買い手に打診するとき、売り手の希望価格を示すかどうかは判断の分かれるところです。先に示せば検討が早く進む一方、示した額が上限になります。示さなければ買い手の評価が見えますが、関心の薄い相手との往復が増えます。

どちらが正しいという答えはありません。案件の条件によって変わります。本稿では、先に出す場合と後に出す場合のそれぞれで何が起こるかを整理し、売り手に説明しておくことをまとめます。

先に出すと何が起こるか

希望価格を先に示すと、買い手は検討に入るかどうかを早く判断できます。相場から大きく離れていれば、その時点で辞退します。往復の回数が減るのが最大の効果です。

副作用は、示した額が交渉の上限になることです。買い手は示された額から上に行くことはほとんどなく、そこから下げる交渉に入ります。もし買い手の評価が希望額より高かった場合、その差は表に出ません。

もう一つの副作用は、額の根拠を問われることです。「なぜこの額なのか」に答えられないと、交渉の土台が崩れます。根拠が「このくらい欲しい」だけであれば、示さないほうが安全です。

先に出すのが向くのは、売り手に譲れない下限がある場合です。借入の返済に必要な額、退職後の生活に必要な額——下限が決まっているなら、それを下回る相手と時間を使う意味がありません。

後に出すと何が起こるか

希望価格を示さずに打診すると、買い手が自分で評価して額を出してきます。売り手の想定より高い額が出ることがあります。

ただし、買い手が額を出すまでに時間がかかります。買い手は社内で検討し、場合によっては簡易な評価を行います。関心の薄い相手も形だけ検討に入るため、往復が増えます。

また、買い手が低い額を出してきたときの扱いが難しくなります。先に下限を示していれば辞退で済んだところを、額が出てから断ることになります。買い手は検討に時間を使っているので、断り方に配慮が必要です。

後に出すのが向くのは、評価の幅が大きい会社です。保有する不動産、特殊な技術、許認可——買い手によって価値の見方が変わる要素があるなら、先に額を決めずに評価を見たほうが有利になることがあります。

売り手に説明しておくこと

どちらを選ぶかは売り手が決めることです。仲介者が決めてしまうと、結果が想定と違ったときに説明がつきません。

説明するのは三点です。第一に、先に出せば検討が早く進むが示した額が上限になること。第二に、出さなければ評価が見えるが時間がかかること。第三に、どちらを選んでも、最後は買い手の評価で決まることです。

売り手は、希望額を示せばその額で売れると考えることがあります。そうではないことを先に伝えておかないと、低い額が出た段階で「希望を伝えたのに」という不満になります。

希望額の根拠についても一緒に整理します。算定した企業価値を説明する場面と同じで、額そのものより、どう考えてその額になったのかを共有しておくと、交渉の局面で判断が早くなります。

示す場合の書き方

示すと決めた場合、額の書き方で受け取られ方が変わります。

一点の額を書くと、その額が基準になります。幅で書くと、下限が基準になります。幅で書いた場合、買い手は下限から交渉を始めます。幅の下限は、売り手が受け入れられる額にします。

「応相談」と書く形もあります。これは示していないのと同じで、買い手は評価を出してきます。ただし売り手に下限があるなら、応相談と書いていても下限は社内で持っておきます。

額に条件を付ける場合もあります。退職金の支給を前提とする、不動産を含む・含まない、借入の扱い——これらが変わると額の意味が変わります。条件を書かずに額だけ示すと、後の交渉で前提がずれます。

額が出たあとの進め方

買い手から額が出たら、売り手に伝える前に中身を確かめます。何を前提にした額なのか、支払いの時期はいつか、分割や条件付きの部分があるか。

額だけを伝えると、売り手は手元に残る金額と勘違いします。税金が引かれること、仲介の手数料がかかること、借入の返済が必要な場合があること——これらを含めて説明します。

複数の買い手から額が出た場合は、並べて見せます。額だけでなく、支払いの時期、従業員の扱い、社長の引き継ぎ期間、表明保証の範囲まで並べると、額の高い相手が必ずしも良い相手ではないことが見えます。

額の開きが埋まらない場合は、額以外の条件を動かす余地を探します。支払いの時期、引き継ぎの期間、退職金の設計——動かせるものがあれば、額を変えずに合意に近づけることがあります。

仲介者が持っておく線

価格の話では、仲介者の立ち位置が問われます。高く売れたほうが報酬は増えますが、高い額にこだわって案件が止まれば売り手の損失になります。

持っておきたい線は、売り手が何のために売るのかを基準にすることです。借入の返済が目的なら、返済できる額で合意する価値があります。従業員の雇用が目的なら、雇用を守る相手を優先する判断があります。額だけを追うと、売り手の目的から外れます。

また、売り手に額の見通しを早く伝えることも線のひとつです。相場から離れた希望を持っている売り手に、そのまま打診を続けると時間だけが過ぎます。難しいことは早く伝えたほうが、売り手は次を考えられます。

伝え方には配慮が必要です。会社の価値を否定されたと受け取られると、その後の話が進みません。事実と理由を分けて、どうすれば近づくかまで示します。

なお、個別の判断は案件の事情によって変わります。法務・税務にまたがる論点は、弁護士・税理士などの専門家に確認してください。

よくあるご質問

A.ほとんどの場合そうなります。買い手は示された額から下げる交渉に入ります。買い手の評価が希望額より高かった場合も、その差は表に出ません。
A.幅で示すと買い手は下限から交渉を始めます。下限は売り手が受け入れられる額にしてください。一点で示す場合は、その額の根拠を説明できることが前提になります。
A.額以外の条件も並べて見ることをおすすめします。支払いの時期、従業員の扱い、引き継ぎの期間、表明保証の範囲が違えば、額が高くても売り手の目的に合わないことがあります。

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執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

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