工場も事務所も、土地は社長個人の名義。中小企業では珍しくない形です。承継の場面では、これをどう扱うかが大きな論点になります。
なぜこの形になっているのか
背景を整理します。多くは創業時の事情です。
個人で土地を持っていて、そこに会社を作った。あるいは、個人で借り入れて取得したほうが有利だった。
また、法人に持たせると、株価が上がるという理由もあります。不動産が法人の資産になれば、純資産が増え、株式の評価も上がります。
いずれも当時は合理的な判断でした。問題は、承継の場面で切り分けが必要になることです。
後継者にとってのリスク
率直に整理します。事業の土台が、自分のものではないという状態です。
相続で分散する。先代に相続が起きれば、不動産は相続人で分けられます。後継者以外が取得すれば、その人と賃貸借を続けることになります。
賃料を上げられる。契約次第では、更新時に条件を変えられます。
売却される。相続人が換金を望めば、第三者に売られる可能性があります。
使えなくなる。最悪の場合、立ち退きを求められます。
これらは「まさか」と思われますが、相続人が複数いれば起こり得ます。
まず、契約書があるか確認する
最初にやるべきことです。書面の賃貸借契約があるか。
「昔からここでやっている」だけで、契約書がない会社があります。
この状態では、賃料も期間も、法的な根拠が曖昧です。相続が起きたとき、相続人との間で争いになり得ます。
また、買い手から見れば、事業の継続性に不安があります。デューデリジェンスで必ず指摘されます。
契約書を作ってください。賃料、期間、更新の条件、中途解約の予告期間、修繕の負担。これだけで、多くのリスクが下がります。
賃料の水準を確認する
契約書があっても、賃料が相場と合っているかは別問題です。
相場より高い場合。会社の利益が実態より低く出ます。企業価値の算定では調整され、差額が利益に戻されます。ただし、買い手が引き継ぐ前提なら、その賃料が続きます。
相場より低い場合。会社の利益が実態より高く出ています。承継後に適正な賃料に見直されれば、利益は下がります。
無償の場合。使用貸借とされ、権利が弱くなります。
いずれも、税務上の論点があります。近隣の相場を調べ、根拠を持って設定してください。税理士にご確認ください。
相続時の特例との関係
税務上の重要な論点です。小規模宅地等の特例があります。
被相続人等の事業の用に供されていた宅地等について、一定の要件を満たす場合に、相続税の課税価格を減額する制度です。
特定同族会社事業用宅地等に該当すれば、一定の面積まで大幅な減額が受けられる場合があります。
ただし、要件は細かく定められています。会社の株式の保有割合、相続人が役員であること、申告期限まで保有し続けることなど。
この特例が使えるかどうかで、相続税額が大きく変わります。必ず税理士にご確認ください。
第三者へ譲渡する場合
会社を第三者に売る場合、不動産をどうするかが交渉の論点になります。
選択肢は3つです。
① 個人で持ち続け、買い手に貸す。賃料収入が続きます。ただし、買い手は移転する可能性があります。
② 会社に売ってから、会社ごと譲渡する。不動産の価値が譲渡代金に乗ります。会社への売却時に譲渡所得が生じます。
③ 買い手に直接売る。株式の譲渡と不動産の譲渡を別に行う。
税務上の扱いがそれぞれ違います。手取りで比較してください。本社不動産を手元に残せるかもご覧ください。
買い手が嫌がる場合
実務でよくある局面です。買い手は、事業用不動産が他人名義であることを嫌います。
理由は、事業の継続がその人の意向に左右されるためです。
対応としては、長期の賃貸借契約を結ぶことです。10年、20年といった期間を定め、正当な理由なく解約できない形にする。
あるいは、買い手に優先的に買い取る権利を与えるという設計もあります。
「貸し続けます」という口約束では、買い手の不安は消えません。書面にしてください。
後継者が買い取る場合
親族内承継で、後継者が不動産も取得する場合の論点です。
資金が要ります。株式と不動産の両方を買い取るのは、負担が大きい。
方法としては、相続で取得する(遺言で指定)、生前に贈与する、売買するがあります。
相続で取得する場合、他の相続人との公平が問題になります。不動産は金額が大きいためです。
代償分割(後継者が不動産を取得し、他の相続人に金銭を支払う)という方法もありますが、その資金が必要です。
生命保険を使って代償金の原資を用意するという設計が取られることがあります。税理士にご相談ください。
早く決めることが最大の対策
まとめます。この論点は、先代が元気なうちにしか整理できません。
相続が起きてしまえば、相続人全員との交渉になります。人数が増え、意見が分かれます。
やるべきことは3つです。
① 書面の賃貸借契約を結ぶ。これは今すぐできます。
② 不動産を誰が承継するかを決め、遺言に書く。
③ 将来、会社が買い取るのか、個人で持ち続けるのかの方針を決める。
①だけでも、今日から着手できます。費用もほとんどかかりません。まずここから始めてください。