法人が契約している保険は、決算書では保険料や保険積立金として数行に収まりますが、その中身は会社ごとに事情が異なります。前オーナーを被保険者とする生命保険、事業のリスクに応じて積み上げてきた損害保険、従業員向けの制度。株主と経営者が代わると、これらの前提が一斉に変わります。本稿では、買収後に保険契約をどう棚卸しし、何を判断すべきかを整理します。税務・会計上の取り扱いは契約内容によって異なりますので、顧問税理士にご確認ください。

なぜ買収直後に保険の点検が必要なのか

理由は三つあります。第一に、保障の目的が変わることです。経営者の死亡や就業不能に備えて加入した保険は、その経営者が退いた時点で目的を失います。逆に、新体制のキーパーソンには保障がないという状態になりがちです。

第二に、契約の当事者関係が実態と合わなくなることです。契約者が法人であっても、被保険者や保険金受取人が前オーナー個人やその家族になっている契約が見つかることがあります。これを放置すると、保険事故が起きた際に会社が想定した保障を受けられません。

第三に、財務への影響が大きいことです。保険料の負担は固定費として毎年出ていきますし、解約返戻金のある契約は資産としての価値を持ちます。買収後の資金計画を立てるうえで、いつ、いくら支払い、いくら戻り得るのかを把握しておく必要があります。

これらはデューデリジェンスで一定の確認が行われますが、詳細まで踏み込めていないこともあります。統合初期の管理体制整備の一環として、改めて棚卸しをしてください。

契約の棚卸し|一覧に何を載せるか

保険証券と保険料の支払記録を突き合わせ、契約ごとに次の項目を整理します。証券が見当たらない契約は、代理店や保険会社に照会して内容を取り寄せます。

  • 契約者——法人か、個人か
  • 被保険者——誰が対象になっているか
  • 受取人——法人か、個人か。個人の場合は誰か
  • 保障の内容と金額——何に、いくらまで備えているか
  • 保険期間と払込期間——満期や払込満了の時期
  • 保険料と支払方法——年額・月額、口座振替の引落口座
  • 解約返戻金——現時点の水準と、今後の推移
  • 契約者貸付や質権設定——借入の担保になっていないか

特に注意して確認したいのが、質権設定の有無です。金融機関からの借入にあたって保険契約に質権が設定されていることがあり、この場合、解約や変更には金融機関の同意が必要になります。

支払方法の確認も重要です。前オーナー個人の口座から引き落とされている契約が残っていると、口座の解約でそのまま失効します。法人名義の口座へ変更する手続きを早めに進めてください。

経営者を被保険者とする保険をどうするか

前オーナーを被保険者とする法人契約の生命保険は、扱いの判断が必要です。選択肢は大きく三つあります。

ひとつは、解約する。保障の目的が失われているのであれば、解約して返戻金を受け取る判断が自然です。ただし、解約のタイミングによって返戻率が大きく変わる商品があり、また解約返戻金は益金として計上される可能性があるため、税務上の影響を含めて時期を検討する必要があります。

ふたつめは、契約者・受取人を変更して継続する。前オーナーが引き続き役員として関与する場合、退職慰労金の原資として継続する判断もあり得ます。関与期間の設計とあわせて決めてください。

みっつめは、前オーナー個人へ契約を譲渡する。譲渡契約の交渉の中で、保険契約を個人に引き継ぐ形で整理することがあります。この場合、譲渡価額の設定によって課税関係が生じ得ますので、必ず税理士の確認を受けてください。

いずれの選択も、本来は成約前の交渉で整理しておくべき事項です。買収後に持ち越されている場合は、前オーナーとの関係が良好なうちに協議を済ませることをおすすめします。

新しい体制に必要な保障を設計する

不要な保障を外すのと同時に、新たに必要になる保障を検討します。買収後の会社では、キーパーソンの存在が事業の継続を左右する状態がしばしば生じます。前オーナーから引き継いだ技術者、特定の取引先を担当する営業責任者、許認可の要件となる有資格者。これらの人材に万一のことがあった場合の影響を、保障の観点から見ておく価値があります。

また、買収資金を借入で調達している場合、返済の原資を確保する観点から保障を設計することもあります。どこまで保険で備えるかは経営判断ですが、掛け捨てと貯蓄性のどちらを選ぶかによって財務への影響は大きく異なります

役員退職慰労金の準備についても、規程の整備とあわせて検討します。買収した会社に退職慰労金規程がある場合、その内容を確認し、実際の支払能力と整合しているかを点検してください。規程だけがあって原資がないという状態は、将来の負担として残ります。

保険商品の選択は専門的な判断を伴い、税務上の取り扱いも商品ごとに異なります。節税を主眼に設計すると、想定と異なる結果になることがありますので、保障の必要性を起点に、税理士の確認を得ながら決めてください。

損害保険の補償範囲を点検する

生命保険に比べて見落とされやすいのが損害保険です。火災保険、賠償責任保険、自動車保険、労働災害に関する上乗せ補償、生産物賠償、情報漏えいに備える保険など、事業の性質に応じてさまざまな契約が存在します。

  • 補償の対象と実態のずれ——建物や設備を増やしたのに保険金額が古いままになっていないか
  • 免責金額と補償限度額——事故が起きたときに実際に足りるか
  • 対象から外れている拠点・車両——増設した拠点や追加した車両が漏れていないか
  • 被保険者の範囲——グループ会社や下請けが対象に含まれるか
  • 取引先から求められている付保条件——契約上、一定の保険加入を義務づけられていないか

最後の項目は見落とされがちです。取引基本契約や工事の請負契約で、一定額以上の賠償責任保険への加入が条件とされている場合があります。契約書の棚卸しとあわせて確認してください。契約管理の進め方は「契約書の棚卸しと更新期限の管理」をご覧ください。

買い手側にグループとしての保険手配がある場合は、統合によって条件が改善することもあります。ただし、地域や業種の事情に精通した代理店との関係が事故対応の質を支えている場合もありますので、価格だけで判断しないほうが賢明です。

更新期限を管理する仕組みをつくる

棚卸しと見直しが終わったら、その状態を維持する仕組みを置きます。保険は、契約時に整えても、その後の事業の変化に追随できなければ意味をなしません。

実務としては、保険の管理台帳を作り、更新月・保険料・担当代理店・補償の概要を一覧にします。契約書や商標の管理台帳と同じ枠組みで管理すると、期限の見落としが減ります。更新の1〜2か月前に確認する運用にしておけば、条件の見直しを検討する時間も取れます。

あわせて、社内での責任の所在を決めます。誰が保険を所管し、事故が起きたときに誰が連絡するのか。中小企業では総務や経理が兼務することが多いため、担当者が代わっても引き継がれるよう、手順を文書にしておきます。

年に一度は、事業の変化と保障の内容を突き合わせる機会をつくってください。設備投資、新規事業、拠点の増減、従業員数の変化——これらはすべて必要な保障を変えます。保険の点検を年次の定例に組み込むことが、管理体制の整備の一部として機能します。他の管理項目との組み合わせは「内部統制の最低限」もご参照ください。

よくあるご質問

A.保障の目的が失われているなら解約は自然な選択ですが、時期の検討が必要です。商品によって解約返戻率は時期で大きく変わり、受け取る解約返戻金は益金として計上される可能性があります。前オーナーが引き続き役員として関与する場合は継続や受取人変更、個人への契約譲渡という選択もあり得ます。いずれも課税関係が生じ得ますので、顧問税理士にご確認ください。
A.早急に法人名義の口座へ変更してください。個人口座が解約されると保険料が払い込まれず、契約が失効するおそれがあります。あわせて、他にも個人の口座やクレジットカードに紐づいている支払がないかを点検してください。保険のほか、リース、サブスクリプション型のサービス、ドメインやサーバーの契約などで同様の状態が見つかることがあります。
A.条件面で改善する可能性はありますが、価格だけで判断しないことをおすすめします。地域や業種の事情に精通した代理店との関係が、事故発生時の対応の質を支えていることがあるためです。まずは現在の補償範囲と実態のずれを点検し、取引先から付保を求められている条件を満たしているかを確認したうえで、更新時期に合わせて検討するのが実務的です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら