相談の場に社長本人が出てこないことがあります。息子が代わりに来る、顧問税理士が窓口になる、配偶者が話を進める——いずれも実務では起こります。
代理人を通す形そのものに問題はありません。問題は、誰の意思で進んでいるのかが曖昧なまま進むことです。株式を持っているのは社長本人で、譲渡の意思を決めるのも本人です。本人が納得していない案件は、どこかで止まります。本稿では、確かめる項目と確認の仕方を整理します。
最初に確かめる三つ
代理人が出てきたら、次の三つを早い段階で確かめます。
第一に、株主が誰かです。代理人が株主でない場合、その人には譲渡を決める権限がありません。株主名簿で確認します。社長本人が全株を持っている場合と、家族に分散している場合で、話の進め方が変わります。
第二に、本人が譲渡を了解しているかです。代理人の説明だけで判断しないようにします。「父も納得しています」という説明が、実際には本人に伝わっていなかったという場面が実務にはあります。
第三に、なぜ代理人を立てているかです。高齢で体調に不安がある、本業で時間が取れない、本人が話したがらない——理由によって、その後の進め方が変わります。本人が話したがらないのであれば、その理由が案件の論点になることもあります。
本人の意思をどう確認するか
本人に会わずに進める形は避けたいところですが、事情で会えないこともあります。段階に応じて、確認の重さを変えるのが実務的です。
初期の相談段階であれば、代理人を通した聞き取りで進められます。この段階では情報を集めているだけで、まだ何も決めていません。
仲介契約を結ぶ段階では、本人の署名が必要です。本人に会って説明し、質問を受ける機会を作ります。会えない場合は、どういう形で意思を確認したかを記録に残します。
基本合意と最終契約の段階では、本人の意思確認が欠かせません。株式を手放す意思決定そのものなので、代理人の判断で済ませることはできません。委任状がある場合でも、委任の範囲がこの行為を含むかを確かめます。
なお、本人の判断能力に不安がある場合は、法律上の手続きが必要になることがあります。この判断は仲介者が行うものではないため、弁護士に相談してください。
代理人が株主でない場合
実務でよくあるのは、次の社長になる予定の息子が窓口になっている形です。この場合、息子はまだ株主ではないことが多く、譲渡の当事者ではありません。
この形で気をつけるのは、息子と本人の希望が違う場面です。息子は会社を継がないことを前提に話を進め、本人はまだ継いでほしいと思っている、という食い違いが出ることがあります。食い違いが残ったまま進むと、買い手が決まった段階で止まります。
仲介者ができるのは、両方の希望を別々に聞くことです。同席の場では本人が本音を言いにくいことがあるため、別に話す機会を作ります。家族が同席する面談の進め方は家族が同席する面談にまとめています。
顧問税理士が窓口の場合も同じです。先生の判断と本人の希望は別のもので、先生が良いと考える形が本人の望む形とは限りません。「顧問税理士に止められている」と言われたときも参考になります。
買い手にどう見えるか
代理人を通している案件は、買い手の側からは見えにくい部分があります。面談に本人が出てこなければ、買い手は「本当に売る気があるのか」を疑います。
買い手が気にするのは、譲渡後に本人が気を変えないかどうかです。株式を手放したあとに「こんな話ではなかった」と言われると、引き継ぎが滞ります。従業員や取引先への説明も、前社長の協力がなければ進みません。
だから買い手は、トップ面談で本人に会いたがります。会って話せば、売る意思の強さと、引き継ぎに協力する姿勢が分かります。代理人だけでは、そこが読めません。
本人が面談に出られない事情があるときは、その事情を買い手に先に伝えます。体調の問題であれば、引き継ぎの期間をどう設計するかという具体的な話に移れます。伝えずに代理人だけで面談を重ねると、買い手は理由を想像し、悪いほうに読みます。
仲介者としては、本人が出られる形を探すことも仕事です。時間を短くする、場所を会社ではなく自宅の近くにする、同席者を減らす——条件を変えれば出られることがあります。1回でも本人に会ってもらえれば、買い手の見方は変わります。
記録に残すこと
代理人を通す案件では、誰がいつ何を了解したかを記録しておく必要があります。後から「聞いていない」と言われたときに、確かめられる形にしておくためです。
残しておきたいのは次の点です。本人と会った日と、その場で説明した内容。代理人から受けた指示と、その根拠となる本人の意向。委任状がある場合はその範囲。株主名簿で確認した株主の構成と確認日。
記録は、売り手を疑うためのものではありません。代理人を通すと伝言の過程で内容が変わるため、どこで変わったかを後から辿れるようにしておくものです。実務では、悪意なく伝わり方が変わる場面のほうが多くあります。
相談記録の残し方そのものは、案件の種類によらず仲介者の基本です。記録があることで、担当が替わっても案件が続けられます。
なお、個別の判断は案件の事情によって変わります。法務・税務にまたがる論点は、弁護士・税理士などの専門家に確認してください。
代理人が立っている事情は、案件ごとに違います。事情そのものを問題として扱うのではなく、その事情を前提に進め方を組み替えるのが実務です。会えない相手を責めても案件は進みません。