買収した後、人を動かす必要が出ます。管理の体制を整えるために本社から人を送る、技術を学ぶために受け入れる、空いた役職を埋める。

このとき取れる形が2つあります。転籍(籍そのものを移す)と出向(籍を残したまま別の会社で働く)です。

出向は、元の会社との雇用関係を残したまま、出向先の指揮の下で働く形です。戻る前提があるので、本人の受け入れやすさが違います。買収直後の時期に使いやすい仕組みです。

転籍との違い

違いを整理します。

転籍は、元の会社との雇用関係を終わらせ、新しい会社と契約を結び直す形です。本人の同意が必要で、勤続年数、退職金の計算、社会保険の扱いをどうするかを決めることになります。戻る前提がありません。

出向は、元の会社との雇用関係が続きます。給与の支払いをどちらがするか、労務の管理をどちらがするかを取り決めます。期間を決めて、終われば戻ります。

買収直後の時期には、出向が選ばれることが多くあります。理由は3つです。

  • 本人の不安が小さい。戻る場所があるので、送られる側も受け入れやすくなります。
  • やめられる。合わなければ期間の途中でも戻せます。転籍だと戻すのが難しくなります。
  • 処遇を変えなくて済む。給与や評価の制度を統合する前でも動けます。

一方で、長期に続けると「どちらの会社の人なのか」が曖昧になります。期間を決めておく意味はここにあります。

在籍出向と転籍出向

出向には、元の会社に籍を残す在籍出向と、籍を移す転籍出向という言い方があります。後者は実質的に転籍と同じです。

ここで押さえるのは、在籍出向でも本人の同意に関する論点があることです。就業規則や労働契約に出向の定めがあり、その内容が合理的であることが前提になります。

定めが無い会社で突然出向を命じると、本人が拒否できる余地が生まれます。したがって、就業規則に出向の定めがあるかを先に確かめます。

加えて、権利の濫用にあたる出向命令は無効とされる定めが労働契約法にあります。必要性、対象者の選定、本人の生活への配慮が見られます。

遠方への出向で住居が変わる場合、家族の事情がある場合は、特に慎重に扱う部分です。命令として出すのではなく、話して合意する形が実務的です。

給与と費用の負担

出向では、給与を誰が払うかを決めます。形は3つあります。

元の会社が払い、出向先が元の会社に負担金を払う。最も多い形です。本人の給与の条件が変わらないので、手続きが軽くなります。

出向先が払う。この場合、元の会社との雇用関係はあるが給与は出向先から出る形になります。

両方が分けて払う。差額を元の会社が補填する形。出向先の給与水準が低い場合に使われます。

税務では、負担金の金額が適正かどうかが論点になります。実際の給与の額と大きく離れていると、寄附金や給与として扱われる場面があります。

加えて、グループ会社間での出向では、移転価格や寄附金の論点が出ることがあります。親子会社の間で負担を不自然に偏らせると、税務上の問題になります。

したがって、負担金の算定根拠を文書に残すことになります。契約書に、給与、賞与、社会保険料、通勤費、住宅手当のどこまでを負担するのかを書きます。

社会保険と労働保険

手続きが分かれる部分です。

社会保険(健康保険・厚生年金)は、給与を支払う会社で加入するのが基本です。したがって、給与の支払い方を変えると資格の取得・喪失の手続きが生じます。両方から給与が出る場合は、別の扱いになります。

労災保険は、実際に働いている場所(出向先)で適用されるのが原則です。ここを間違えると、事故が起きたときに手続きが混乱します。

雇用保険は、主たる賃金を受ける会社で加入します。

実務では、出向の形を決める前に社会保険労務士に確認するのが確実です。手続きを間に合わせるには、出向の開始前に動く必要があります。

加えて、有給休暇の扱いを決めます。在籍出向では元の会社の権利が続くのが基本ですが、出向先での取得の管理をどうするかは取り決めになります。

買収後の使いどころ

買収した会社との間で、実際にどう使うかを整理します。

管理部門を支える。経理、人事、システムの担当を一定期間送る。小さい会社では管理部門が1人だけのことが多く、その人が辞めると回らなくなります。引き継ぎの期間を作る意味があります。

技術を学ぶ。買った会社の技術を自社に取り込むため、自社の人を送って学ばせる。逆に、買った会社の技術者を自社に受け入れる形もあります。

経営者を補う。前の経営者が退く場合、後任を送ります。ただしいきなり送ると現場が反発することがあるので、前の経営者が残る期間と重ねる設計が取られます。

若手を経験させる。買収した会社の規模が小さいと、若手が広い範囲を任される機会になります。

どの使い方でも、期間と目的を本人に伝えることが実務で効きます。「いつまで、何のために」が分からないまま送られると、送られた側も受け入れる側も不安になります。

現場で起きること

最後に、実際に起きやすいことを挙げます。

出向者が浮く。本社から来た人として扱われ、現場の情報が入らない。対策は、役割を明確にすることと、現場の業務を一部担わせることです。

給与の差が知られる。本社の給与水準が高いと、出向者の処遇が現場に伝わって不満になります。これは制度の統合の話につながります。

期間が延び続ける。目的が達成されないまま延長され、本人のキャリアが止まります。期間を決め、延長するなら理由を記録します。

戻る場所が無くなる。長期の出向で元の部署が変わり、戻れなくなる。これは本人にとっていちばん重い問題です。

これらは制度の設計では防げず、運用で対応する部分です。出向させた人と定期的に話す仕組みを作ることが、実務的な手当てになります。労務・税務の判断は個別の事情で変わるため、社会保険労務士・税理士に確認してください。

よくあるご質問

A.出向は元の会社との雇用関係を残したまま別の会社で働く形で、期間を決めて戻ります。転籍は雇用関係を終わらせて新しい会社と契約を結び直す形で、本人の同意が必要になり戻る前提がありません。
A.就業規則や労働契約に出向の定めがあり、その内容が合理的であることが前提です。定めが無い場合は本人が拒否できる余地があり、権利の濫用にあたる命令は無効とされる定めもあります。
A.元の会社が払い出向先が負担金を払う形が多く使われます。負担金の金額が実際の給与と大きく離れていると、寄附金や給与として扱われる場面があるため、算定根拠を契約書に残してください。
A.実際に働いている場所(出向先)で適用されるのが原則です。社会保険は給与を支払う会社で加入するのが基本となり、形が変われば資格の取得・喪失の手続きが生じます。社会保険労務士に確認してください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら