譲渡の相談は、経営者お一人で完結しません。会社が家計と重なっていること、株式をご家族が持っていること、ご自宅が担保に入っていること。会社の話が、そのまま家族の話になるのが中小企業の実際です。本稿では、ご家族が面談に同席された場面での進め方を扱います。ご本人がいらっしゃらない相談については「相談者が経営者本人でないとき」を、同席者の決め方そのものは「面談の場所と同席者の決め方」をご覧ください。当社の募集要項は採用情報をご覧ください。
誰が同席されるかで、論点が変わる
同席される方の立場によって、関心の中心が違います。最初に把握しておくと、話の順序を組み立てられます。
| 同席者 | 関心の中心 | 確認しておくこと |
|---|---|---|
| 配偶者 | ご本人の健康、譲渡後の生活、連帯保証や担保 | 株主かどうか、役員かどうか、保証人かどうか |
| お子様(社内) | 自分の処遇、従業員との関係、承継しない選択の受け止め | 役員・従業員としての立場、株式の保有 |
| お子様(社外) | 親の生活、相続、株式の扱い | 株主かどうか、将来の相続関係 |
| ご兄弟・親族 | 株式の持分、創業以来の経緯 | 持株比率、過去の取り決めの有無 |
| 会社の幹部 | 従業員の雇用、取引先との関係 | ご家族とは扱いが異なる。開示範囲の確認が先 |
最初に確認すべきは、その方が株主かどうかです。株式を持っておられるなら、同席者ではなく当事者です。譲渡には株主の意思が必要になりますから、意見が分かれること自体が工程上の論点になります。株式が分散している場合の整理は「株式が分散している案件の集約」で扱っています。
次に、保証人・担保提供者かどうか。ご自宅が担保に入っている場合、配偶者の方にとっては生活基盤そのものの話になります。経営者保証の解除がどう進むかは、早い段階でお伝えしておくべき事項です。
同席は、歓迎してよい
同席を煩わしく感じるのは、進め方が逆になっているときです。ご家族が入っておられるほうが、案件は安定します。
- 後から反対が出にくい——最終盤でご家族の反対が出て止まる例は珍しくありません。早い段階から共有されているほうが、結果として早い
- 情報が正確になる——ご本人が言いにくいこと(健康のこと、後継者のこと)を、ご家族が補われる場面があります
- 決断の負荷が分散する——お一人で抱えておられた重さが軽くなります
- 秘密の範囲が明確になる——誰までが知っているかが、はっきりします
ただし、同席者が増えるほど情報の広がりは大きくなります。誰まで共有されているかを毎回確認し、次に会う方が増えるときは、事前に秘密保持の考え方をお伝えします。ご家族であっても、社内に漏れれば従業員・取引先に影響が及ぶという点は同じです。
実務上は、初回に「どなたとご相談されていますか」と伺うのが自然です。これは同席者を制限するための質問ではなく、情報の届く範囲を把握して、行き違いを防ぐための質問です。
意見が分かれたとき、どう扱うか
その場で意見が割れることがあります。譲渡そのものへの賛否、価格の水準、時期、従業員の処遇。その場で決着させようとしないことが原則です。
- どちらかの側に立たない——仲介者が一方に加勢すると、家族の中の力関係に介入することになります。こちらの役割ではありません
- 意見の違いを、情報の違いに分解する——「反対」の中身は、たいてい「知らない」ことへの不安です。何がご心配かを一つずつ言葉にしていただく
- 事実で埋められる部分を先に埋める——譲渡後に会社がどうなるか、従業員はどうなるか、税負担はどうなるか。事実で解ける不安は事実で解く
- 価値観の違いは、そのまま残す——創業家として残したいという思いは、情報では変わりません。無理に一致させない
- 持ち帰っていただく——「本日は決めずに、ご家族でお話しいただく時間を取ってください」と、こちらから申し上げる
四つ目と五つ目が重要です。仲介者が一致を急がせると、その場では収まっても、後で必ず出てきます。しかも出てくるのは、最終契約の直前など、いちばん動かしにくい局面です。早い段階で割れているほうが、扱いやすい。
個別に呼ばれることもあります。「妻には言っていないのですが」「父には内緒で」。この場合、聞いた情報を誰に伝えるかの線をその場で確認します。黙って預かると、後で板挟みになります。「この点は、ご本人からお話しいただく形にしていただけますか」とお願いすることも含めて、扱いを決めます。
また、意見が分かれていること自体を買い手に伝えるかどうかも判断が要ります。株主の意思が揃っていないことは、取引の成立に関わる事実です。隠したまま進めれば、後で買い手の信頼を失います。開示の仕方はご本人と相談して決めますが、事実を隠す方向の合意はしないことが原則です。
面談の進め方の実際
同席の場では、進行そのものに配慮が要ります。細かいようですが、差が出ます。
- ご本人に向かって話す——決めるのはご本人です。ご家族のほうが発言が多い場でも、視線と説明の軸はご本人に置きます
- ご家族にも必ず話を向ける——最後まで一度も発言されない方がいる場合、意見がないのではなく、言いにくいだけのことがあります
- 専門用語を減らす——社内の方でない同席者には、初めての語が多くなります
- 資料は人数分用意する——一部を回し読みしていただく形にすると、疎外感が生まれます。持ち帰りの可否は、秘密保持の観点から先に決めておきます
- その場で決めていただかない——「本日お決めいただく必要はありません」と冒頭で申し上げる
- 記録に同席者を残す——誰がいつ何を聞いたかは、後から重要になります
最後から二つ目は、当社が方針として明示している点でもあります。ご契約やご決断を急がせません。ご家族が同席される場は、その場の空気で結論が出てしまいやすい場でもあります。持ち帰る時間をこちらから用意することが、結果として良い意思決定につながります。
なお、相続や贈与、株式の評価に関わる話題は、ほぼ確実に出ます。制度の枠組みはご説明できますが、具体的な適用は税理士にご確認くださいと必ず添えてください。ご家族の前で税額の見込みを口にすると、その数字が家族内の前提として固まってしまいます。
まとめ|家族の合意は、工程の一部である
要点を整理します。
- 同席者が株主か、保証人か、役員かを最初に確認する。株主なら当事者として扱う
- 同席は歓迎してよい。後からの反対が減り、情報も正確になる
- 情報の届く範囲を毎回確認する。ご家族であっても秘密保持の考え方をお伝えする
- 意見が割れたら、どちらにも立たない。情報の不足で解ける部分と、価値観の違いを分ける
- その場で一致させない。持ち帰る時間をこちらから用意する
- 個別に聞いた話は、誰に伝えるかの線をその場で確認する
- 税務は制度の枠組みまで。具体的な適用は税理士にご確認いただく
ご家族の合意形成は、案件の外側にある雑務ではありません。株主の意思が揃っていることは、取引が成立するための条件そのものです。工程の一部として時間を見込んでおくことが、結果として最も確実な進め方になります。