会社を譲渡するときに、役員退職金を受け取る形を取ることがあります。退職金には退職所得控除という仕組みがあり、受け取る金額のうち一定の部分が課税の対象から外れます。
控除の額は、勤続年数で決まります。年数の数え方には決まりがあり、思っているより短く数えられることも、長く数えられることもあります。本稿では数え方の考え方を整理します。具体的な金額の計算は、必ず税理士にご確認ください。
控除は勤続年数で決まる
退職所得控除は、勤続年数が長いほど大きくなります。年数が一年違うだけで控除の額が変わるため、何年として数えるかが金額に直結します。
数え方の基本は、その会社に在籍していた期間です。入社した日から退職する日までを数えます。一年に満たない端数がある場合は、切り上げて一年として数えます(所得税法施行令第69条第2項「一年未満の端数を生じたときは、これを一年として…勤続年数を計算する」)。
つまり、十年と一か月であれば十一年として数えます。退職の日を一日ずらすだけで年数が変わることがあるため、退職の日を決める前に数えておく価値があります。
譲渡の日程は買い手との交渉で決まりますが、退職の日をいつにするかは調整できる場合があります。年数が変わる境目に近いなら、その点を交渉の材料にすることもできます。
年数の確認は、登記簿と当時の記録を照らして行います。記憶で数えると一年ずれることがあります。
使用人から役員になった場合
創業者でない方の場合、社員として入社し、後に役員になっている形があります。この場合、どこから数えるかが論点になります。
原則として、その会社に在籍していた期間の全体を数えます。社員だった期間も含みます。入社から二十年、そのうち役員が十年という方であれば、二十年として数えるのが基本です。
ただし、社員から役員になるときに退職金を受け取っている場合は扱いが変わります。すでに控除を使っている期間を二重に数えることはできません。
この点は、過去の処理がどうなっているかを確かめないと分かりません。当時の書類が残っているかどうかが実務上の論点になります。古い会社では、記録が見つからないこともあります。
過去に退職金を受け取っている場合
別の会社から退職金を受け取っている場合も、年数の数え方に影響することがあります。
一定の期間内に複数の退職金を受け取ると、重なる期間を調整する仕組みがあります。前の会社の勤続期間と、いまの会社の勤続期間が重なっている場合が対象になります。
グループ会社の役員を兼務していた方、関連会社から転籍した方では、この論点が出やすくなります。どの会社でいつ退職金を受け取ったかを、先に整理しておきます。
調整の仕組みは細かく、個別の判断が必要です。過去の退職金の受取があるなら、その資料を税理士に見せてください。
譲渡の対価との配分
会社を譲渡するとき、受け取る金額を株式の対価と役員退職金にどう配分するかという論点があります。
株式の譲渡益と退職所得は、課税の仕組みが違います。どちらで受け取るかによって、手元に残る金額が変わります。
ただし、退職金の額には妥当な範囲という制約があります。会社の規模、在任期間、同業他社の水準などから見て高すぎる退職金は、税務上で否認される可能性があります。配分は自由に決められるものではありません。
また、買い手にとっても退職金の支給は会社の資金が出ていくことなので、交渉の対象になります。売り手の希望だけで決まるものではありません。
配分の設計は、税務と交渉の両方にまたがります。税理士と仲介者の双方に相談しながら決める形が実務的です。
配分を考えるときは、受け取る時期も一緒に見ます。株式の対価は譲渡の日に入り、退職金は会社の支給の手続きを経て入ります。同じ年に入るか、年をまたぐかで申告の形が変わります。年をまたぐ場合、それぞれの年の所得が変わるため、住民税や社会保険料の負担にも影響します。
支給の時期と資金
退職金を支給するには、会社に資金が必要です。譲渡の代金は社長個人に入るため、会社の資金とは別です。
会社に現金がない場合、支給のために資金を手当てすることになります。保険を解約して充てる、譲渡の代金の一部を会社に入れる、買い手が資金を入れる——いくつかの形があります。
支給の時期も論点です。譲渡の前に支給するか、譲渡の後に新しい体制で支給するか。後にする場合は、支給することを契約に書いておかないと履行されないことがあります。
法人保険を退職金の原資にしている会社では、解約の時期と支給の時期をそろえる必要があります。解約返戻金が会社の利益になるため、支給と同じ期にすると相殺されます。
相談のときに用意しておくもの
退職金の設計を相談するときは、次の資料があると話が早く進みます。
登記簿。役員に就任した日が記載されています。在任期間の計算に使います。
入社した日が分かるもの。社員として入社している場合、雇用の記録や賃金台帳が手がかりになります。
過去に退職金を受け取っている場合は、その時期と金額が分かる資料。源泉徴収票が残っていれば確実です。
退職慰労金に関する社内の規程や、株主総会の決議の記録。過去に支給の基準を決めている場合、その内容が前提になります。
法人保険の契約。解約返戻金の額と、解約の時期によって金額が変わる点を確かめます。
揃っていない資料があっても、分かる範囲で見通しをお伝えできます。年数の数え方だけでも、早めに確かめておく価値があります。
なお、税務の扱いは制度の改正や個別の事情によって変わります。実際の申告にあたっては、必ず税理士にご確認ください。
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