「うちは設備も不動産も大したものはない。人だけです」——ご相談の場でよく伺う言葉です。しかし買い手から見れば、その「人だけ」がいちばん再現しにくい資産であることは珍しくありません。本稿では、人材が企業価値にどう反映されるのか、そして売り手として何を示せばよいのかを整理します。評価全体の考え方は「企業価値評価の3つの方法」をご覧ください。

買い手が人材を評価する理由

買い手が対価を上乗せするのは、自社で一から作るより買ったほうが早い・確実だからです。人材はまさにその典型です。

有資格者を採用しようとすれば、募集をかけ、選考し、入社してもらい、現場に慣れてもらうまでに1年近くかかることもあります。しかも採用市場に人がいるとは限りません。技能者であればさらに長く、育成に数年を要する職種もあります。

この「時間を買う」という発想が、人材に価値を認める根拠です。したがって評価されるのは人数そのものではなく、代替の難しさです。誰でも採れる職種が10人いるより、採れない職種が2人いるほうが評価されることがあります。

具体的に何が見られるか

デューデリジェンスや面談で確認されるのは、次のような点です。

観点見られること
資格許認可の要件になっている資格の保有者。人数と、その人の年齢・勤続
技能特定の工程を担える人が何人いるか。育成に要する期間
顧客との関係取引が会社に付いているか、個人に付いているか
年齢構成技能の継承が進んでいるか。数年内に一斉退職の見込みはないか
定着離職率。直近数年の入退社の履歴
処遇賃金水準が市場と比べて低すぎないか(買収後の引き上げ余地)

最後の点は、売り手が意識していないことが多い論点です。賃金が市場水準を大きく下回っていると、買い手は「買収後に引き上げが必要」と見て、その分を価格から差し引きます。「人件費を抑えてきたから利益が出ている」という説明は、買い手には持続性への懸念として受け取られます。

減点になるのは「一人に寄っている」こと

人材が価値になる一方で、特定の一人に依存している状態は減点です。その人が辞めれば事業が止まるからです。

典型は次のような状態です。特定の職人しかできない工程がある。特定の営業担当が主要取引先を握っている。社長自身が最大の技術者であり営業担当である。

とくに社長への依存は、譲渡の場面で直接的に効きます。社長がいなくなった後も同じ業績が続くのか——買い手が最も知りたいのはここです。属人性の論点は「属人性が高い会社の評価」で詳しく扱っています。

もっとも、依存があること自体を隠す必要はありません。買い手が嫌うのは依存そのものより、依存があるのに把握されていないことです。「この工程はAさんしかできません。ですので譲渡後2年間は残っていただく前提で話しています」と説明できれば、リスクは織り込めます。把握して手当てしている状態は、把握していない状態よりはるかに評価されます。

定着の見込みを、どう示すか

買い手が最も恐れるのは、成約後の人材流出です。したがって売り手が示すべきは「優秀な人がいます」ではなく、「その人たちが残る見込みがあります」という材料です。

示し方はいくつかあります。

  • 直近3〜5年の入退社の実績(定着していることは、記録で示せます)
  • 業務手順が文書化されており、一人に閉じていないこと
  • 資格取得の支援制度など、育成の仕組みがあること
  • キーマンとなる社員が、譲渡後も継続する意向であること

最後の点は扱いに注意が要ります。従業員への開示は、時期を誤ると案件そのものを壊します。誰にいつ伝えるかは、必ず仲介者と設計してください。開示の順序は「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか」をご覧ください。

譲渡前にできる準備

1〜3年の時間があるなら、次のことが企業価値に効きます。

  • 属人化した工程を、手順書と教育で二人以上が担える状態にする
  • 主要顧客との窓口を、担当者個人ではなく会社として複数名で持つ
  • 資格者を計画的に増やす(許認可の要件に関わるものは特に)
  • 賃金水準を市場と比べ、極端に低い部分は是正する
  • 就業規則・賃金規程を整備し、運用と一致させる

いずれも、譲渡しなくても会社を強くする施策です。磨き上げの全体像は「企業価値を高める磨き上げ」をご覧ください。

時間が取れない場合でも、いま誰が何を担っているかを1枚の表にすることはすぐにできます。工程・担当者・代替できる人の有無。これだけでも、買い手との会話は具体的になります。表を作る過程で、自社の弱点が自分でも見えるという副次的な効果もあります。

まとめ|再現しにくいものが、価値になる

要点を整理します。

  • 人材が評価されるのは、買い手が自前で作るには時間がかかるから
  • 人数ではなく、代替の難しさが評価される
  • 賃金が市場水準を大きく下回ると、引き上げ分が価格から引かれる
  • 一人への依存は減点。社長への依存はとくに直接的に効く
  • 「優秀な人がいる」ではなく「残る見込みがある」を記録で示す

なお、業種別のマルチプル倍率や平均的な譲渡価格といった公表値は存在しません。人材の価値がいくらになるかは、買い手が誰か、その買い手にとって何が足りないかによって変わります。だからこそ、相手先の選び方が価格に直結します。ご相談は無料です。

よくあるご質問

A.技能の継承が進んでいないと見られれば、懸念材料にはなります。ただし年齢そのものより、数年内に退職が見込まれる人の担当業務が引き継がれているかが問われます。若手が同じ工程を担えるようになっていれば、年齢構成は大きな減点にはなりません。
A.従業員に退職しない義務を課すことはできません。実務では、買い手がキーマンとの面談を行い、処遇を提示して継続の意向を確認する形が一般的です。売り手側は、譲渡後も働きやすい条件を交渉の中で確保することが、結果として定着につながります。
A.一律の目安はありません。人材が価値になるのは、その買い手にとって不足しているときです。同じ会社でも、買い手によって評価は変わります。複数の候補と接触してみることが、実際の評価を知る唯一の方法です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら