会社分割や合併といった手法を選ぶと、債権者保護手続きという工程が入ります。株式譲渡では出てこない手続きなので、聞き慣れない方が多い言葉です。

この手続きには決まった期間が必要で、日程に影響します。本稿では、何のための手続きか、何をするのか、どのくらいかかるのかを整理します。個別の判断は弁護士にご確認ください。

何のための手続きか

会社分割や合併では、会社の形そのものが変わります。債務を負っている相手が別の会社に移ることがあります。

お金を貸している側、代金を受け取る側から見ると、相手が勝手に変わってしまうことになります。もとの会社が資産を持っていたから取引していたのに、資産が別の会社に移れば回収の見込みが変わります。

そこで、こうした相手に対して「会社の形が変わります」と知らせ、異議があれば申し出る機会を与える仕組みが設けられています。これが債権者保護手続きです。

異議が出た場合、会社は弁済するか、担保を提供するといった対応を求められることがあります。何もせずに進めることはできません。

なお、この仕組みは債権者のために設けられたものなので、会社の側が「知らせたくない」という理由で省くことはできません。手続きを飛ばして行った組織再編は、効力が否定される余地が残ります。日程が厳しい案件でも、ここは縮められません。

株式譲渡では不要になる理由

株式譲渡では、この手続きは必要ありません。理由は単純で、会社そのものは何も変わらないからです。

株主が替わるだけで、会社が負っている債務はそのまま会社に残ります。お金を貸している側から見れば、相手は同じ会社です。

だから中小企業のM&Aで株式譲渡が選ばれることが多いのは、税務の理由だけではありません。手続きが軽いという実務上の理由も大きく働いています。

ただし、借入の契約に「株主が変わるときは通知する」といった条項が入っていることがあります。法律上の手続きとは別に、契約上の対応が必要になる場合があります。

公告と個別の催告

手続きは、大きく二つの方法で行われます。

官報への公告。国が発行する官報に、会社の形が変わることを載せます。広く知らせる方法です。

個別の催告。分かっている相手に、個別に書面で知らせます。取引先、金融機関、未払いのある相手などです。

原則として両方が必要になりますが、定款に定めがあり、官報に加えて日刊新聞紙への掲載または電子公告を行う場合には、知れている債権者への各別の催告を省略できる定めがあります(会社法第789条第3項・第799条第3項・第810条第3項)。

⚠️ ただし、会社分割の場合には例外があります。条文は、吸収分割・新設分割について「不法行為によって生じた債務の債権者に対するもの」を省略の対象から除いています(会社法第789条第3項・第810条第3項)。つまり、分割する会社に不法行為に基づく債務がある場合、その債権者には公告の方法にかかわらず個別の催告が必要になります。

省略できるかどうかは定款の内容によります。譲渡の検討の段階で定款を確かめておくと、日程の見通しが立ちます。

必要な期間

異議を申し出る期間は、一箇月を下ることができないと定められています(会社法第789条第2項・第799条第2項・第810条第2項)。この期間が終わるまで、効力を生じさせることができません。

つまり、手続きを始めてから完了までに最低でも一か月以上の期間が必要になります。公告の手配にも日数がかかるため、実務ではもう少し長く見ます。

この期間は、交渉の日程に直接影響します。買い手が「早く成約したい」と希望しても、手続きの期間は縮められません。

会社分割や合併を選ぶ案件では、この期間を見込んで全体の日程を組みます。期間を知らずに日程を約束すると、後で守れなくなります。

期間の起算日は、公告を行った日によって決まります。

誰に催告するのか

個別の催告が必要な場合、誰に出すかを特定する作業があります。これが実務では手間のかかる部分です。

対象になるのは、会社に対して債権を持っている相手です。金融機関、仕入先、未払いのある相手、賃貸人、リース会社。

中小企業では、この一覧がすぐに出てこないことがあります。買掛金の明細、未払金の内訳、継続している契約の一覧を揃える必要があります。

また、催告を出すことで、取引先に会社の変更が知られます。知られたくない相手がいる場合、手法の選択そのものを見直すことがあります。

手法を選ぶときの判断

債権者保護手続きが必要かどうかは、手法を選ぶときの判断材料のひとつになります。

会社の一部だけを渡したい場合、会社分割を使う形と、事業譲渡を使う形があります。会社分割では手続きが必要になることがあり、事業譲渡では別の手間(個別の契約の移し替え、取引先の同意)が生じます。

どちらが軽いかは案件によって変わります。契約の数が多い会社では事業譲渡の手間が大きく、債権者が多い会社では分割の手続きが重くなります。

手法の選択は税務にも関わります。手続きの重さだけで決めるものではないため、税理士と弁護士の双方に相談しながら決める形が実務的です。

相談のときに確かめること

会社分割や合併を検討する場合、次の資料があると見通しが出しやすくなります。

定款。公告の方法について定めがあるかを確かめます。個別の催告を省略できるかどうかに関わります。

借入の一覧と契約書。金融機関への対応が必要になります。

買掛金と未払金の明細。催告の対象を特定するために使います。

継続している契約の一覧。賃貸借、リース、保守の契約などです。

手続きの期間が日程に影響するため、検討の早い段階で確かめておく価値があります。手法が決まってから調べると、日程を組み直すことになります。

なお、ここに書いたのは一般的な整理です。個別の判断は会社の事情によって変わりますので、税務・法務の点は税理士・弁護士などの専門家にご確認ください。

弁護士に依頼する前に、定款と借入の契約書だけは手元に揃えておくと、相談が一度で済みます。

よくあるご質問

A.必要ありません。会社そのものが変わらず、債務もそのまま会社に残るためです。ただし借入の契約に株主の変更に関する条項がある場合は、契約上の対応が必要になることがあります。
A.定款に定めがあり、官報に加えて日刊新聞紙への掲載または電子公告を行う場合には省略できる定めがあります(会社法第789条第3項・第799条第3項・第810条第3項)。ただし会社分割では、不法行為によって生じた債務の債権者に対する催告は省略の対象から除かれています(除外があるのは会社法第789条第3項と第810条第3項で、合併等の第799条第3項にはこの除外はありません)。定款の内容によるため、先に確かめてください。
A.異議を申し出る期間は、一箇月を下ることができないと定められています(会社法第789条第2項・第799条第2項・第810条第2項)。公告の手配も含めると一か月以上を見込みます。交渉の日程に影響するため、早めに確かめてください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら