本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。初期の概況整理で、株主構成と並んで先に押さえるべきなのが不動産・借入・保証の三点です。この三つは、価格の構造そのものを変えるうえ、後から判明すると条件の組み直しが必要になります。しかも中小企業では、会社と個人の資産が入り混じっているのが普通です。本稿では、受託前後に確認すべき事項と、それを条件の議論にどうつなぐかを書きます。全体の整理は「会社概況の初期整理」を、資本構成の確認は「資本構成の確認」を併せてお読みください。

この三つを初期に見る理由

理由は単純で、買い手の検討の前提が変わるからです。同じ事業内容・同じ利益でも、工場の土地建物が会社所有なのかオーナー個人所有なのかで、買い手が引き継ぐものはまったく違います。前者なら不動産ごと取得することになり、必要な資金も価格の考え方も変わる。後者なら譲渡後の賃貸借条件を決める必要があり、その条件次第で利益水準も変わります。

借入も同様です。当社の成功報酬は移動総資産レーマン方式で、基準額は株式価値(譲渡対価)+負債総額ですから、負債の規模は報酬の説明にも直結します。しかしそれ以上に、借入の条件(金利、返済期日、財務制限条項、担保)が譲渡後の資金繰りを左右し、買い手の資金調達の設計に影響します。

そして経営者保証。オーナーにとっては、譲渡の目的そのものが「個人保証から解放されること」である場合すらあります。ここを曖昧にしたまま進めると、最後の最後で「保証が外れないなら譲渡しない」となりかねません。

不動産|所有形態と権利関係をまず特定する

事業に使っている不動産を一つずつ、次の項目で整理します。

確認項目見るもの・聞くもの
所有者会社、オーナー個人、親族、資産管理会社、第三者。登記事項証明書で確認する
用途と重要性本社、工場、店舗、倉庫、社宅。事業継続に不可欠かどうか
賃貸借の条件賃料、期間、更新、契約書の有無。オーナー所有の場合、賃料が相場と乖離していないか
担保抵当権・根抵当権の設定状況、被担保債権、極度額
法令上の制約用途地域、既存不適格、増改築の履歴、境界の確定状況
その他の権利賃借人の有無、地役権、私道の持分、共有の状況

登記事項証明書は必ず自分で取得してください。オーナーの記憶と登記が食い違うことはあります。共有になっている、相続登記が未了、といった事実は登記を見なければ分かりません。

オーナー個人が所有している場合、選択肢は大きく三つです。譲渡後も賃貸借を継続する、株式譲渡と同時に不動産も売買する、資産管理会社に移して賃貸する。それぞれ税務上の取り扱いが異なり、判断は税理士に委ねます。仲介者がすべきは、どの方向で進めるかをオーナーと早期に合意し、買い手への説明に一貫性を持たせることです。打診の途中で方針が変わると、買い手の信頼を失います。詳しくは「不動産を持つ会社のM&A」も参照してください。

借入と担保|残高より、条件と紐づきを見る

借入金明細を作ってもらい、次の粒度で把握します。

  • 金融機関名、当初金額、現在残高、金利、返済期日、返済方法(元金均等・期日一括など)
  • 担保の内容(不動産、売掛債権、在庫、預金、株式)
  • 保証(個人保証、保証協会、第三者保証)
  • 約定に関する特約(財務制限条項、支配権異動に関する条項の有無)
  • 借入の使途(設備、運転、納税、コロナ関連など)と、実際の資金の行き先

特に注意すべきは支配権の異動に関する条項です。株主が変わることが期限の利益喪失事由や事前承諾事項になっている場合、金融機関への説明と同意取得が必要になります。契約書を確認せずに「株式譲渡だから借入はそのまま」と説明するのは危険です。

また、役員貸付金・借入金も併せて整理します。会社からオーナーへの貸付が残っていると、買い手は基本的にこれを嫌います。譲渡までに精算するのか、価格で調整するのかを早期に決めておく必要があります(「役員貸付金・借入金の処理」参照)。

金融機関との接触は、必ずオーナーの同意を得てから行ってください。譲渡の検討を金融機関が知ることの影響——融資姿勢の変化、社内での伝達——をオーナーが理解したうえで、いつ・誰が・何を伝えるかを決めます。金融機関との関係の整理は「M&Aと銀行との関係」にまとめました。

経営者保証|外れる前提で語らない

オーナーの関心が最も高い論点です。ここでの説明を誤ると、後で必ず問題になります。

実務の考え方を整理します。株式譲渡によって株主が変わっても、個人保証は自動的には外れません。保証契約は金融機関と保証人の間の契約であり、金融機関の同意が必要です。実際には、買い手が新たに保証する、あるいは買い手の信用力を前提に保証を不要とする、といった形で調整されることが多いのですが、これは交渉の結果であって、当然の帰結ではありません。

経営者保証に依存しない融資の割合は、金融庁の集計で2024年度上期に52%まで来ています。環境としては追い風ですが、既存の保証をどう外すかは個別の交渉です。オーナーには次のように説明してください。

  • 個人保証の解除は、金融機関の同意が必要であること
  • 解除の交渉は、買い手が決まり、譲渡の枠組みが固まった段階で本格化すること
  • 最終契約や基本合意の中で、保証の解除を条件として位置づける方法があること
  • 解除の時期が譲渡実行と一致しない場合もあり、その間の取り扱いを決めておく必要があること
  • 担保として提供している個人資産(自宅など)がある場合、その解除も併せて交渉すること

絶対に言ってはいけないのが「株式を譲渡すれば保証は外れます」という断定です。仲介者が保証の解除を保証することはできません。詳細は「経営者保証はM&Aで外れるのか」に整理しています。

リース・遊休資産と、価格・条件の議論へのつなぎ方

残る確認事項を挙げます。

  • リース:契約一覧、残リース料、中途解約の条件、支配権異動に関する条項
  • 遊休資産:使っていない土地、旧工場、投資有価証券、ゴルフ会員権、社長車。事業に不要な資産は、譲渡前に切り離す選択肢がある(「売却1年前からできること」も参照)
  • 保険:契約者・被保険者・受取人、解約返戻金の水準、退職金原資としての位置づけ
  • 簿外の負担:未払残業代、退職給付、係争、債務保証、環境負荷

これらを整理したら、価格と条件の議論に翻訳します。企業価値の考え方では、事業から生まれる価値に非事業用資産を加え、有利子負債などを差し引いて株式価値を求める整理が一般的です。ここで確認した事実は、その各項目に直接効いてきます。遊休不動産があれば非事業用資産として扱えるか、借入をどこまでネットデットに含めるか、賃料が相場から乖離していれば正常収益力をどう見るか。価格調整の実務は「価格調整の実務」に、算定の考え方は「簡易株価算定の実務」にまとめています。

そして、確認結果はオーナーに先に共有してください。「この不動産の扱いが価格の議論に影響します」「保証は自動では外れません」と初期に伝えておけば、後で条件が動いたときにも納得が得られます。初期の説明を省いた分だけ、後半の説明が難しくなる。この因果関係は、案件を重ねるほど実感するはずです。期待値の揃え方は「期待値調整の技術」を参照してください。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における法的・税務的判断は、弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.まず登記で所有関係と担保を確認し、譲渡後にどうするかの方向性をオーナーと早期に合意します。賃貸借を継続する、株式譲渡と同時に不動産も売買する、といった選択肢があり、税務上の取り扱いはそれぞれ異なるため判断は税理士に委ねます。重要なのは、買い手への打診を始める前に方針を固め、説明に一貫性を持たせることです。途中で変わると信頼を失います。
A.いけません。保証契約は金融機関と保証人の間の契約であり、株主が変わっても自動的には解除されません。実務上は買い手の信用力を前提に調整されることが多いものの、これは交渉の結果です。オーナーには、金融機関の同意が必要であること、交渉は買い手が決まってから本格化すること、契約上の条件として位置づける方法があることを説明してください。
A.オーナーの同意を得たうえで、金銭消費貸借契約書や取引約定書を確認してください。支配権の異動が期限の利益喪失事由や事前承諾事項になっている場合、金融機関への説明と同意取得の段取りが必要になります。契約書を見ずに「株式譲渡だから影響しない」と説明するのは危険です。判断が難しい場合は弁護士に確認してください。

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執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら