契約書の末尾には、紛争が起きたときにどこで解決するかを定める条項が置かれます。平時には誰も読まない条項で、揉めたときに効きます。

選択肢は2つあります。裁判所で争うことにして、どの裁判所かを決めておく(合意管轄)。もう1つは、裁判所ではなく民間の仲裁で決めることにする(仲裁条項)。どちらを選ぶかで、費用、期間、公開されるかどうかが変わります。

合意管轄 — どの裁判所かを決めておく

裁判は、法律で決まった場所で起こすのが原則です。相手の本店所在地、債務を履行する場所などが基準になります。これに任せると、どこで争うことになるか事前に分かりません。

そこで契約で決めておきます。「本契約に関する紛争は◯◯地方裁判所を第一審の管轄裁判所とする」という形です。

ここで意味を持つのが、「専属的」と書くかどうかです。専属と書けばその裁判所だけになり、書かなければ法律上の管轄に加えてその裁判所も使えるという意味になります。相手が遠方の場合、専属と書いてあるかどうかで移動の負担が変わります。

実務では、当事者の本店所在地の近くを取り合う形になります。買い手が東京の会社で売り手が地方の会社なら、どちらの地にするかが交渉になります。

金額の大きくない取引では、遠方で争うこと自体が実質的に争えないことを意味します。弁護士の費用と移動が重くなるためです。この条項が交渉の力関係をそのまま映すのは、そのためです。

仲裁 — 公開されない代わりに、やり直せない

仲裁は、当事者が選んだ仲裁人が判断する仕組みです。契約で仲裁によると定めておくと、裁判所に訴えることができなくなります。

利点。非公開で行われるので、取引の内容が外に出ません。1回で終わるので期間が読めます。仲裁人に業界の知見がある人を選べます。海外が絡む場合、相手国での執行がしやすい枠組みがあります。

欠点。控訴ができません。判断に不満でも、原則としてやり直せません。仲裁機関への費用がかかり、金額の小さい紛争では割高になります。

したがって、国内の中小企業同士の取引では裁判所を選ぶのが通常です。仲裁が検討されるのは、海外の当事者が入る場合、取引の内容を公開したくない事情が強い場合です。

注意すべきは、両方を書いてしまうことです。「仲裁により解決する」と「◯◯地裁を管轄とする」が同じ契約に並んでいると、どちらに従うのかで争いになります。どちらか一方にします。

海外が絡むと、2つの問いが増える

相手が海外の会社の場合、確かめる項目が増えます。

どの国の法律で判断するか(準拠法)。同じ契約書でも、適用される法律が違えば結論が変わります。表明保証の効力、損害賠償の範囲、解除の要件などが変わります。

判断を相手国で実行できるか(執行)。日本の裁判所の判決が、相手の国でそのまま使えるとは限りません。相手国に資産があっても差し押さえられないことがあります。

仲裁が海外案件で選ばれるのは、仲裁の判断については国際的な枠組みがあり、執行がしやすいためです。

準拠法と紛争解決は別の条項なので、両方を書く必要があります。「日本法による」とだけ書いて、どこで争うかを書き忘れる形があります。

交渉で何を優先するか

実務では、この条項に時間をかけすぎないのが通常です。揉める確率が高くないうえ、相手も同じことを考えているためです。

優先して確かめるのは次の順です。

1. 一方にだけ有利になっていないか。相手の本店所在地の専属管轄になっていると、こちらは遠方で争うことになります。

2. 仲裁と裁判が混在していないか。

3. 準拠法が書かれているか(海外が絡む場合)。

4. 仲裁を選ぶなら、機関と規則が特定されているか。「仲裁により解決する」とだけ書いて機関を決めていないと、手続きを始められないことがあります。

金額が小さい取引では、裁判所で、互いの中間か、取引の実行地を選ぶ形で落ち着くことが多くあります。

揉める前に効く条項もある

紛争解決の条項の手前に、揉めたときにまず話し合うという定めを置くことがあります。「誠意をもって協議する」という条項です。

これ自体に強い効力はありませんが、手続きとして協議の期間を定める形は意味があります。「相手方に通知してから30日間は協議し、解決しない場合に限り訴えを提起できる」という書き方です。

実務で効くのは、通知の相手と方法を決めておくことです。誰に、どの住所に、どの方法で通知すれば届いたことになるのか。これが決まっていないと、通知そのものが争点になります。

M&Aの契約では、クロージングの後に表明保証の違反が見つかる場面が典型です。いつまでに通知すれば補償を請求できるのかという期間の定めと、通知の方法がセットで効きます。

売り手として確かめること

最後に、確かめる形を整理します。

秘密保持契約の段階から見る。最初に結ぶ契約にも紛争解決の条項が入っています。ここで相手の本拠地の専属管轄を飲んでいると、以後の契約でも同じ形を求められます。

仲介契約・アドバイザリー契約も見る。手数料の争いは相手(事業者)との間で起きます。事業者の本店所在地の専属管轄になっているのが通常なので、自社から遠い場合は意識しておきます。

最終契約では、補償の請求と結びつけて読む。どこで争うかだけでなく、いつまでに請求できるか、金額の上限があるかと合わせて見ます。この3つが揃って初めて、責任の輪郭が決まります。

契約の条項と紛争解決の設計は個別の事情で結論が変わります。締結前に弁護士に確認してください。

よくあるご質問

A.紛争が起きたときにどの裁判所で争うかを、契約で決めておく条項です。「専属的」と書けばその裁判所だけになり、書かなければ法律上の管轄に加えてその裁判所も使える意味になります。
A.国内の中小企業同士では裁判所を選ぶのが通常です。仲裁は非公開で期間が読めますが、控訴ができず費用も相応にかかります。海外の当事者が入る場合や、内容を公開したくない事情が強い場合に検討されます。
A.どちらに従うのかで争いになるため、一方にします。仲裁を選ぶ場合は、仲裁機関と規則まで特定してください。機関を決めていないと手続きを始められないことがあります。
A.金額の大きくない取引では、遠方で争うこと自体が実質的に争えないことを意味します。弁護士費用と移動の負担が重くなるため、互いの中間や取引の実行地を提案する形が取られます。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら