中小企業では、会社が持っている資産を経営者個人が使っていることが珍しくありません。

社長の車が会社名義。自宅の一部を事務所として会社が負担している。ゴルフ会員権が会社名義。経営者を被保険者とする生命保険。別荘、絵画、ゴルフクラブの会員権。家族が使っている車。

これらは税務の範囲内で処理されていれば違法ではなく、中小企業の普通の姿です。しかしM&Aでは必ず論点になります。買い手は、買った後にこれらをどうするのかを決める必要があるためです。

なぜ論点になるのか

理由は3つあります。

1. 買い手が使わない資産だから。前の経営者の車や自宅の一部は、買い手にとって要らないものです。それを含んだ金額で株式を買うことになるので、分けたいと考えます。

2. 利益の見え方が変わるから。個人が使っている部分の費用は、会社の費用に入っています。これを戻すと、利益が増えます。買い手は「普通に経営したらいくら利益が出るか」で見るので、この調整を行います。

3. 税務のリスクがあるから。処理の仕方が適切でなければ、過去の年度について指摘を受ける可能性が残ります。買った後に指摘が来れば、買い手が負担します。

したがって、買い手が求めることは決まっています。何が、誰が、どう使っているかの一覧。それをどう整理するかの合意。

整理の仕方は3つ

譲渡に際しての扱いは、おおむね3つに分かれます。

個人に移す。譲渡の前に、適正な価額で経営者個人が買い取る形です。車、ゴルフ会員権、別荘などはこの形が多くなります。価額が適正でないと税務の論点が生じます。低い価額で移すと、経営者に給与や賞与として課税される場面があります。

会社に残す。買い手が使う、または売却して現金化する前提で残す形。不動産など金額が大きいものは、価格に織り込んで残すことがあります。

解約・処分する。生命保険は解約して返戻金を会社に入れる形が取られます。ただし、解約のタイミングで会社に益が出て税負担が生じます。

どの形でも、譲渡の対価にどう反映するかを決める必要があります。個人に移した分は会社の資産が減るので、価格が下がります。残した分は価格に含まれます。

この調整を曖昧にすると、クロージングの直前に揉めます。

生命保険の扱いは丁寧に見る

中小企業では、経営者を被保険者とする生命保険に会社が加入していることが多くあります。退職金の原資、万一の備え、以前は節税の目的もありました。

譲渡では、次を確かめます。

  • 契約者・被保険者・受取人。会社が契約者で経営者が被保険者、受取人が会社という形が多くあります。
  • 解約返戻金の額。帳簿の資産計上額と、実際の返戻金が離れていることがあります。
  • 契約者を変更できるか。経営者個人に契約を移す形が取れるか。
  • 退職金の原資として予定していたか。

経営者が退任する場合、保険を続ける意味が薄れます。したがって、解約するか、契約者を個人に変更するかを決めます。

契約者を個人に変更する場合、変更時の評価と課税の扱いが論点になります。解約返戻金の額が課税の基準になる場面があります。

この部分は制度と契約の内容で結論が変わるため、保険会社と税理士の両方に確認する必要があります。

不動産は別枠で考える

会社名義の不動産に経営者が住んでいる、あるいは経営者名義の不動産を会社が使っている。どちらも中小企業では珍しくありません。

会社名義で経営者が住んでいる場合。社宅としての処理が適切に行われているかを確かめます。適正な家賃を取っていないと、経営者への給与として扱われる場面があります。譲渡では、個人に売るか、賃貸借を続けるかを決めます。

経営者名義で会社が使っている場合。工場や事務所の土地建物が個人名義というケースです。この場合、会社を譲っても不動産は個人に残ります。

買い手から見ると、事業の拠点が他人の名義であることになります。選択肢は、買い取る、賃貸借を続ける、移転する、です。

賃貸借を続ける場合、契約の条件を先に決めます。賃料、期間、更新、修繕の負担。それまで契約書が無いまま使っていた会社もあります。

金額が大きい部分なので、株式の価格とは別の交渉になります。先に整理しておくほど、話が早くなります。

家族が関わる部分

家族の扱いも論点になります。

役員になっている配偶者・子。実際に業務を行っているか、報酬が適正か。業務の実態がない役員報酬は、調査で指摘される論点です。

従業員として在籍している家族。買収後に残るのか、退職するのか。

家族が使っている車・携帯電話。

家族への貸付・家族からの借入。

これらは、譲渡の際に退任・退職するのが通常です。その場合の退職金の扱い、残っている貸借の精算を決めます。

感情の面でも難しい部分です。家族に説明する順序とタイミングを、売り手自身が設計する必要があります。買い手から言われてから家族に伝えると、話が壊れることがあります。

先に出すほうが軽く済む

最後に、実務の要点を書きます。

一覧を自分で作って、先に渡すこと。これがいちばん軽く済む進め方です。

作る項目は決まっています。資産の名称、名義、帳簿価額、時価の目安、誰が使っているか、譲渡の際にどうするか(個人に移す・残す・処分する)、その場合の金額。

隠しても、調査で出てきます。固定資産台帳、保険の契約、登記簿、車検証、交際費の内容。どれも確かめられます。

出てきたときに「説明していなかった」という形になると、金額の問題ではなく信用の問題になります。他の数字も疑われます。

逆に、先に出した場合は単なる調整項目になります。「この車は個人に移します」「この保険は解約します」と決めて、価格に反映するだけです。

同じ事実が、順序によって扱いが変わるのがこの論点の特徴です。税務の判断は個別の事情で変わるため、税理士に確認してください。

よくあるご質問

A.税務の範囲内で処理されていれば違法ではなく、中小企業では普通のことです。ただしM&Aでは必ず論点になり、買い手が使わない資産として扱いを決める必要があります。先に一覧を出すほうが軽く済みます。
A.適正な価額で移す必要があります。低い価額で移すと、経営者に給与や賞与として課税される場面があります。評価の根拠を残してください。
A.経営者が退任すると続ける意味が薄れるため、解約するか契約者を個人に変更するかを決めます。解約では会社に益が出て税負担が生じ、契約者の変更では評価と課税の扱いが論点になります。
A.会社を譲っても不動産は個人に残ります。買い取る、賃貸借を続ける、移転するのいずれかを決めます。賃貸借を続ける場合は、賃料・期間・更新・修繕の負担を契約で決めてください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら