不信を招きます。会社の事情によって最適な時期は違うので、仲介者と一緒に決めることをおすすめします。
仲介者に確かめてよいこと
条件を比べる場面で、仲介者に遠慮なく確かめてよいことがあります。
各社の条件を同じ項目で並べた表を出してもらうこと。額だけでなく、支払いの時期、従業員の扱い、引き継ぎの期間、表明保証の範囲まで並べてもらいます。
書かれていない項目について、買い手に確認してもらうこと。推測ではなく、確認した結果を聞きます。
手元に残る金額の試算。ただしこれは目安であり、正確な金額は税理士の計算が必要です。
仲介者がどちらの相手を勧めるのか、その理由。理由が説明できない勧めは、受け取らなくて構いません。
当社では、条件が出た段階で項目を揃えた形でお示しし、何が書かれていないかも併せてお伝えしています。
なお、ここに書いたのは一般的な整理です。個別の判断は会社の事情によって変わりますので、税務・法務の点は税理士・弁護士などの専門家にご確認ください。
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