M&A仲介の現場にいる人の多くは、この仕事から社会人生活を始めたわけではありません。金融機関、不動産、法人営業、士業事務所、事業会社の経理や経営企画。出発点はばらばらで、それぞれが前職で身につけたものを持ち込んでいます。本稿は、異業種からM&A仲介への転職を考えている方に向けて、前職の経験が具体的にどこで活き、どこが不足として表れるのかを職種別に整理し、選考での伝え方と入社前後の備えまでを書いたものです。処遇の話には触れません。当社の募集要項は採用情報をご確認ください。

M&A仲介は「異業種からの転職が当たり前」の職種

まず前提として、この仕事は一つの専門分野で完結しません。決算書を読む力、契約の理解、業種ごとの事業構造の理解、経営者と信頼関係を築く力。これらを一人の中に集める職種なので、どんな経歴の人でも「持っている部分」と「持っていない部分」が必ず出ます。だからこそ、異業種からの参入が常態になっています。

背景として、事業承継の需要そのものが拡大しています。後継者不在率は50.1%(帝国データバンク2025年調査)、2025年のM&A件数は5,000件超で2年連続の過去最多(レコフデータ)。同時に、中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)によって仲介者の説明義務や利益相反への対応が明確化され、求められる水準は上がりました。件数が増える一方で、「早くまとめる人」ではなく「説明を尽くす人」が求められる。この変化が、異業種出身者にとってはむしろ追い風になっています。前職で誠実な仕事の型を持っている人が評価されやすくなったからです。

前職別|活きる経験と、補うべき点

代表的な出身分野ごとに、実際に何が活き、何が不足として表れるかを整理します。あくまで傾向であり、個人差が大きいことは前置きしておきます。

前職活きる経験補うべき点
金融機関(融資・法人渉外)決算書を読む基礎体力、経営者と資金繰りの話ができること、業種を横断して事業を見た経験、社内稟議の作法「貸す側」ではなく「売り買いを支える側」への視点転換。企業価値評価の考え方。契約実務。融資判断の癖(保全重視)が価格の議論とずれる場面がある
不動産(仲介・法人取引)売り手と買い手の間に立つ経験、秘密保持と情報の出し方の感覚、条件交渉の呼吸、重要事項の説明に慣れていること対象が「物件」ではなく「事業と人」であること。従業員・取引先・許認可という無形の要素の扱い。デューデリジェンスの深さと期間の違い
法人営業(有形・無形商材)初対面から関係を作る力、提案を構造化して話す力、案件の進捗を自分で管理する習慣、断られてからの粘り「売り込む」から「判断を支える」への切り替え。決算書の読解。急がせない姿勢。自社商品の説明ではなく、依頼者の意思決定の整理が仕事になる
士業事務所(会計・税務・法務の補助を含む)数字と条文への正確さ、資料の整合性を確認する習慣、専門家との共通言語、守秘の意識が既に高いこと正確さを優先するあまり、意思決定の期限や相手の感情の動きへの配慮が後回しになりやすい。候補先を自分で探しに行く動き。相手のいる交渉の進め方
事業会社の経理・経営企画月次の数字が作られる過程を知っていること、実態の利益と会計上の利益の差が体感で分かること、社内調整の経験社外の相手と一から関係を作る場面。案件を自分で動かす主体性。書類を待つのではなく取りに行く動き
事業会社の現場(製造・建設・小売など)業種の実態に強いこと、現場の言葉で経営者と話せること、数字に表れない事業の強みを言語化できること財務・法務の基礎を体系的に入れ直す必要。担当業種を広げていく学習の型。書類作成の精度

この表を見ると分かるとおり、どの出身でも半分は持っていて、半分は足りません。足りない部分は入社後に埋まりますが、「自分は何を持ち込めるのか」を自覚している人ほど、立ち上がりが早くなります。

前職の経験を「M&Aの言葉」に言い換える

選考で多いもったいない例は、前職の実績をそのまま並べてしまうケースです。数字を並べるより、経験を「誰の、どんな意思決定を、どう支えたか」に翻訳するほうが伝わります。いくつか例を挙げます。

  • 「新規開拓を担当していた」→「面識のない経営者に、事前に業界の状況を調べたうえで会いに行き、相手の関心から会話を始める型を持っている」
  • 「与信審査を担当していた」→「決算書から実態の収益力を見立て、その根拠を第三者に説明する訓練を積んでいる」
  • 「重要事項の説明をしていた」→「相手に不利な内容も省略せずに伝え、理解を確認してから次に進む手順を身体で覚えている」
  • 「月次決算を締めていた」→「数字がどう作られるかを知っているので、資料の不整合や説明のつかない残高に気づける」
  • 「現場の管理をしていた」→「その業種の原価構造と人の動き方を知っているので、経営者と前提を共有した状態で話が始められる」

言い換えの軸は一つで、「相手の意思決定に、自分は何を提供できるのか」です。M&Aアドバイザーの仕事は、最終的にここに集約されます。逆に、押しの強さや達成率の高さだけを訴求すると、面接官は「この人は依頼者を急がせないだろうか」と考えます。業界への批判の多くがそこに起因しているためです(「M&A仲介は『やばい』のか」参照)。

転職前に埋めておきたい三つのギャップ

第一に、決算書を「事業の説明」として読む練習

数字が読めることと、数字から事業を語れることは別です。3期分を並べ、大きく動いた科目を拾い、その背景を仮説として言葉にする。この練習を、開示情報が手に入る企業などで20社ほど繰り返すだけで、面談での聞き方が変わります。金融出身者であっても、「保全の観点」から「収益力と再現性の観点」に軸を移す練習として有効です。

第二に、仲介という立場の理解

M&A仲介は、売り手と買い手の双方に関与する形態です。この構造は利益相反の議論を伴い、だからこそ運用のルールが重要になります。応募前に「M&A仲介の両手取引とは」や「利益相反管理の実務」を読み、自分がこの構造の中で誠実に働けるかを考えておいてください。ここに納得できないまま入ると、後で苦しくなります。

第三に、時間感覚のリセット

M&Aは相談から成約まで長期に及びます。月次で成果が見える仕事から移ってくると、この時間感覚のギャップが最初のストレスになります。短期の達成感が得られない期間をどう過ごすかを、あらかじめ考えておくとよいでしょう。進捗を可視化して自分を保つ方法は「案件パイプライン管理の実務」が参考になります。

本稿は当社の実務経験に基づく一般的な整理です。求められる要件や育成の方法は会社によって異なりますので、応募先ごとに確認してください。

選考で見られていること、応募者が確かめるべきこと

当社が中途選考で見ているのは、知識量ではなく次のような点です。

選考で見ている観点

  • 相手に不利な事実を、過去の仕事で実際に伝えた経験があるか
  • 人の話を、遮らずに最後まで聞けるか(面接の会話そのもので分かります)
  • 分からないことを「分からない」と言えるか
  • 前職の失敗を、他責にせず構造として説明できるか
  • 成果が出るまで時間がかかる仕事に、耐えられる理由を自分の中に持っているか
  • 秘密を抱えることに、無理なく耐えられるか

同時に、応募する側も会社を確かめてください。選考は相互の確認の場です。確かめるべき点を挙げます。

  • ガイドラインで求められる説明や書面交付を、実務としてどう運用しているか(ガイドライン第3版の実務対応参照)
  • 利益相反が生じ得る場面で、どのようなルールを持っているか
  • 成約に至らないと判断した案件を、どのように扱っているか
  • 新人が案件のどの工程から関わり、誰が判断を確認するのか
  • 記録や社内共有の仕組みが、属人的でないか

これらは面接で聞いて差し支えない質問です。むしろ、聞いてくる候補者を歓迎する会社かどうかで、その会社の姿勢が分かります。会社を見る一般的な視点は「M&A仲介会社の選び方」も参考になります(依頼者向けの記事ですが、判断軸は共通します)。

入社後3か月で感じやすい違和感への備え

異業種から入った人が、最初の3か月で口にすることはだいたい共通しています。あらかじめ知っておけば動揺せずに済みます。

  • 「自分の商品がない」。売るものがない不安を感じます。売るものは、自分の整理力と誠実さです。慣れるまで時間がかかります。
  • 「案件が動かない」。経営者は数か月から数年かけて決断します。動かない期間の連絡の取り方が仕事の質を分けます。
  • 「知らないことが多すぎる」。業種も制度も無限にあります。全部を知る必要はなく、担当した案件から順に深めるのが正しい進め方です(スキルと学び方参照)。
  • 「前職のやり方が通じない」。特に、押して決めさせる型を持っていた人ほど戸惑います。ここを切り替えられるかが最初の分岐点です。
  • 「話していい相手がいない」。案件の話は社外に出せません。守秘の重さに慣れるまでは孤独を感じます。社内で相談する習慣を早く作ってください。

1年目の具体的な過ごし方は「M&Aアドバイザー1年目の過ごし方」にまとめています。入社前に読んでおくと、最初の3か月の解像度が上がります。

まとめ|経歴は前提であって、資格ではない

M&A仲介は異業種からの転職が当たり前の職種です。金融は決算書と経営者との会話が、不動産は間に立つ経験と情報の扱いが、営業は関係構築と進捗管理が、士業事務所は正確さと守秘が、経理・経営企画は数字が作られる過程の理解が、それぞれ活きます。一方で、どの出身でも足りない部分は必ずあります。大切なのは、前職の経験を「誰の意思決定をどう支えたか」に翻訳できること、決算書を事業の説明として読む練習をしておくこと、仲介という立場の構造に納得していること、そして成果までの時間の長さを受け入れられることです。経歴はスタート地点を決めるだけで、この仕事の資格ではありません。姿勢のほうが、はるかに長く効きます。

よくあるご質問

A.問題ありません。知識は入社後に案件と結びつけて学ぶほうが定着します。ただし、応募の前に中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)の概要と、株式譲渡と事業譲渡の違い程度は目を通しておくことをおすすめします。知識量を問うためではなく、この仕事が「早くまとめること」ではなく「依頼者に説明を尽くすこと」を求める仕事だと理解しているかが、面接での会話の質に表れるからです。
A.務まります。この仕事で必要なのは、押し込む力ではなく、相手の話を最後まで聞き、事実を正確に伝え、判断を急がせない力です。経理や管理部門の出身者が、数字の裏付けと丁寧な確認を武器に信頼を得ていく例は珍しくありません。一方で、初対面の経営者に自分から会いに行く場面は必ずありますので、人と会うこと自体への抵抗が強い場合は、そこが最初の壁になります。
A.三つあります。第一に、決算書(貸借対照表・損益計算書)を3期分並べて読む練習を、実在する開示企業などで繰り返すこと。第二に、中小M&Aガイドラインの原文を読み、仲介者に何が求められているかを把握すること。第三に、前職での経験を「誰の、どんな意思決定を、どう支えたか」という形で言語化しておくことです。三つ目は面接でそのまま使えますし、入社後に自分の強みを活かす場面を自分で見つけやすくなります。

Careers & Consultation

前職の経験を、経営者の意思決定を支える力に。

当社は少人数のファームです。経歴の派手さではなく、依頼者に説明を尽くす姿勢を評価します。M&Aアドバイザーへの転職をお考えの方は採用情報を、事業承継・会社売却をご検討の経営者様は無料相談を、それぞれご覧ください。
メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら