任せなければ育たない。しかし、取り返しのつかない失敗をさせるわけにはいかない。この線をどう引くか。判断の枠組みを整理します。
失敗しないと身につかない
前提として整理します。判断力は、判断した結果を引き受けることでしか身につきません。
先代が最終的に判断する限り、後継者は「提案する人」のままです。決めた結果を背負う経験がなければ、経営者にはなりません。
したがって、一定の範囲で、失敗する可能性のある判断を任せる必要があります。
問題は、その範囲をどう決めるかです。感覚で決めると、先代の気分次第になり、後継者は何を任されているのか分からなくなります。
金額で線を引く
最も分かりやすい基準です。いくらまでなら、自分で決めてよいか。
設備投資、外注の発注、値引き、交際費、採用。それぞれに金額の基準を決めてください。
基準の目安としては、失敗しても会社が傾かない額です。月次の利益、年間の利益、手元資金。これらと比べて、許容できる範囲。
そして、段階的に上げてください。最初は50万円、半年後に100万円、1年後に300万円。
上げる基準も決めておくと、後継者に目標ができます。
影響の範囲で線を引く
金額だけでは足りません。金額が小さくても、影響が大きい判断があります。
止めるべき類型を挙げます。
取り返しがつかないもの。人を辞めさせる、主要な取引先との関係を切る、事業から撤退する。
法令に関わるもの。労務、安全、許認可、税務。
対外的な約束。長期の契約、保証、独占的な取り決め。
会社の信用に関わるもの。支払いを遅らせる、品質を落とす。
これらは金額にかかわらず、先代または取締役会の判断としてください。
書面にする
口頭で「これくらいは任せる」と言っても、境界が曖昧なままです。
職務権限規程を作ってください。難しいものである必要はありません。A4で1〜2枚。
項目ごとに、金額の区分と、誰が決裁するかを書く。
効果は2つです。後継者が、自分の裁量を把握できる。そして、従業員が、誰に持っていけばよいか分かる。
後者が重要です。規程がないと、従業員は「念のため社長に」と先代に持っていきます。権限移譲が進みません。
失敗しそうなとき、どうするか
最も難しい場面です。任せた範囲の判断が、明らかに間違っていると見えるとき。
選択肢は3つです。
① 何も言わない。失敗を経験させる。金額が小さければ、これが最も効きます。
② 問いかける。「この前提は確認したか」「こういう場合はどうする」。答えを言わず、考える材料を渡す。
③ 止める。影響が大きい場合。
②を使えるかどうかが、育成の質を決めます。①は放任、③は権限移譲の否定です。②が最も手間がかかりますが、最も身につきます。
止めるときの伝え方
③を選ぶ場合の作法です。
人前で止めないでください。従業員の前で否定されると、後継者の立場が失われます。これは回復に時間がかかります。
理由を説明してください。「だめだ」だけでは、何を学べばよいか分かりません。
そして、代案を一緒に考えてください。止めるだけなら、次も同じ判断をします。
また、止める回数が多いなら、権限の設定が間違っています。任せる範囲が広すぎるか、判断の材料を渡していないか。設計を見直してください。
失敗した後の扱い
ここで、その後が決まります。
責めないこと。任せた以上、失敗は想定内です。責めれば、次から挑戦しなくなります。
原因を一緒に分析すること。何が読めなかったのか、どこで判断を誤ったのか。
従業員の前で庇うこと。「私が任せた判断だ」と言えるかどうか。これが最も効きます。
そして、次も任せること。一度の失敗で権限を取り上げれば、育成は止まります。
ただし、同じ失敗を繰り返す場合は別です。学習していないのか、能力が及ばないのか。そこは冷静に見てください。
従業員に見せる
権限移譲は、社内に見えていなければ意味がありません。
後継者が決めたことを、先代が覆さない。これが最も強いメッセージです。
逆に、従業員が先代に確認しに行き、先代が答えてしまうと、権限移譲は形だけになります。
対策は、先代が「それは後継者に聞いてください」と言い続けることです。
面倒でも、半年続ければ社内の流れが変わります。ここを徹底できるかどうかが、承継の成否を分けます。
任せきれない場合は、承継を見直す
最後に、正直な整理です。
どうしても任せられないという場合があります。能力が足りない、判断が甘い、人がついてこない。
先代の側の問題(手放せない)であれば、先代が変わるしかありません。
本人の側の問題であれば、承継の時期を延ばすか、別の形を考えることになります。番頭に一度預ける、外部から経営者を招く、第三者への譲渡。
「継がせる」ことが目的ではありません。会社が続くことが目的です。
ここを混同すると、会社と後継者の両方を失います。事業承継が失敗する原因も併せてご覧ください。