相談を受けたとき、受託するかどうかの判断は早い段階で必要になります。受けてから止まる案件は、売り手にとっても仲介者にとっても損失が大きく、しかも止まる理由は最初の面談で見えていることが多いのが実務の実感です。

本稿では、受けたあとに止まりやすい案件の特徴、線を先に決めておく意味、断るときの伝え方を整理します。なお「受けない」は「価値がない」という意味ではありません。いまの段階では進められないというだけで、条件が整えば受けられる案件も多くあります。

受けたあとに止まりやすい形

実務でよく見るのは次の形です。いずれも最初の面談で確かめられます。

  • 株主が揃っていない——株式が分散していて、集約の見通しが立っていない。相続の途中で誰の持ち分か確定していない場合も含みます
  • 家族の合意が取れていない——配偶者や子に話していない、あるいは反対されている。進めてから止まると、売り手の社内にも痕跡が残ります
  • 売る理由が定まっていない——高く売れるなら、という条件だけが先に立っている。価格だけで動く案件は、提示額が想定を下回った時点で止まります
  • 決算の内容が把握されていない——社長が自社の数字を説明できない。顧問税理士に任せきりで、何が資産で何が負債かを答えられない状態です
  • 期限だけが決まっている——事情があって短期で終えたい一方、資料も株主も整っていない

これらは「断る理由」ではなく、受ける前に整えてもらう項目です。整えるのに数か月かかることもあります。その見通しを最初に共有するかどうかで、案件の進み方が変わります。

線を先に決めておく意味

受託の線を案件ごとに考えると、判断が揺れます。相談の件数が少ない時期には受けたくなり、忙しい時期には断りたくなるためです。自分の都合で線が動くのは、売り手に対して不公平です。

先に決めておくとよいのは、次のような形です。

  • 株主の集約に見通しが立たない案件は、見通しが立つまで着手しない
  • 家族に話していない案件は、話したあとに再開する
  • 売る理由が価格だけの案件は、他の選択肢(廃業・一部譲渡・承継)と並べて説明した上で判断してもらう

線を文章にしておくと、断るときの説明も一貫します。「今回は受けられません」ではなく「この条件が整えば受けられます」と言えるためです。

他社にも相談していると言われた場面の扱いはセカンドオピニオンをどう扱うかにまとめています。

断るときに伝えること

断る場面で避けたいのは、売り手が「自分の会社には価値がない」と受け取ることです。実際には、株主の整理や家族の合意という手続きの話であることが多く、会社の評価とは別の論点です。

伝える順番は次のようにします。

  1. いま進められない理由を、手続きの話として具体的に言う
  2. 何が整えば進められるかを、やることの形で示す
  3. 整えるのに必要な相手(税理士・司法書士・家族)を挙げる
  4. 整ったらいつでも戻ってきてよいことを伝える

この4つを伝えておくと、半年後に連絡が来ることがあります。逆に理由を曖昧にしたまま断ると、売り手は別の仲介に行き、同じところで止まります。

受けたあとに条件が変わった場合

受託の時点で整っていた前提が、進行中に変わることがあります。株主の一人が翻意した、家族が反対に回った、決算の内容が思っていたものと違った、といった形です。

このとき避けたいのは、前提が変わったことを売り手に伝えないまま進めることです。買い手との交渉が進んでから前提の崩れが露出すると、売り手の信用が落ち、仲介者も同じ扱いを受けます。

実務では、変わった時点で三つを確かめます。第一に、変わったのは事実か、それとも一時の感情かを本人に直接聞きます。伝聞で判断すると、実際には翻意していなかったという場合に案件を止めてしまいます。第二に、いまの前提のままで進めるとどこで止まるかを具体的に書き出します。株主の一人が応じないだけであれば、譲渡する株数を変えて進められることもあります。第三に、買い手へいつ伝えるかを売り手と決めます。

買い手に伝える時期は、早いほうが選択肢が残ります。基本合意の前であれば条件の修正で済むことが、最終契約の直前では白紙に戻ります。前提が崩れたまま進めた案件は、止まるときの損失が大きくなります。売り手は時間と、場合によっては社内での信用を失います。買い手は検討にかけた費用を失います。仲介者は両方から信用を失います。止めるという判断も、受託の線を引いたときと同じ基準で行うのが筋です。

受けると決めたあとに確かめること

受託を決めたら、最初の2週間で確かめておきたい項目があります。あとから出てくると日程が崩れるものです。

  • 株主名簿と定款の現物。株券発行会社かどうかも併せて確認します
  • 直近3期の決算書と、申告書の別表
  • 許認可の種類と有効期限。承継できるかは業種によって異なります
  • 不動産の登記。社長個人の名義が混ざっていないか
  • 借入の残高と、経営者保証の有無
  • 係争の有無。訴訟・労働審判・行政指導を含みます

この段階で全部揃うことは少ないので、揃っていない項目を一覧にして売り手と共有するのが実務的です。「あとで出します」のまま進むと、DDの直前にまとめて出てくることになります。

なお、個別の判断は案件の事情によって変わります。法務・税務にまたがる論点は、弁護士・税理士などの専門家に確認してください。

受託の前に確かめる項目を一覧にしておくと、面談のたびに同じ順で聞けるようになります。順番が決まっていると、聞き漏らしが減るだけでなく、売り手にとっても「何を準備すればよいか」が分かりやすくなります。相談の場で即答できない項目があっても構いません。何を調べれば答えられるかが分かれば、次の面談までに準備してもらえます。

一覧は案件を重ねるたびに増えていきます。実務で止まった論点を一つずつ足していくと、同じところで止まらなくなります。

よくあるご質問

A.売り手の同意が必要です。会社名や事業の内容を伝えること自体が情報の開示になるため、何をどこまで伝えるかを先に売り手と決めてください。
A.集約の見通しが立つかどうかで判断が変わります。連絡が取れていて協力が得られる見込みがあれば進められます。所在の分からない株主がいる場合は、先に手続きが必要になります。
A.相談そのものは受けられます。進める段階で合意が必要になるため、どの時点で話すかを一緒に決めておくことをおすすめします。

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執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら