譲渡後、前経営者が一定期間残るのが一般的です。そのときの立場と報酬をどう決めるかは、税務にも社会保険にも影響します。感覚で決めると、後から困ることがあります。
役員として残るか、顧問として残るか
まず、立場を決めます。
取締役として残る。会社法上の役員であり、登記されます。経営に関与する立場が明確になります。
顧問・相談役として残る。会社法上の役員ではありません。委任契約または雇用契約に基づきます。
従業員として残る。実務を続ける場合に取られることがあります。
どれを選ぶかで、報酬の税務上の扱い、社会保険の適用、責任の範囲が変わります。「なんとなく顧問」で始めないでください。
役員退職金との関係に注意する
ここが最も重要な論点です。
譲渡にあたって役員退職金を支給するケースは多くあります。退職所得は他の所得と分離して課税され、勤続年数に応じた退職所得控除があるため、税負担の面で有利になり得ます。
ただし、退職金として認められるには「退職の事実」が必要です。名目上は退任したが、実態として引き続き経営に従事している場合、退職の事実がないと判断される可能性があります。
国税庁は、分掌変更の場合でも実質的に退職したと同様の事情にあることを求めており、その判断要素として報酬が激減(おおむね50%以上の減少)していることなどを示しています。退職金を支給するなら、その後の関与の仕方は必ず税理士に確認してください。
報酬水準の決め方
実務での相場観は、従前の役員報酬から大きく下がるのが通常です。
理由は二つ。経営責任を負わなくなるため役割が変わること。そして上記の退職金の論点があることです。
金額の決め方としては、実際の稼働に見合う水準を根拠にします。週に何日出社するのか、何をするのか。これを書面にしたうえで金額を決めます。
「気持ちとして従前の半分」といった決め方をすると、税務調査で根拠を説明できません。稼働と役割から積み上げてください。
社会保険の扱い
立場によって、社会保険の適用が変わります。
法人の役員は、報酬を受けていれば原則として健康保険・厚生年金の被保険者になります。顧問契約の形でも、実態として使用関係があれば被保険者とされることがあります。
一方、業務委託契約で独立して業務を行う場合は被保険者となりません。
形式ではなく実態で判断されるのがこの分野の原則です。出社義務、指揮命令、報酬の性質。社会保険労務士に確認してください。在職老齢年金との関係で年金額が調整される場合もあります。
期間を区切る
「当面の間」という決め方をしないでください。必ず期間を定めます。
実務では、6か月から2年程度で設定されることが多くあります。引き継ぐ内容によって変わります。
そして、期間中に段階を設けます。最初の3か月は毎日、次の3か月は週3日、その後は週1日、といった形です。
終わりが見えていることが、双方にとって大事です。前経営者は次の生活を設計でき、買い手は引き継ぎの完了時期を計画に織り込めます。従業員も、いつまでが移行期間かを理解できます。
権限を明文化する
報酬と同じくらい重要なのが、何を決められるのかです。
曖昧なまま始めると、従業員がどちらの指示に従うべきか分からなくなります。これは現場を最も消耗させます。
書面にすべき項目は、決裁できる金額の範囲、人事に関する権限の有無、取引先との交渉の権限、対外的な肩書きです。
そして、移行の時期も書きます。「3か月後に人事権を移す」「6か月後に決裁権を移す」。いつ何が移るかが決まっていれば、現場は迷いません。
競業避止義務との関係
最終契約には、通常競業避止義務が定められます。一定期間、同種の事業を行わない、従業員を引き抜かないといった内容です。
顧問として残る期間は、この義務が当然に及びます。問題になるのはその後です。
期間(2〜5年程度が多い)、地理的範囲、対象となる事業の範囲。これらが広すぎると、引退後の活動が制約されます。
逆に買い手から見れば、範囲が狭すぎると保護になりません。交渉の対象として、契約時にきちんと詰めてください。
辞めどきを自分で決める
最後に、前経営者の立場から申し上げます。
予定より長く残ることになったという話をよく聞きます。頼まれると断りにくく、現場も頼ってくる。
しかし、前経営者がいる限り、新しい体制は立ち上がりません。従業員は、判断に迷えば前の社長に聞きます。それが続く限り、買い手が置いた責任者は機能しません。
引くことが、最後の仕事です。期間が来たら、頼まれても引く。そのためにも、期間を契約に書いておいてください。「契約なので」と言えることが、双方を助けます。