代表を譲った。では、自分はどこにいるのか。役職、部屋、出社の頻度。これを決めないまま譲ると、権限移譲が形だけになります。
居場所の問題は、権限の問題
先に本質を整理します。先代がどこにいるかは、社内の力学を決めます。
社長室の隣に会長室があり、毎日出社していれば、従業員は会長に相談しに行きます。新社長を通り越して。
これが続く限り、権限は移りません。
逆に、先代が完全にいなくなると、判断に迷ったときの相談相手がいなくなります。とくに承継の直後は、新社長も不安です。
この両極の間で、どこに立つかを設計するのが、この論点です。
役職をどうするか
選択肢を整理します。
代表権のない会長。取締役として残りますが、代表権はありません。最も多い形です。
相談役・顧問。会社法上の役員ではなく、委任契約に基づきます。関与の度合いが軽くなります。
取締役を退き、株主として残る。経営からは離れ、所有者としての立場だけ。
完全に退く。株式も譲り、役職も離れる。
役員退職金を支給する場合、退職の事実が問われます。国税庁は、分掌変更の場合でも実質的に退職したと同様の事情にあることを求め、判断要素として報酬がおおむね50%以上減少していることなどを示しています。税理士にご確認ください。
出社の頻度を決める
実務で最も効く設計です。週に何日、来るのか。
「気が向いたら」にすると、毎日来ることになります。やることがなくても、習慣で足が向きます。
実務的な設計としては、段階を作ることです。
最初の3か月は週4日、次の3か月は週2日、その後は週1日、1年後は必要に応じて。
これを最初に決めて、社内にも伝えてください。従業員が「会長はいつ来るのか」を把握できると、相談先の判断がしやすくなります。
部屋と席をどうするか
象徴的ですが、実際に効きます。
社長室を明け渡してください。新社長が入り、先代は別の部屋か、執務スペースの一角へ。
これをしないと、「社長室にいるのは誰か」で、社内の認識が決まります。
会長室を作る場合も、社長室より小さく、離れた場所に。
出社が週1日なら、専用の部屋は不要かもしれません。会議室を使う、共用のデスクを使う。
「部屋を取り上げられた」と感じさせない伝え方は必要ですが、物理的な配置は、権限移譲の可視化です。
何をする人なのかを決める
役職と居場所を決めても、やることがなければ、口を出すことになります。
役割を明確にしてください。例を挙げます。
取引先との関係の引き継ぎ。同行、挨拶回り。期限を切って、終わらせる。
業界団体・地域の付き合い。役職の引き継ぎまで。
特定のテーマの相談相手。技術、品質、歴史的な経緯。
新社長からの求めに応じた助言。求められたときだけ。
「全体を見る」は役割ではありません。具体的に書ける仕事を割り当ててください。
報酬をどうするか
実務と税務の両面があります。
実務としては、役割に見合う水準にしてください。週1日の勤務で従来と同額では、社内の納得が得られません。
税務としては、役員退職金を支給した場合、その後の報酬が論点になります。報酬が実質的に減少していない場合、退職の事実が否定される可能性があります。
また、社会保険の扱いも変わります。報酬の額と勤務の実態によって、被保険者資格が影響を受けます。在職老齢年金との関係で年金額が調整される場合もあります。
税理士・社会保険労務士にご確認ください。
従業員への伝え方
設計したことを、社内に伝えてください。
伝えるべきは、誰が何を決めるのかです。
「今後、業務に関する判断は新社長が行います。私は週1日、◯◯の引き継ぎのために来ます」。
そして、先代自身の口から言ってもらうこと。新社長が言うより、はるかに効きます。
さらに、従業員が相談に来たときの対応を徹底してください。「それは社長に聞いてください」。
ここを半年続ければ、社内の流れは変わります。面倒でも、先代が一番効果を出せる仕事です。
退く時期を決める
最も重要な設計です。いつ、完全に退くのか。
「当面の間」にすると、終わりません。年月を決めてください。
目安としては、代表交代から1〜3年。引き継ぐ内容によります。
そして、その日を社内に伝えてください。「◯年◯月をもって、完全に退きます」。
効果は2つ。新社長が、その日から先の体制を設計できる。そして、先代自身が、次の生活の準備をできる。
終わりが見えていることが、双方を楽にします。
退いた後の生活を先に考える
最後に、実務ではないことを書きます。
会社を離れた後、何をするか。これを決めていない先代ほど、会社に来続けます。
40年、毎日会社に通った人にとって、行き先が無くなることは、想像以上に大きい変化です。
したがって、退く前から次の予定を作ってください。地域の活動、趣味、別の仕事、家族との時間。
「会社にいる理由」を減らすのではなく、「会社以外にいる理由」を増やす。
これは新社長のためでもありますが、何より先代自身のためです。先代の退任後も併せてご覧ください。