調査が終わり、契約までの間に大口を失注した。あるいは、想定外の受注が入った。この変動を、どう扱うか。契約の書き方で結果が変わります。

まず、契約の定めを確認する

業績の変動をどう扱うかは、契約に書いてあるかどうかで決まります。

確認すべき条項は3つです。

① 誓約事項(コベナンツ)。クロージングまでの間、通常の事業運営を行う、重要な変更を行わない、といった定め。

② 報告・通知の義務。重要な事象が生じた場合に買い手へ通知する義務。

③ 重大な悪影響(MAC)条項。重大な悪影響が生じた場合に、買い手が実行を拒否できる定め。

これらが無ければ、原則として契約どおり実行されます。

報告の義務があるか

売り手として最も気になる点です。悪い情報を、伝えなければならないのか。

契約に通知義務が定められていれば、定めに従います。「重要な契約の解除」「主要な取引先の喪失」といった事由が列挙されているのが通常です。

定めが無い場合でも、表明保証との関係で問題が生じ得ます。「クロージング日現在も、表明保証の内容が真実である」という定め(ブリングダウン)があれば、変動した事実は影響します。

そして、隠しても後から判明します。クロージング後に発覚すれば、補償の請求につながります。

結論として、重要な変動は伝えるべきです。

悪化した場合

業績が落ちた場合、買い手は価格の見直しを求めてきます。

このとき、確認すべきは変動の性質です。

一過性か、構造的か。季節変動、単発の失注、一時的な原材料の高騰なら、一過性です。

価格算定の前提に影響するか。3期平均で算定しているなら、1か月の変動は影響が小さい。

原因は何か。市場の変化なのか、社内の問題なのか。

これを整理して説明してください。「一時的なもので、来月には戻る見込みです」という説明に根拠があれば、減額を避けられることがあります。

大口取引先を失った場合

最も重い変動です。これは説明で済まないことが多い。

買い手は、売上の何%が失われたかで評価します。売上の2割を占める先を失えば、価格は大きく動きます。

対応としては、失った理由を明確にすること。相手の都合(廃業、方針変更)なのか、こちらの問題(品質、価格)なのか。

そして、代替の見込みを示す。他の取引先への振り替え、新規の獲得。

ただし、見込みだけでは価格は戻りません。実績が要ります。

この場合、アーンアウト(回復したら追加で支払う)という設計が使われることがあります。

好転した場合

逆のケースです。大型の受注が入った、業績が想定を上回った。

売り手としては、価格の上乗せを主張したくなります。

ただし、契約に価格の再交渉の定めがなければ、原則として合意した価格のままです。

主張するなら、基本合意の前提が変わったことを根拠にします。「算定の基礎とした利益水準が、大きく変わりました」。

ただし、この主張は信頼を損なうリスクがあります。悪化したときは説明で乗り切ろうとし、好転したときは値上げを求める——と受け取られると、交渉全体に響きます。

一貫した基準で主張してください。

クロージング時の純資産で調整する

実務でよく使われる手当てです。価格調整条項

基準日(クロージング日など)の貸借対照表を作成し、想定していた純資産との差額を価格に反映させます。

これがあれば、業績の変動が自動的に価格に織り込まれます。個別に交渉する必要がありません。

設計上、決めるべきことがあります。

何を調整の対象とするか。純資産全体か、運転資本だけか。

いつ時点の数字か。

誰が算定し、異議があればどうするか。

この定めがないと、変動のたびに交渉になります。価格調整条項もご覧ください。

MAC条項の意味

買い手を守る条項です。重大な悪影響(Material Adverse Change)が生じた場合、買い手はクロージングを拒否できるという定め。

売り手としては、この条項の範囲を狭くしたい。

確認すべきは、何を「重大な悪影響」とするかです。

「業績に重大な悪影響を及ぼす事象」という抽象的な書き方だと、買い手の裁量が広くなります。

できれば、数値基準を入れてもらってください。「純資産が◯円を下回った場合」「売上が前年同期比◯%以上減少した場合」。

また、業界全体の変動や、一般的な経済情勢の変化は除外するという定めを入れることもあります。

期間を短くする

根本的な対策です。デューデリジェンスからクロージングまでの期間が長いほど、変動のリスクが上がります。

3か月あれば、業績も、取引先も、従業員の状況も変わります。

したがって、期間を短くすることが、売り手にとっての防御になります。

短くする方法は、資料を早く出すこと質問に早く答えることクロージング条件を早く満たすことです。

金融機関の承諾、取引先の同意、許認可の手続き。これらを並行して進めてください。

時間が経つことは、売り手にとって不利に働くのが通常です。

記録を残す

最後に、実務の工夫です。期間中の業績を、月次で記録してください。

そして、変動があればその都度、原因とともに書面で共有する。

効果は2つ。後から「隠していた」と言われないこと。そして、変動の性質を、こちらの説明とともに伝えられることです。

買い手が自分で発見すると、最悪の解釈をします。こちらから説明すれば、文脈が伝わります。

悪い情報こそ、早く、自分から。

これは交渉のあらゆる場面で効く原則です。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.契約に通知義務が定められていれば従います。定めが無くても、「クロージング日現在も表明保証の内容が真実である」という定めがあれば影響します。隠しても後から判明し、補償の請求につながるため、重要な変動は伝えるべきです。
A.買い手は価格の見直しを求めてきます。一過性か構造的か、価格算定の前提に影響するか、原因は何かを整理して説明してください。「一時的なもので来月には戻る見込み」という説明に根拠があれば、減額を避けられることがあります。
A.契約に価格の再交渉の定めがなければ、原則として合意した価格のままです。主張はできますが、悪化時は説明で乗り切ろうとし好転時は値上げを求めると受け取られると、交渉全体に響きます。一貫した基準で主張してください。
A.価格調整条項です。基準日の貸借対照表を作成し、想定していた純資産との差額を価格に反映させます。何を対象とするか(純資産全体か運転資本か)、いつ時点の数字か、誰が算定し異議があればどうするかを決めてください。
A.「業績に重大な悪影響を及ぼす事象」という抽象的な書き方だと買い手の裁量が広くなります。「純資産が◯円を下回った場合」といった数値基準を入れ、業界全体の変動や一般的な経済情勢の変化は除外する定めを検討してください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら