役員退職金の額が大きくなると、会社がその場で払えないことがあります。そこで分割支給を検討することになりますが、扱いを誤ると退職所得として認められなくなる可能性があります。押さえるべき点を整理します。
なぜ分割を検討するのか
理由はほぼ一つ、会社の資金繰りです。
役員退職金が数千万円から億単位になると、会社の預金から一度に支払えないことがあります。M&Aのクロージングと同時期に支給する場合、買い手の資金計画にも影響します。
また、買い手が退職金の原資を負担する形になる案件では、買い手側が分割を希望することもあります。株式の譲渡代金と退職金の配分をどうするかは、交渉の対象です。
原則は、決議した期の損金
役員退職金が会社の損金になる時期は、原則として株主総会の決議によって支給額が確定した日を含む事業年度です。実際の支払いが翌期以降になっても、この原則は変わりません。
ただし、実際に支払った事業年度に損金経理をした場合には、その支払った期の損金とすることも認められるという取り扱いがあります。どちらを選ぶかで、会社の課税所得の出方が変わります。
分割支給の場合、この選択が会社の税負担の分散につながることがあります。一方で、繰越欠損金の期限や買い手の事業計画との兼ね合いもあります。税理士と設計してください。
退職所得として扱われるかの分かれ目
受け取る側にとって重要なのは、退職所得として扱われるかです。退職所得は退職所得控除があり、残額の2分の1に課税されるため、給与所得より負担が軽くなります。
分割で受け取ると、これが年金のような扱い(雑所得)と見られるおそれがあります。分かれ目は、退職に基因して一時に受けるべきものかどうかです。
実務では、支給額を決議で確定させたうえで、その支払方法だけを分割にするという形にします。「毎年◯万円ずつ、生存中支給する」といった定め方をすると、退職年金と判断される可能性が高まります。総額が確定しているかどうかが分岐点です。
源泉徴収はどうなるか
分割支給でも、退職所得として扱われる限り、各回の支払いの際に退職所得としての源泉徴収を行います。
「退職所得の受給に関する申告書」は、最初の支払いの前日までに提出します。提出がないと、各回の支払額に一律20.42%(復興特別所得税を含む)が課されます。
計算はやや複雑になるため、給与計算の担当者と税理士に事前に段取りを確認してください。詳しくは退職所得の受給に関する申告書をご覧ください。
買い手が支払義務を引き継ぐ
株式譲渡では、会社が退職金の支払義務を負ったまま買い手に移ります。つまり残りの支払いは、買い手の会社が行うことになります。
ここが実務上もっとも注意を要する点です。売り手にとっては、クロージング後に、経営権を持たない会社から支払いを受け続ける状態になります。
会社の業績が悪化したら。買い手が支払いを渋ったら。回収の手当てを契約で決めておかなければ、相手の善意に依存することになります。
回収をどう担保するか
実務で用いられる手当ては、いくつかあります。
譲渡代金からの相殺。退職金の未払分を譲渡価格に反映させ、一括で受け取る形にする。買い手の保証。親会社や代表者が支払いを保証する。期限の利益喪失条項。一度でも遅延したら残額を一括請求できるようにする。
もっとも確実なのは、クロージング時に全額支払ってもらうことです。分割が必要なほど資金繰りが厳しい会社であれば、そもそも退職金の額を見直すか、譲渡代金の配分を変えるほうが安全な場合もあります。
不相当に高額とされないか
分割の話の前に、退職金の額そのものが損金として認められるかという論点があります。
不相当に高額と判断された部分は損金になりません。実務では功績倍率法(最終報酬月額×勤続年数×功績倍率)が用いられ、株主総会の決議と議事録の整備が前提になります。
また、形式的に退任しただけで実質的に経営を続けている場合、退職の事実が否認される可能性があります。分割支給を受けながら会社に関与し続けると、この点が問われやすくなります。譲渡後の社長の役割と併せてご検討ください。
契約書に何を書くか
最終契約または別途の合意書に、次を明記してください。
総額(決議で確定した額)。支払回数と各回の金額、支払期日。遅延した場合の扱い(遅延損害金、期限の利益喪失)。保証の有無。
「会社の資金繰りを見ながら順次支払う」といった曖昧な定めは避けてください。総額が確定していないと、退職所得としての扱いにも影響します。税務と回収の両面から、確定させることが大切です。