買収後の統合で、設備や人員の話は必ず議題に上ります。ところが「誰が、何に、ログインできるのか」は、しばしば誰も把握していません。中小企業では、社長個人のアカウントで契約されたクラウドサービスが基幹業務を支えていることも珍しくありません。本稿では、買収後の最初の1週間で片づけるべきITまわりの引き継ぎを整理します。経理・システムの統合全体は「PMIの経理・システム統合」をご覧ください。

まず棚卸し|何が動いているのかを一覧にする

最初にやるのは、使用中のシステムとサービスをすべて書き出すことです。デューデリジェンスで一部は把握しているはずですが、現場で実際に使われているものは、往々にしてそれより多いものです。

最低限、次を一覧にしてください。

  • 基幹システム(販売管理・在庫・会計・給与)と、その保守先
  • グループウェア、メール、ファイル共有(クラウドか自社サーバーか)
  • ネットバンキング、電子申告、各種の行政ポータル
  • ECサイト、予約システム、SNSアカウント
  • ドメインとサーバーの契約、SSL証明書の更新期限

それぞれについて、契約名義・支払方法・管理者アカウント・更新期限を確認します。とくにドメインは、失効すると会社のメールが一斉に届かなくなります。更新期限と、更新通知が届くメールアドレスは必ず押さえてください。

契約名義が個人になっていないか

中小企業でよく見られるのが、クラウドサービスの契約が社長個人名義・個人のクレジットカード払いになっているケースです。会計ソフト、ファイル共有、業務用のチャット、ドメイン、いずれも起こり得ます。

この状態のまま社長が退任すると、次のことが起きます。カードが解約されて支払いが止まり、サービスが停止する。管理者アカウントが個人のメールアドレスに紐づいていて、パスワードの再発行ができない。契約者本人でないと解約も名義変更もできない。

これは前代表者に悪意がなくても起きます。本人も「会社のものだ」と思って使っているだけで、契約上は個人なのです。デューデリジェンスの段階で名義を確認し、クロージング前後に法人名義へ切り替える段取りを組んでください。

退任者のアクセスを、いつ止めるか

退任する役員・従業員のアカウントをどう扱うかは、慎重な設計が要ります。クロージング当日に一斉停止するのは、多くの場合やりすぎです。前代表者が引き継ぎのために残る期間があるなら、業務が止まります。

現実的には、次のように段階を分けます。

時期対応
クロージング当日ネットバンキング・電子申告など、資金と申告に関わる権限を新体制へ移す
引き継ぎ期間中業務用アカウントは維持。ただし操作ログを残す設定にする
引き継ぎ完了時アカウントを停止。メールは一定期間、転送または閲覧のみ可能に
完全退任後データを会社側に移管し、個人端末からの同期を解除

重要なのは、この段取りを事前に本人と合意しておくことです。何の説明もなく突然ログインできなくなれば、信頼関係を損ないます。引き継ぎ計画の一部として、いつ何を止めるかを書面で共有してください。

データの持ち出しと、持ち込み

もうひとつの論点が、データの扱いです。顧客名簿、見積書、設計データ、レシピ。会社の資産である情報が、個人の端末やクラウドに同期されていることがあります。

最終契約では、通常こうした情報の取り扱いについて表明保証や誓約が置かれます。ただし条項があることと、実際に消えていることは別です。個人端末に残ったデータの削除は、本人の協力なしには確認できません。引き継ぎ期間中に、対象範囲を具体的に示して依頼するのが現実的です。

逆方向のリスクもあります。買い手側の担当者が、前職から持ち込んだデータを使ってしまう。これは買い手自身の法的リスクになります。統合の初期に、双方向でルールを明確にしてください。個人情報を含む場合の論点は「個人情報・データのデューデリジェンス」で扱っています。

現場が困らないための段取り

権限の整理は、締めるだけでは業務が回りません。現場の従業員から見れば、昨日までできていたことが今日できなくなるのは、単なる不便であり不安です。

次を心がけてください。まず、変更する前にいつ何が変わるかを予告する。次に、困ったときの窓口を明示する。そして、変更後しばらくは元に戻せる状態を保つ。急いで整理して業務を止めるより、1〜2週間かけて安全に移すほうが結果的に早いことがほとんどです。

統合初期の従業員の受け止め方については「現場の不安にどう向き合うか」もあわせてご覧ください。

まとめ|見えないところから壊れる

要点を整理します。

  • 使用中のシステム・サービスを、契約名義と更新期限まで含めて一覧にする
  • 個人名義・個人カード払いの契約がないかを必ず確認し、法人名義へ移す
  • 退任者のアクセスは段階的に止める。事前に本人と合意しておく
  • データの持ち出し・持ち込みのルールを、双方向で決める
  • 現場には予告してから変える。戻せる状態を保つ

ITまわりは、動いているうちは誰も見ません。止まって初めて存在に気づきます。買収後の最初の1週間に手をつけておけば、あとで慌てることはありません。売り手の立場でも、この整理を先に済ませておくと企業価値の説明がしやすくなります。譲渡前の準備は「売却前の自社チェックリスト」をご覧ください。

よくあるご質問

A.サービスによって手順が異なりますが、多くは契約者本人による名義変更の申請が必要です。本人が退任する前に手続きを済ませるのが確実です。難しい場合は、法人名義で新規契約してデータを移行し、旧契約を解約する方法もあります。いずれも引き継ぎ期間中に行ってください。
A.取引先が旧アドレス宛に連絡してくることがあるため、一定期間は転送または閲覧のみ可能な状態で残すのが実務的です。同時に、主要な取引先には新しい連絡先を案内します。完全に止める時期は、引き継ぎ計画の中で決めておいてください。
A.規模と業種によります。基幹システムへの依存度が高い会社、顧客データを大量に扱う会社では、システムの保守状況・ライセンスの適法性・個人情報の管理体制などが調査対象になります。小規模でも、契約名義と更新期限の確認は最低限行うべき項目です。

Free Consultation

引き継ぎで詰まりやすい点を、先にお伝えします。

成約後に慌てないために、譲渡の段階で整理しておくべきことがあります。ご相談は無料です。
メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら