異動、退職、体制変更。交渉の途中で相手の担当者が代わることがあります。そのとき、話が最初に戻らないようにする方法を整理します。
なぜ話が戻るのか
原因は単純です。合意の経緯が、引き継がれていないからです。
「なぜこの価格なのか」「なぜこの条件で合意したのか」。前任者の頭の中にあった前提は、資料に残っていないことが多い。
新しい担当者は、自分が納得できる形で説明できないと、社内で通せません。そのため、確認のために話を戻します。
これは悪意ではありません。立場を考えれば当然です。
したがって、対策は「経緯を文書で残しておくこと」に尽きます。
議事録を毎回作る
最も効く対策です。面談や打ち合わせのたびに、議事録を作ってください。
形式は簡単で構いません。日付、出席者、話した内容、決まったこと、次回までの宿題。A4で1枚。
そして、相手に送って確認してもらう。「認識に相違がないかご確認ください」。
これをしておくと、担当者が代わっても、経緯を渡せます。
また、言った・言わないの争いも防げます。
仲介会社が作るのが通常ですが、作っていなければ求めてください。これは依頼者として当然の要求です。
合意事項の一覧を持つ
議事録とは別に、これまでに合意した条件の一覧を作ってください。
項目ごとに、合意した内容、合意した日、根拠となる文書を並べます。
価格、支払い方法、クロージングの時期、従業員の処遇、社名の扱い、引き継ぎ期間、表明保証の範囲。
この一覧を、担当者交代の際に渡してください。
「これまでの合意事項です。相違があればお知らせください」。
相手にとっても、引き継ぎ資料になります。助けることで、話が戻るのを防げます。
引き継ぎの場を作る
実務的な工夫です。前任者と新任者が同席する場を設けてもらってください。
「引き継ぎの機会をいただけませんか」と申し入れる。
その場で、これまでの経緯を前任者から説明してもらう。
効果は2つ。口頭でしか伝わらない温度が伝わること。そして、前任者が言ったことを、新任者が聞いているという事実が残ることです。
前任者が既に異動している場合でも、電話会議で一度だけ、と頼む価値があります。
条件が後退した場合
起こり得ることです。新しい担当者が、前任者と違うことを言う。
まず、どちらが会社の意思なのかを確認してください。前任者の判断が社内で承認されていたのか、個人の見解だったのか。
書面(意向表明書、基本合意書)で合意していれば、その文書を示してください。
口頭の合意だった場合、議事録があれば根拠になります。無ければ、水掛け論です。
ここで、議事録の有無が効いてきます。
そのうえで、後退した理由を聞いてください。担当者の判断か、会社の方針変更か。後者なら、案件そのものを見直す必要があります。
仲介会社の担当が代わる場合
買い手側だけでなく、仲介会社の担当者が代わることもあります。
この場合、確認すべきことがあります。
なぜ代わるのか。異動、退職、体制変更。
誰が後任か。経験、これまでの関与度合い。
引き継ぎはどう行われるか。資料、経緯、関係先の情報。
会社としての責任者は誰か。
そして、後任が合わないと感じたら、変更を申し入れてよいということも知っておいてください。仲介会社の担当者が変わったらで詳しく書いています。
自社の窓口も一本化する
相手のことだけでなく、こちら側の体制も確認してください。
社長、仲介会社、顧問税理士、弁護士。誰が相手と話すのかを決めてください。
複数の人が別々に話すと、言っていることが食い違います。相手から見れば、どれが会社の意思か分かりません。
実務では、仲介会社を窓口にし、重要な判断は社長が行うという形が通常です。
そして、こちらの担当者が動けなくなる場合に備えてください。社長が入院したら、誰が判断するのか。こちら側の継続性も、設計すべき項目です。
時間の経過そのものがリスク
担当者交代が起きるということは、時間が経っているということでもあります。
案件が長引くほど、次のリスクが上がります。
担当者が代わる。
業績が変わる。決算をまたげば、価格の前提が変わります。
情報が漏れる。関係者が増え、時間が経つほど確率が上がります。
売り手の気持ちが変わる。
したがって、進行を早めること自体が、リスク管理です。
資料を早く出す、質問に早く答える、判断を早くする。こちらで速められる部分は、速めてください。
記録は、自分のためでもある
最後に、視点を変えます。
議事録と合意事項の一覧は、相手のためだけではありません。
半年、1年と続く交渉では、自分自身も忘れます。「なぜこの条件にしたのか」「何を譲って何を取ったのか」。
記録があれば、判断の一貫性を保てます。
また、成約後にも使います。表明保証の内容、引き継ぎの約束、補償の範囲。これらは数年にわたって効力を持ちます。
面倒でも、毎回残してください。作るのは1枚、失うと取り返せません。