契約は、約束したことを守る前提で作られています。守れなければ責任を負います。しかし当事者のどちらの責任でもない事情で守れなくなることがあります。

地震、台風、火災、感染症の流行、戦争、法令の改正、電力やガスの供給停止、物流の停止。こうした事情が起きたときに、責任をどう扱うかを定めるのが不可抗力条項です。

M&Aでは、契約を結んでから実際に引き渡すまでの期間に効きます。この期間が数か月に及ぶ取引では、無関係とは言えません。

何を不可抗力とするかは、契約で決める

「不可抗力」という言葉に、法律上の明確な定義があるわけではありません。契約で何を含めるかを書くことになります。

よく挙げられるものを並べます。

  • 天災(地震、津波、台風、洪水、落雷)
  • 火災、爆発
  • 戦争、内乱、テロ
  • 感染症の流行と、それに伴う行政の措置
  • 法令の制定・改正、行政処分
  • ストライキ、労働争議
  • 電力・通信・物流の停止
  • 原材料の供給の停止

書き方は2つあります。列挙する形と、「当事者の支配を超える事由」のように包括的に書く形です。実務では、列挙したうえで「その他これらに準ずる事由」と加える形がよく使われます。

列挙だけにすると、列挙していない事由が外れます。感染症の流行は、2020年より前の契約書には入っていないことがほとんどでした。これは「列挙は取りこぼす」という話の典型例です。

効果を決めておく

不可抗力に当たったとき、何が起きるのかも契約で決めます。選択肢は段階的です。

履行の免責。守れなかったことについて責任を負わない。遅れても違約金が発生しない。

履行の延期。事由が続いている間、期限を延ばす。

解除。一定期間を超えて続いた場合、どちらかが契約を解除できる。

M&Aの契約では、クロージングの日を延ばせるかが実務的な論点です。資金の振込、登記、許認可の手続きが予定の日にできなかった場合に、自動的に延びるのか、協議するのか、解除になるのか。

加えて、すでに払ったお金がどうなるかを決めます。手付や中間の支払いがある場合、解除になったときの精算の仕方です。

通知の義務が実務で効く

不可抗力を主張する側には、通常通知の義務が課されます。事由が発生したことを、一定期間内に相手に知らせる義務です。

これを怠ると、不可抗力を主張できなくなる定めがあります。事由が本当に不可抗力でも、通知が遅れたために免責されないという形です。

したがって確かめるのは、通知の期限(何日以内か)、通知の方法(書面か、メールでよいか)、通知の相手(誰に出せば届いたことになるか)です。

あわせて、影響を軽くする努力の義務が課されることがあります。代替の手段を探す、被害を最小限にする、といった内容です。何もしなかった場合に免責されない余地が生まれます。

M&Aの契約では、別の条項と組み合わさる

不可抗力条項は、M&Aの契約では他の条項と関係します。

前提条件(クロージングの条件)。「重大な悪化が生じていないこと」を条件にする形があります。災害で工場が止まった場合、これに当たるかどうかが争点になります。

表明保証。契約を結んだ時点と引き渡しの時点の両方で、表明した内容が正しいことを求める形があります。その間に災害が起きて状況が変われば、表明保証の違反になるのかという問いが出ます。

通常業務の継続義務。引き渡しまで通常どおり事業を続ける義務。災害で続けられない場合の扱いです。

これらが別々に書かれていると、同じ出来事に複数の条項が当たります。どの条項が優先するのかを決めていないと、解釈で争います。

設計としては、不可抗力の定義と効果を1か所にまとめ、他の条項から参照する形が整理しやすくなります。

売り手の側で特に見るところ

売り手の立場では、自分が不利になる向きを確かめます。

災害が起きて業績が落ちたときに、買い手が解除できる条項になっていないか。解除できる場合、すでに受け取った中間の支払いを返すのか。価格を見直す定めがあるなら、その幅はどうか。

逆に、自分が守れなくなる場面も考えます。クロージングまでに許認可の手続きが必要な取引では、行政の処理が止まることがあります。これが自分の責任にならない形になっているか。

また、事業の性質によって効き方が違います。工場が1か所の会社、特定の仕入先に依存している会社、災害の多い地域に拠点がある会社では、この条項が実際に使われる可能性が相対的に高くなります。

平時に決めておく意味

この条項の価値は、起きたときに交渉しなくて済むことです。災害が起きた直後は、双方が混乱しています。そのときに「これは不可抗力か」から話し始めると、時間がかかり、感情も入ります。

先に決めてあれば、通知して、延期するか解除するかを手続きに従って進められます。

整理すると、確かめるのは5点です。①何を不可抗力とするか(列挙と包括の両方があるか) ②効果は免責か延期か解除か ③解除になる期間 ④通知の期限と方法 ⑤すでに払ったお金の精算。

この5点が書かれていない契約書は珍しくありません。平時には要らない条項なので、省かれることがあります。期間が長い取引、許認可が絡む取引では、書き足しておくほうが安全です。契約の条項は個別の事情で変わるため、締結前に弁護士に確認してください。

よくあるご質問

A.明確な定義があるわけではないため、契約で何を含めるかを書くことになります。列挙したうえで「その他これらに準ずる事由」と加える形がよく使われます。列挙だけにすると、列挙していない事由が外れます。
A.契約に書いてあるかどうかで決まります。2020年より前の契約書には入っていないことがほとんどでした。現在は、感染症の流行と行政の措置を明記する形が増えています。
A.通知の義務を怠ると不可抗力を主張できなくなる定めがあります。事由が本当に不可抗力でも、通知が遅れたために免責されないことがあるため、期限と方法を確認してください。
A.契約を結んでから引き渡すまでの期間に効きます。クロージングの日を延ばせるか、前提条件や表明保証との関係はどうか、すでに払ったお金はどうなるかが論点になります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら