新卒でM&A業界を志望する方が増えています。一方で、この仕事は経営者と一対一で向き合う仕事です。二十代前半という年齢が、率直に言って不利に働く場面があります。それを分かったうえで入るのと、知らずに入るのとでは、最初の数年の過ごし方が変わります。
何をする仕事なのか
M&Aアドバイザーの仕事は、譲渡を考える経営者と出会い、会社の価値を整理し、相手を探し、条件を交渉し、契約とクロージングまで導くことです。
華やかに語られることもありますが、実際の時間の多くは地道な作業に費やされます。企業のリストを作り、電話をかけ、決算書を読み、資料を作り、議事録を確認し、関係者の日程を調整する。
そして、案件の多くはまとまりません。半年かけて進めた話が、最後の局面で破談になることもあります。この不確実性に耐えられるかどうかが、続けられるかを分けます。
若さが不利に働く場面
正直に申し上げます。二十代前半のアドバイザーが、六十代の経営者から「この人に任せよう」と思ってもらうのは簡単ではありません。
経営者が向き合っているのは、数十年かけて築いた会社の行く末です。従業員の生活も、取引先との関係も背負っています。その重さを分かっている相手かどうかを、経営者は見ます。
年齢そのものは変えられません。埋められるのは、準備の量です。会社の沿革を調べ尽くしてから面談に臨む、業界の制度や商慣行を理解しておく、決算書を数字ではなく事業として読めるようにする。準備の差は、相手に伝わります。
最初の数年で身につけるべきこと
実務の観点から、優先順位をつけるならこの順です。
第一に、決算書を読む力。数字が何を意味するのか、どこを見れば事業の実態が分かるのかを、時間をかけて身につけます。第二に、聞く力。経営者の話を遮らずに聞き、本音がどこにあるかを掴む力です。第三に、段取りの力。関係者が多く、期限のある仕事です。抜けと遅れが信頼を失わせます。
交渉の技術や法務の知識は、後からでも身につきます。しかし、この三つは早いうちに癖にしておくほうが伸びます。
誠実さが、この仕事では実利になる
M&A仲介は、情報の非対称性が大きい仕事です。経営者は、多くの場合、人生で一度きりの取引をします。アドバイザーのほうが圧倒的に情報を持っています。
だからこそ、顧客に不利な情報も伝えられるかどうかが問われます。中小M&Aガイドライン(第3版)も、重要事項の説明や利益相反の開示を求めています。
若いうちは、目先の成約を優先したくなる場面が来ます。そこで踏みとどまれるかどうかが、五年後、十年後の信頼の差になります。この業界は、紹介で仕事が来る世界です。誠実さは理想論ではなく、実利です。
会社選びで見るべきところ
新卒で入る場合、会社選びは特に重要です。最初に身につけた作法が、その後の基準になるからです。
見ておきたいのは、教育の仕組みがあるか(誰が、どう教えるのか)、案件に関われる時期(何年目から担当を持てるのか)、担当の持ち方(分業か、一気通貫か)、報酬の構造(固定と変動の比率)、そしてガイドラインの遵守にどういう姿勢かです。
とくに分業か一気通貫かは、成長の速度に直結します。ソーシングだけ、資料作成だけを数年続けると、全体像が見えないまま時間が過ぎます。報酬の仕組みも併せてご覧ください。
新卒でなくても入れる業界
付け加えておくと、この業界は中途採用が中心です。金融機関、会計事務所、法人営業。他業界で経験を積んでから入る人が多くを占めます。
ですから、「新卒で入らなければ手遅れ」ということはありません。むしろ、事業会社で数年働いて経営の現場を知ってから入るほうが、経営者と話が通じるという面もあります。
新卒で入るなら、その分だけ長く経験を積めるという利点を活かす。他業界を経てから入るなら、その経験を武器にする。どちらの道もあります。
この仕事の報われ方
最後に、この仕事の手応えについて。
M&Aがまとまったとき、経営者から言われる言葉があります。「これで安心して任せられる」「従業員を守れた」。数十年の重荷を下ろした人の表情は、他の仕事ではなかなか見られないものです。
帝国データバンクの2025年の調査では、後継者不在率は50.1%とされています。継ぐ人がいないという理由だけで、技術も雇用も失われていく。そこに手を差し伸べられる仕事だと考えています。
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