「息子に会社を継がせたいが、株はどうやって渡せばよいのか」——親族内承継をお考えの経営者様から、必ずと言ってよいほど受けるご相談です。自社株を後継者へ移す方法には、相続によって渡す、遺言で渡す、売買で渡す、そして生前贈与で渡すといった選択肢があります。このうち生前贈与を選ぶとき、実務で必ず登場するのが「暦年贈与」と「相続時精算課税」という二つの制度です。

本稿では、この二つの制度がどういう発想でできているのかという骨格の部分を、できるだけ平易にご説明します。あわせて、自社株という特殊な財産を贈与するときに固有に生じる論点にも触れます。なお、贈与税・相続税の制度は毎年の税制改正で内容が変わり得るため、本稿では具体的な控除額や税率、年数といった数値には立ち入りません。実行にあたっては必ず顧問税理士にご確認ください。

本記事は一般的な情報提供であり、個別の税務・法務は税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。贈与税・相続税に関する制度は税制改正により変更される可能性があります。

なぜ事業承継で「生前贈与」が検討されるのか

自社株を後継者に渡す手段として、生前贈与が検討される理由は大きく三つあります。

1. 経営者が元気なうちに移せる

相続は、経営者が亡くなったときに初めて発生します。しかし事業承継は、株式が移ればそれで完了するものではありません。取引先への紹介、金融機関との関係の引き継ぎ、社内での信頼形成——後継者が経営者として立つまでには年単位の時間がかかります。生前贈与であれば、現経営者が判断力も体力もあるうちに株式を移し、その後の伴走ができるという大きな利点があります。

2. 誰に渡すかを自分で決められる

何も手を打たずに相続が発生すると、自社株は法定相続分に従って相続人の共有状態になり得ます。株式が複数の相続人に分散すれば、後継者の議決権は弱まり、経営の意思決定が不安定になります。生前贈与は、渡す相手と渡す量を、経営者自身が決めて実行できる手段です。株式分散のリスクについては「株主が分散している会社のM&A」でも詳しく解説しています。

3. 将来の株価上昇を見越した設計ができる

業績が伸びている会社では、時間が経つほど自社株の評価が上がっていく傾向があります。評価が低いうちに株式を移しておけば、その後の企業価値の増加分は後継者の側で生じることになります。ただしこれはあくまで「将来の評価がどうなるか」という見通しに依存する話であり、確実な結果を保証するものではありません。

暦年贈与の基本的な考え方

暦年贈与とは、1月1日から12月31日までの1年間を単位として、その年に受け取った贈与財産に対して贈与税を計算するという、贈与税の原則的な仕組みです。「暦年」つまりカレンダー上の1年ごとに区切って課税する、という意味です。

この方式の特徴は、毎年少しずつ渡していくことに向いている点にあります。1年ごとに課税関係が完結するため、時間をかけて計画的に株式を移していくスタイルと相性がよい仕組みです。逆に言えば、一度に大量の株式を移そうとすると、その年の贈与財産が大きくなり、そのぶん贈与税の負担も重くなります。

事業承継の実務では、この特性を踏まえて「早く始めて、長く続ける」設計が語られることが多くなります。後継者が決まっているのであれば、株式の移転は先送りするほど選択肢が狭まる、というのが実感です。

なお、暦年贈与を行う際には、贈与の事実を客観的に残しておくことが極めて重要です。贈与契約書を作成する、株主名簿を書き換える、法人税申告書の別表(同族会社等の判定に関する明細書など)の記載を実態に合わせる——こうした裏付けが欠けていると、「実際には贈与がなかった」と評価されてしまうおそれがあります。形式を整えることは、後から争わないための備えです。

相続時精算課税の基本的な考え方

相続時精算課税は、暦年課税とは別の選択肢として用意されている制度です。名前のとおり、生前に贈与した財産について、贈与の時点ではいったん軽い負担にとどめ、贈与者が亡くなった相続の段階であらためて精算するという発想でできています。

もう少し噛み砕くと、この制度を選んだ贈与財産は、相続が発生したときに相続財産に持ち戻して相続税を計算し、すでに納めた贈与税があればそれを差し引いて調整する、という流れになります。つまり、贈与と相続を通算して一つの課税として扱う制度です。

この考え方から、二つの実務上の含意が導かれます。

  • まとまった量の株式を一度に移しやすい。贈与時点の負担が抑えられるため、後継者に議決権を集中させたい場面と相性があります
  • 相続時に精算されるため、「贈与したら課税関係が終わる」わけではない。相続の段階で財産に加わることを前提に、全体の税負担を見積もる必要があります

また、この制度には適用できる贈与者・受贈者の関係や年齢に条件があり、いったん選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税へ戻ることはできないとされています。選択そのものが後戻りできない意思決定であるという点は、必ず押さえておくべき性質です。

二つの制度をどう見比べるか|判断の視点

「どちらが得か」を一般論で断ずることはできません。会社の状況、株価の水準、家族構成、承継までに使える時間によって答えが変わるからです。ここでは、税理士と相談する際に論点を整理しやすくするための「見比べる軸」をお示しします。

見比べる軸暦年贈与の傾向相続時精算課税の傾向
基本の発想1年ごとに課税関係が完結する相続の段階で通算して精算する
向いている渡し方少しずつ、長い期間をかけてまとまった量を、比較的短期間で
時間の要素承継までの期間が長いほど効きやすい期間が短くても実行しやすい
やり直し毎年、方針を見直せる選択後は暦年課税へ戻せない
相続時の扱い相続財産への持ち戻しの有無を確認する必要がある相続財産に加えて精算するのが前提

この表は、あくまで制度の設計思想の違いを整理したものです。実際にどちらを選ぶかは、自社株の評価額の試算、他の相続財産とのバランス、将来の株価見通しをすべて踏まえた数値シミュレーションを経て決めるべきものであり、税理士の関与なしに判断すべきではありません。

あわせて、親族内承継では事業承継税制(法人版)の活用も検討対象になります。この制度には特例承継計画の提出期限が2027年9月30日、適用期限が2027年12月31日と定められており、検討するのであれば時間的な余裕は多くありません。詳細は「事業承継税制とは|納税猶予の仕組みと使いどころ」をご覧ください。

自社株の生前贈与で特に注意したい論点

自社株は、現金や上場株式と違って「値段が見えにくい」財産です。そのため、生前贈与の実務では次のような固有の注意点が生じます。

評価額を先に確定させる

贈与税の計算は、贈与した財産の評価額を土台にします。非上場株式の場合、この評価は財産評価基本通達に基づいて算定されるため、まず自社株がいくらと評価されるのかを税理士に算定してもらうことが出発点になります。評価の考え方については「非上場株式の相続税評価|類似業種比準方式と純資産価額方式の基本」で解説しています。

他の相続人とのバランスを同時に設計する

中小企業のオーナー経営者の場合、財産全体に占める自社株の比率が非常に高いことが珍しくありません。後継者に株式を集中させると、他の相続人の取り分が薄くなり、相続の場面で争いの火種になり得ます。株式の承継だけを切り離して考えず、他の財産の配分、遺言、生命保険の活用まで含めた全体設計を行うことが不可欠です。遺言による株式の承継については「遺言で自社株を後継者に|事業承継における遺言書の役割」もあわせてご参照ください。

納税資金をどう手当てするか

贈与税を負担するのは、原則として財産を受け取った後継者側です。株式という換金しにくい財産を受け取り、税金は現金で納める——このギャップをどう埋めるかは、事前に考えておかなければならない実務課題です。会社からの役員報酬、自己株式の取得(金庫株)の活用など、複数の選択肢を比較検討することになります。自己株式の取得を使った事業承継については別稿で扱っています。

後継者が本当に継ぐのか、を先に確かめる

これは税務ではなく、人の問題です。株式を移した後で後継者が退く決断をすると、株式は分散したまま、経営は空席という最も避けたい状態になります。贈与を始める前に、後継者本人の意思を明確に確認すること。そして「継ぐ人がいない」という結論になったのであれば、第三者への承継(M&A)も含めて選択肢を広げることが、会社と従業員を守る道になります。後継者不在率は帝国データバンクの2025年調査で50.1%とされており、親族内に後継者がいないこと自体は決して例外ではありません。

まとめ|制度は改正される。実行前に必ず税理士へ

本稿で押さえていただきたいのは、次の点です。

  • 自社株の生前贈与には「暦年贈与」と「相続時精算課税」という二つの制度がある
  • 暦年贈与は1年ごとに課税関係が完結する仕組みで、時間をかけて少しずつ渡す設計に向く
  • 相続時精算課税は相続の段階で通算して精算する仕組みで、まとまった量を移す設計に向く。ただし選択後は暦年課税へ戻せない
  • どちらが有利かは会社と家族の状況次第。数値シミュレーションなしに決めるべきではない
  • 自社株は評価が見えにくい財産であり、評価額の確定・他の相続人とのバランス・納税資金の三点を同時に設計する必要がある

そして最も重要なことを繰り返します。贈与税・相続税の制度は税制改正によって内容が変わります。本稿は制度の骨格を説明したものであり、実際の税額や適用要件は、実行する時点の法令に基づいて税理士が判断すべきものです。インターネット上の情報や過去の書籍の記述をそのまま前提に動くことは、絶対に避けてください。

当社は、親族内承継とM&Aのどちらが会社にとって良いかを決めつけません。後継者がいらっしゃるなら、その承継が円滑に進むよう情報提供を行いますし、迷っておられるなら、両方の選択肢を並べたうえでご判断いただきます。相談料・着手金・月額報酬はいただいておりませんので、方向性が定まらない段階でも安心してお声がけください。

よくあるご質問

A.一律に有利・不利を決めることはできません。暦年贈与は毎年の贈与を積み重ねて資産を移していく考え方、相続時精算課税は生前に贈与した財産を相続の段階であらためて精算する考え方であり、前提となる発想が異なります。どちらが適するかは、自社株の評価水準、贈与を進められる期間、他の相続人の状況、将来の株価の見通しなどによって変わります。制度の内容は改正されることもあるため、必ず顧問税理士に個別の試算を依頼してください。
A.自社株が財産の大部分を占める場合、後継者へ株式を集中させると、他の相続人の取り分との差が問題になることがあります。生前贈与した財産が相続の場面で考慮される場面もあるため、株式の承継だけを切り離して考えるのではなく、他の財産の配分や遺言、生命保険の活用などとあわせて全体設計を行うことが重要です。弁護士・税理士と早い段階で相談することをおすすめします。
A.できますが、株主が複数に分かれるほど売却時の手続きは複雑になります。M&Aでは原則として全株式を買い手に集約する必要があるため、贈与を受けた親族全員の同意と手続きが必要になります。将来の第三者承継の可能性が残っているなら、株式を分散させすぎない設計にしておくこと、そして早い段階で親族内承継とM&Aの両方を並行して検討することをおすすめします。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら