本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。譲渡が完了した後に、契約で表明し保証した内容と事実が違っていたことが判明する場面があります。未申告の残業代、把握されていなかった債務、想定と異なる契約条件など、内容はさまざまです。交渉段階での範囲と期間の詰め方は「表明保証の範囲と期間」で扱いましたが、本稿は実際に違反が見つかった後、何が起きるかを扱います。この局面で仲介者に求められるのは、解決してみせることではなく、双方が適切な専門家にたどり着けるようにすることです。

連絡を受けたときの初動

買い手から「話が違う」という連絡が入ったとき、最初にやってはいけないのは、その場で見立てを述べることです。「それは表明保証違反ですね」も「それは違反には当たらないでしょう」も、仲介者が言うべき言葉ではありません。次の順番で進めます。

やること
1事実を聞き取る。何が、いつ、どのように判明したか。金額の目安が分かるか。判断や評価は挟まず、事実だけを記録する
2契約書の該当条項と、通知期限・手続きの定めを確認する
3双方に、弁護士への相談をお勧めする。この段階で必ず伝える
4売り手に連絡し、事実関係の確認を依頼する。買い手の主張をそのまま断定的に伝えない
5やり取りの記録を残す。日時・相手・内容を「面談・電話の記録の残し方」の要領で

初動で最も多い失敗は、善意から一方の言い分を他方に運んでしまうことです。「買い手さんはこう怒っています」と伝えれば、売り手は身構えます。伝えるべきは、指摘された事実と、契約上どの手続きに乗るのかであって、相手の感情ではありません。

通知期限 — ここを落とすと取り返せない

多くの契約書には、表明保証違反に基づく請求についていつまでに通知しなければならないかが定められています。期限を過ぎると請求できなくなる定めになっていることが一般的で、この期限の管理が実務上きわめて重要です。

  • 期間の起算点:クロージング日からか、違反を知った日からか
  • 項目ごとの差:税務や労務に関する事項は他より長い期間が設定されていることがある
  • 通知の方法:書面によることを求める定め、記載すべき内容を定める条項があるか
  • 金額の下限:一定額を超えないと請求できない定め、累計額の下限を設ける定めがあるか
  • 上限:補償の総額に上限がある場合、その額

仲介者は、契約時にこれらを一枚にまとめて双方へ渡しておきます。「補償に関する主な期限」という一枚です。クロージング後、当事者は契約書を読み返しません。何年もたってから違反が判明したとき、期限を知らずに動けば、本来なら救済されたはずのものが救済されなくなります。通知期限の解釈や、期限内かどうかの判断は弁護士にご確認ください。

補償請求はどう進むか

実際の流れは案件によって異なりますが、多くは次のように進みます。すべて当事者と代理人弁護士の間で進む話であり、仲介者が交渉に入る場面ではありません

  • 買い手から売り手へ、契約に定められた方法で通知が行われる
  • 売り手側で事実関係を確認する。当時の資料、担当者の記憶、開示の経緯を洗い直す
  • 違反の有無、損害の範囲、金額について、双方の代理人の間で協議が行われる
  • 開示されていた事項に当たるかどうかが争点になることが多い。ここで効いてくるのが契約書の別紙・開示スケジュールです(「契約書の別紙・開示スケジュールの作り方」)
  • 合意に至れば和解の書面を交わす。至らなければ、訴訟や調停といった手続きに進むことがある

ここで押さえておきたいのは、ほとんどの案件は訴訟まで行かないということです。多くは、事実関係を確認するうちに「開示されていた」「開示されていなかったが認識していた」「双方が見落としていた」のいずれかが明らかになり、金額の折り合いで決着します。だからこそ、当時の記録が残っているかどうかが結果を分けます。案件中に交わした資料のやり取り、Q&Aの履歴、面談の記録は、そのまま将来の証跡になります。

仲介者にできること、できないこと

この局面での立場は明確にしておく必要があります。仲介形態では売り手・買い手の双方と契約関係にあるため、一方の側に立って相手方と交渉することはできません。また、法律事務を行うこともできません。

できることできないこと
事実の聞き取りと、当時の記録の提供違反に当たるかどうかの判断を示すこと
契約書のどの条項・どの手続きに関わるかを指し示すこと損害額を算定し、金額を提示すること
双方に弁護士への相談を勧め、必要なら紹介すること一方の代理人として相手方と交渉すること
連絡の行き違いを整理し、話し合いの場を設けること和解の内容を主導して決めること
自社の関与に誤りがあれば、それを認めて報告すること自社の落ち度を隠すこと

最後の行は重要です。違反の背景に、仲介者が確認を怠った、伝え漏らした、という事情が含まれることは実際にあります。そのときは隠さず社内に上げ、当事者に報告します(「自分のミスをどう報告するか」)。隠したことが後から出てくれば、案件一つの問題では済みません。

起きにくくする事前の設計

この局面を経験すると、案件の進め方が変わります。違反の多くは、悪意ではなく「言っていなかった」「聞かれなかった」から生じます。事前にできることは、次の三つです。

  • 売り手に「全部出しておくほうが守られる」と繰り返し伝える。不利に見える事実も、開示して別紙に載せておけば、後から違反を問われにくくなります。隠して通ったほうが不利になる、という構造を理解してもらいます
  • 調査で出た指摘を、条項か別紙のどちらかに必ず着地させる。指摘が口頭のやり取りで終わり、契約書に何も残らないのが最も危険です(「DD指摘事項への対応」)
  • 契約後に「主な期限の一枚」を渡す。通知期限、補償の上限・下限、引き継ぎに関する約束の期限などをまとめて双方に渡し、控えを残します

そして、契約前の説明の場で「後から違反が問われることがあり得ます」と言っておくことです。起きてから初めて聞かされるのと、あらかじめ聞いていたのとでは、当事者の受け止め方がまったく違います。譲渡は、引き渡して終わりではなく、一定期間は互いに責任が残る取引です。その事実を隠さずに伝えることが、双方が納得して続く取引の前提になります。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものです。契約条項の解釈や個別案件における法的な適用は弁護士に、税務の取り扱いは税理士にご確認ください。アドバイザーは法律事務・税務代理を行いません。

よくあるご質問

A.契約の定めによります。多くの契約には、請求できる期間、金額の下限、補償の総額の上限が定められており、その枠内でのみ請求できる形になっています。また、契約前に開示されていた事項については請求の対象から外れるのが一般的です。個別の判断は弁護士にご確認ください。
A.期限を過ぎると請求できなくなる定めとされていることが一般的です。だからこそ、契約時に主な期限を一枚にまとめて双方へ渡しておくことが実務上の要点になります。期限内かどうかの判断や、例外的な取り扱いの有無については弁護士にご確認ください。
A.いいえ。仲介形態では売り手・買い手の双方と契約関係にありますので、一方の側に立って相手方と交渉することはできません。また、法律事務を行うこともできません。この局面でできるのは、事実の聞き取り、当時の記録の提供、契約上の手続きを指し示すこと、双方に弁護士へのご相談をお勧めすることです。
A.不利に見える事実も含めて、知っていることを開示しておくことです。開示して契約書の別紙に載せておけば、後から違反を問われにくくなります。隠して通ったほうが後で不利になる、という構造をご理解いただくことが、結果としてご自身を守ります。

Free Consultation

起きた後まで誠実に向き合えるアドバイザーを募集しています。

プラチナパートナーズでは、成約で終わりにせず、その後に起きることまで見据えて設計するアドバイザーを募集しています。M&A業界が初めての方も、実務の型から丁寧に教えます。
経営者の方のご相談は、無料相談フォーム(またはinfo@platinumpartners.jp)から承ります。

無料相談を申し込む

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら