「譲渡したあと、昔うちが納めた機械で不具合が出たら、どうなるのだろう」——製造業、建設業、設備工事業、住宅、システム開発。長い保証期間を持つ仕事をしてきた経営者から、必ず出てくる問いです。答えは業種や契約の形によって変わりますが、考え方の筋道は共通しています。本稿では、過去に納めた仕事の責任をどう洗い出し、どう引き継ぐかを整理します。
株式譲渡なら、責任は会社に残り続ける
まず前提の整理です。株式譲渡では、会社の法人格はそのまま続きます。株主が替わるだけですので、過去に会社が負った義務は、そのまま会社に残ります。保証期間中の無償修理の義務も、契約不適合に対する責任も、会社が負い続けます。前経営者個人が引き続き責任を負うわけではありませんが、会社が負担する以上、譲渡の交渉においては必ず論点になります。
事業譲渡の場合は建て付けが変わります。どの債務を引き継ぎ、どれを引き継がないかを契約で定めることになるため、過去の納品分に関する責任の所在を、契約書で明確にしておく必要があります。具体的な契約の組み立ては、弁護士にご確認ください。
いずれの形であっても、譲渡する側にとっての実務は同じです。どこまでの責任が、いつまで、どの案件について残っているのかを、自分で把握して渡すこと。これに尽きます。把握していない責任が後から出てくることが、譲渡後のトラブルの大半の原因です。
洗い出すべき責任の範囲
「保証」と一言で言っても、根拠が違うものが混ざっています。まず分けて考えます。
| 区分 | 内容 | 確認する資料 |
|---|---|---|
| 契約上の保証 | 個別契約や保証書で定めた無償対応の期間と範囲 | 契約書、注文請書、保証書の控え、仕様書 |
| 法律上の責任 | 引き渡したものが契約の内容に適合しない場合の責任。期間や内容は契約と法令による | 契約書の条項、引渡書類、検収記録 |
| 慣行としての無償対応 | 保証期間が過ぎても、付き合いとして無償で見ている案件 | 作業日報、出張記録、原価に乗っていない工数 |
| 保守・点検の契約 | 定期点検、消耗品交換、遠隔監視などの継続契約 | 保守契約書、点検スケジュール、請求データ |
| 不具合・事故の履歴 | 過去に発生した不具合、回収、再施工の記録と、未決着のもの | クレーム記録、是正報告書、往復文書 |
| 保険 | 生産物賠償責任保険、工事保険、請負業者賠償責任保険の付保状況 | 保険証券、特約の内容、過去の保険金請求履歴 |
このうち、譲渡の場面で最も見落とされやすいのが三つめの「慣行としての無償対応」です。契約上は義務がないのに、長年の付き合いで応じてきたもの。書面のどこにも出てこないため、引き継ぐ側は存在すら知りません。譲渡後にその依頼が来たとき、新体制が有償と答えれば、お客様は「前は無料だったのに」と感じます。金額ではなく、関係が損なわれるのがこの問題の厄介なところです。
契約書の棚卸しそのものについては「契約書の棚卸しと更新期限の管理」もあわせてご覧ください。
引き継ぐ側が見ているのは、金額ではなく再現性
買い手がこの領域で確認しているのは、「将来いくら出ていくか」だけではありません。むしろ関心の中心は「同じ品質で対応を続けられるか」にあります。具体的には、次のような点です。
- 誰が対応できるか——その機械や工事を知っているのが一人だけ、という状態になっていないか
- 記録が残っているか——図面、施工写真、設定値、変更履歴。現物に手を入れるには、当時の記録が要ります
- 部品と資材が手に入るか——製造中止の部品を在庫で持っているか、代替が利くか
- 協力会社とつながっているか——当時の下請や職人に、今も連絡が取れるか
- 保険でどこまで守られるか——付保の範囲と、譲渡後も継続できるか
ここを譲渡する側が知っておく意味は大きいものがあります。記録が整っていれば「安心して引き継げる会社」になり、整っていなければ交渉で守りに回ることになるからです。実務では、表明保証の条項や、譲渡後に問題が発覚した場合の補償の取り決めとして、この領域が契約書に表れます。事前に整えておくほど、条件は穏当なものになりやすくなります。
そして何より、記録の整備は譲渡の有無にかかわらず会社の財産です。担当者が辞めても対応できる体制は、平時の経営でも価値があります。
台帳と記録を、どう整えるか
ここからは具体的な進め方です。完璧を目指すと終わらないため、直近で保証期間が残っている案件から逆算するのが現実的です。
1. 期間の長いものから拾う
保証期間が10年に及ぶような案件があれば、そこから着手します。過去10年分の受注台帳をさかのぼり、保証期間が残っているものを抽出します。
2. 案件ごとに一枚にまとめる
項目をそろえます。
- お客様名、納入・引渡の年月日、案件名
- 保証の根拠(契約書の条項番号)と期間の満了日
- 仕様・型式・設定値、変更があればその履歴
- 図面・施工写真・検査記録の保管場所(棚番号やフォルダの場所まで)
- 担当した社内の人、協力会社
- これまでの対応履歴と、未決着の事項
3. 保管場所を実際に確認する
台帳に「倉庫2階」と書いてあっても、実際に行くと無いことがあります。抜き取りで数件、現物を確認するだけで、記録管理の実態が分かります。
4. 慣行の無償対応を書き出す
これは経営者と現場の記憶にしかありません。「保証は切れているけれど、あそこは行っている」という案件を、理由とあわせて書き出します。譲渡後も続けるかどうかは新体制の判断ですが、知らずに断ってしまう事態は避けられます。
5. 保険の付保状況を確認する
証券を並べて、対象期間・免責・支払限度額を確認します。保険の名義や受取人の見直しについては「保険契約の名義と受取人の見直し」で詳しく整理しています。
譲渡後にクレームが来たときの段取りを、先に決めておく
どれだけ準備しても、想定外の連絡は来ます。大切なのは、来たときに誰がどう動くかを、あらかじめ決めておくことです。
| 決めておくこと | 内容 |
|---|---|
| 窓口 | お客様からの連絡を最初に受ける人。前経営者の携帯に直接かかってくる想定も含めて決める |
| 前経営者への相談ルート | 当時の経緯を知る人にどう聞くか。顧問契約の中に「過去案件への助言」を明記しておく |
| 費用負担の考え方 | 譲渡前の納品分について、どこまでを譲渡価格に織り込み、どこからを別途精算とするか。契約書に書く |
| 初動の期限 | 連絡を受けてから現場に行くまでの目安。ここが遅れると、内容よりも対応の遅さが問題になる |
| 記録の残し方 | 対応の経緯を残す様式。将来の再譲渡や、保険請求のときに効いてきます |
とくに費用負担の取り決めは、契約書に書かれていなければ必ずもめます。「譲渡前の納品に起因するものは、一定額を超える部分について◯年間は前オーナーが負担する」といった建て付けを置くこともあれば、価格に織り込んで一切精算しないと決めることもあります。どちらが有利ということではなく、決めてあることが重要です。具体的な条項の設計は弁護士にご確認ください。
譲渡する側が、いま着手できること
最後に、譲渡を具体的に考え始めた段階でできることを挙げます。いずれも譲渡の有無にかかわらず、会社の力になる作業です。
- 保証期間の残っている案件の一覧をつくる——受注台帳からの抽出でかまいません。件数が把握できるだけで、話の前提が変わります
- 記録の保管場所を一元化する——紙のままでも、場所が決まっていれば十分です
- 過去の不具合の記録を、隠さずに整理する——出てくると分かっているものは、先に出したほうが必ず有利に働きます
- 一人しか対応できない案件を洗い出す——その方の同行や記録化を、今年のうちに始める
- 保険証券を並べて確認する——付保漏れが見つかることもあります
納めた仕事に責任を持ち続けてきたこと自体が、その会社が選ばれてきた理由です。その姿勢ごと引き継いでもらうために、記録という形にして渡す。それが譲渡前にできる、いちばん実のある準備だと考えています。当社は、こうした準備の段階から、譲渡後の体制づくりまでご一緒します。お問い合わせには2営業日以内にご返信します。
よくあるご質問
Free Consultation
納めた仕事への責任ごと、引き継ぐために。
保証やアフター対応の整理は、譲渡の準備としても、平時の経営としても価値があります。まずはご相談ください。
ご相談は無料、お問い合わせには2営業日以内にご返信します。メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。